空き地が地域住民の日常を豊かにする
長野市善光寺門前界隈「まち畑プロジェクト」
- 信州大学 工学部 建築学科 助教
佐倉 弘祐さん - 1983年生まれ。信州大学工学部建築学科助教。人口減少時代における空き地の利活用について、欧州の先進事例研究と並行して、長野市で「まち畑プロジェクト」を実施。同プロジェクトで、「大学SDGsACTION!AWARDS2022瀬戸内町賞」、「信州SDGsアワード2021長野県知事賞」受賞。
空き地のエリアリノベーション
長野県長野市は国宝である善光寺の門前町として栄え、歴史的な建造物や古い町並みが残っている。しかし、他の地方都市と同様に、1990年頃から中心市街地の空洞化が進み、空き家やそれらが壊されることで生じる空き地が、善光寺門前界隈に蓄積していた。善光寺門前界隈は、2008年頃から、それらの空き家を改修するエリアリノベーションにより、街のにぎわいを取り戻してきた。一方で、空き地に目を向けてみると、経済的利益を求めて、多くの空き地が駐車場や無個性な分譲住宅地へと転用されていた。
当時、私はスペイン諸都市を対象に、リーマンショック以降に市民が自分たちで空き地を畑に転用して、共同で畑作業を楽しむコミュニティガーデンの事例研究をしていた。その経験から空き地を畑に転用することを思い立ち、さらに立地環境に適した用途を付与する(「まち畑」と命名)ことで、地域コミュニティの活性化を目指すことにした。また複数箇所の空き地を再生することで、ヒートアイランド現象の抑制や都市部での生物多様性の保全等、都市環境にも寄与できないかと考えた。
これらの着想から、社会的利益と環境的利益を掛け合わせた空き地のエリアリノベーション「まち畑プロジェクト」が2016年に生まれた。
空き地の選定と改修
信州大学工学部建築学科・佐倉研究室による「まち畑プロジェクト」は、善光寺門前界隈の3カ所の空き地で展開している。哲学者の桑子敏雄は、「空間に刻み込まれ蓄積された歴史を空間の履歴」と称しており、私たちは数ある空き地の中でも、所有者や近隣住民との会話から、空間の履歴を掘り起こすことのできる場所を優先的に選定している。
例えば、プロジェクト第1弾「すけろくガーデン」には、所有者の子どもたちの誕生を祝って植えられた梅の記念樹が大きく育ち、隣には地域を見守る道祖神が安置されている。それらの空間の履歴が、空き地を改修する際の拠り所になるのだ。梅の下に樹木を傷つけないようにウッドデッキを作り、道祖神の近くから畑にしていった。
地域住民が日ごろから立ち寄りたくなる場所へ
地域住民の思い出が詰まった空き地を活用することで、地域住民のまち畑への関心は確実に高まる。しかし、その場所を畑に転用するだけでは、地域住民の参加は図りにくい。スペイン諸都市のコミュニティガーデンは、参加者内部の交流は盛んな一方で、外部に対しては閉鎖的であった。
まち畑プロジェクトの最終目標は、まち畑で知り合った地域住民が主体となって、自分たちで新たな空き地を借りてまち畑へと転用していくような事例が、門前界隈全域で多数生まれることだ。第一段階としては、地域住民に活動を知ってもらい、日ごろから立ち寄りたくなる場所にすることが重要だ。まち畑プロジェクトでは、空間の履歴を尊重しながら、立地環境に適した+αの用途を畑に付与することで、魅力的な場作りを行っている。
プロジェクト第2弾「ラ・ランコントルの裏庭」は門前界隈の中心部に位置しており、人通りが多い。また敷地に隣接するフレンチレストラン「ラ・ランコントル」の利用者も大勢いる。そういった立地特性から、食をテーマにしたイベントを頻繁に催すことで、地域住民との距離を縮めている。
プロジェクト第3弾「ヤギのいる庭」は、善光寺西側の閑静な住宅地に位置している。敷地は幅員の狭い細街路に接しており、子どもたちは安全な通学路として、高齢者は善光寺までの散歩道として、老若男女が行き交っている。また周辺には幼少期にヤギを飼っていた高齢者が多く住んでいる。そうした環境を生かして、ここではヤギの「ぜんちゃん」を飼っている。地域住民はぜんちゃんに会いに敷地内へと足を運び、畑利用者との交流が芽生えている。
まち畑プロジェクトの課題と今後の展望
3カ所のまち畑は複数のメディアにも取り上げられ、地域住民にも認知され始めている。プロジェクト役割の一つである地域コミュニティの活性化(社会的利益)に対しては一定の成果をあげている。しかし、研究室の学生主体での活動であるため、3カ所が限界だ。
まち畑を門前界隈全域に広げるために、現在「NPO法人まちまる信州」の設立に向けて準備を進めている。法人化することで、まち畑に適した空き地提供の増加や、プロジェクト賛同者の増加も期待できる。そうした面的広がりによって、ヒートアイランド現象の抑制や都市部での生物多様性の保全といった、プロジェクト2つ目の役割である環境的利益にもつながり得る。一つ一つの些細(ささい)な活動が徐々に広がり、地域住民の日常生活の一部に組み込まれていくことで、日常生活が今より少し豊かになっていく。
「地域再生を考える」編集委員会
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