地域再生を考える

2023年7月掲載

そこにある豊かさに、目を凝らして
役目を終えた学校がアートを育む現場から

NPO法人アートネットワーク・ジャパン 理事長 米原 晶子さん

NPO法人アートネットワーク・ジャパン 理事長
米原 晶子さん
舞台公演やアートフェスティバル、文化施設の運営や教育普及事業等の企画・運営に携わる。他分野共同事業や自治体との協働を通して、アーティストの創造環境をサポートすると共に文化芸術と地域社会とを結ぶ取り組みを展開している。
国際性と創造性あるフェスティバルを目指して

NPO法人アートネットワーク・ジャパンは、舞台芸術の国際フェスティバルの事務局を前身とするNPOです。1988年から東京都内の劇場を会場に、国内外の舞台作品を上演してきました。

事務局をNPO化した2000年頃からは、世界のどこかで作られた作品を紹介するだけでなく、日本で暮らす私たちが直面している社会や世界についての作品を、“いま・ここで”アーティストと共に創るフェスティバルへと進化させようと模索を始めました。作品を創るフェスティバルになるために、最も大きな課題の一つは作品を創作する拠点の在り方でした。中長期間集中して創作を行うことができるリハーサル施設(稽古場)や、アーティストの自由で新しい発想に応じて空間の使い方を変えられる劇場空間が不足していたからです。

フェスティバルがアーティストと新しい作品を生み出すために不可欠な、創作と発表を支える拠点の整備も自分たちの手で実現することができないか、検討を開始しました。

アートの課題と地域の課題が交差した瞬間

時を同じくして、全国的な社会課題として顕在化してきたのが、少子高齢化に伴い急速に進む学校の統廃合です。東京も例外ではなく、いくつもの学校施設が次々に役目を終えていくことが予想され、自治体は頭を悩ませている状況でした。

教室や体育館をアーティストの創作・発表の拠点にすることはできないか?学校施設であれば、地域の方々との交流の拠点とすることもできるのではないか?当時の担当者は都内の各自治体を訪ね、学校施設をNPOなどが活用できる可能性について相談をしたと言います。

その中で豊島区がちょうど民間からのアイデアを募集する計画があると知り、私たちとNPO法人芸術家と子どもたちとが共同で、「子どもと大人、地域住民もアーティストも自由に集えるアートセンター+チルドレンズ・ミュージアム」を目指す提案をしました。それがきっかけとなり豊島区西巣鴨にある旧朝日中学校に、「にしすがも創造舎」が誕生しました。

学校建築や周辺環境を生かした、二つの創造舎

にしすがも創造舎は、2004年から2016年までの12年間、活動を続けました。

体育館は改修工事を行い、さまざまな形態の舞台公演に対応できる特設劇場に。夏休みには親子に向けた演劇公演を、秋にはフェスティバルのメイン会場として実験的・先鋭的な作品を上演しました。世界初演となった作品もあります。校舎はほとんど手を加えず、学校時代そのままの教室を演劇やダンスの稽古場や親子のためのスペースに。昇降口ではコミュニティカフェを運営しました。

2015年からは、東京都立川市の旧多摩川小学校にて、「たちかわ創造舎」を運営しています。目の前に多摩川が流れている緑豊かなこの場所では、映像作品の撮影地として施設を活用してもらうフィルムコミッション事業を中心に、多摩エリアのアーティスト支援や地域に向けた演劇公演などを実施。また立川市がサイクリングロードを生かした街づくりに取り組んでいることから、サイクリストのためのイベントや地元サイクルサッカークラブの活動支援などを行っています。

役目を終えた学校は「廃校」なのか?

突然ですが、私は「廃校」という言葉をこれまで使わずに、この原稿を書いています。にしすがも創造舎開設時に地域の方から「廃校という言葉は使わないでもらいたい」という指摘があったからです。「廃校」とは国の文書や多くの自治体、そして私たちも無意識に使用してきた言葉ですが、地域の学校がそう表されることに抵抗感を覚える方がいることを忘れずにいたいと思っています。

にしすがも創造舎の昇降口にあったカフェには、双子をベビーカーに乗せたご家族や車椅子に乗った方が訪れていました。都心の飲食店では、車椅子や大きなベビーカーでの入店を断られることも多いとのこと。お話を伺って、子どもたちの安全と健やかな成長のために創られた施設の豊かさを再認識したものです。

また元学校で活動をしていて、特に印象に残っていることの一つは、訪れるほぼ全ての方が、施設に対して「懐かしい」「建物に入れてうれしい」と口にすることです。それぞれに出身地や年齢、職業も異なる皆さんが、あっという間に童心にかえる瞬間を幾度も目にしました。その姿に、幼い頃を想起する時間や空間があることがどれほど贅沢(ぜいたく)なことかと気付かされます。アーティストにとっても、元学校で伸び伸びと創作に打ち込めることや、公演会場が住宅や人々が毎日を暮らす街に近い場所にあることは、専門施設ではない不便さに勝る魅力があると言います。

こうした反応を目の当たりにすると、この場所が「廃れている」とはとても思えないのです。地域の方々によって長い時間をかけ醸成されたさまざまな豊かさを、私たちなりにどう未来につなげていくことができるのか、試行錯誤を重ねたいと考えています。

「地域再生を考える」編集委員会

  • にしすがも創造舎での校庭ライブ

    にしすがも創造舎での校庭ライブ

  • にしすがも創造舎のカフェ

    にしすがも創造舎のカフェ

  • にしすがも創造舎体育館での親子向け演劇公演 ©IIDA Kenki

    にしすがも創造舎体育館での親子向け演劇公演 ©IIDA Kenki

  • たちかわ創造舎で開催した「じてんしゃの学校」の様子

    たちかわ創造舎で開催した「じてんしゃの学校」の様子

  • たちかわ創造舎のプログラム「ほうかごシアター」の様子

    たちかわ創造舎のプログラム「ほうかごシアター」の様子

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