広島にとってお好み焼きとは何か
地域社会の核としてのソウルフード
- 広島経済大学 教授・経営学部長
細井 謙一さん - 広島経済大学教授・経営学部長。大学で教鞭をとるかたわら、(公財)広島市産業振興センター理事、(一財)お好み焼アカデミー理事、テレビ新広島番組審議会委員長。お好み焼き関係のテレビ番組や新聞記事にも多数出演している。
広島のお好み焼きとその多様性
広島には実に多くのお好み焼き店がある。総務省の2016年の統計では、人口千人当たりの「お好み焼き・焼きそば・たこ焼き店」の数は広島県が全国1位だ。近年はやや減少傾向にあるものの、筆者の独自調査では、広島県内で約1300店舗、広島市内で約800店舗のお好み焼き店が営業している。
お好み焼き店の数の多さは、競争の激しさにもつながっている。調理技術に磨きをかけて、おいしさを追求する店もある。例えばキャベツは、糖度、硬さ、水分量など、毎日違う。まじめなお好み焼き店なら、日々の素材の違いを見極めて、もっともおいしくなる切り方や焼き方を工夫している。麺についても同様で、同じ麺でも調理方法一つで大きく味わいが変わる。茹で時間や焼き加減に秒単位でこだわるお好み焼き店も珍しくない。こうして素材の持ち味を最大限引き出すお好み焼き職人の技の高さは広く認められ、かの有名なミシュランガイドの2013年広島特別版には、世界で初めてお好み焼き店が掲載された。
競争の激しさは、ユニークなお好み焼きを生み出すことにもつながっている。カレー、ホワイトソース、生クリーム、さらにはステーキが載ったお好み焼きまで登場している。ユニークなトッピングを、ただ載せるだけの時代はもはや過去のことで、例えばステーキを載せるなら、ステーキとお好み焼きが合うように、ソースに赤ワインや味噌をブレンドするなど、お好み焼き全体としての完成度を高める工夫をするのが最近のトレンドだ。
お好み焼きの基本であるはずのソースを使わないお好み焼きも増え始めている。例えば「元祖塩お好み焼き」を名乗る安佐南区の「宮」では、麺パリにした生麺の香ばしさとゴマ油の風味が塩味と絶妙にマッチする。ほかにも酢、ドレッシングなどを使う店もあるが、いずれもソースを使うのがお好み焼きという常識に挑戦する試みだ。
お好み焼きと地域コミュニティ
そもそも広島にお好み焼き店が多いのは、地域に溶け込んでいるからに他ならない。戦後間もない1946年、広島駅前に一銭洋食を売る屋台が出現する。1950年頃になると、中央通り周辺に「お好み焼き」と名乗る屋台群が現れ、これが東新天地、西新天地へと広がっていく。広島市中心部で始まったお好み焼き店は、1955年頃から、住宅街に広がっていく。一般家庭の主婦が、軒先を改装して始めるケースが多かったようだ。
こうした「近所のおばちゃんの店」の気安さが地域コミュニティにとっては重要な役割を果たした。「近所の主婦の憩いの場だった」、「親が働いていたので学校が終わると近所のお好み焼き屋さんで宿題をやってから家に帰った」、「土曜の半ドンの日は親が帰るまで近所の店でお好み焼きを食べながら親の帰りを待った」、そんな「近所のおばちゃんの店」にまつわるエピソードは実に多い。広島のお好み焼き店は、地域コミュニティの核としての役割も果たしていたのだ。
こうした地域コミュニティの核としての役割は、現在でも続いている。地域の高齢者が集う店、何世代にもわたって常連さんが通い続ける店といった、従来型の地域コミュニティの核となる店もある。またカープファンの集う店、サンフレッチェファンの集う店、店主の趣味の仲間が集う店などといった形でコミュニティの核となっている店もある。
最近では、子ども食堂活動を行うお好み焼き店も出てきている。安佐南区のkate‐kate(カテカテ)は「おやつの時間だよ」という名前で、ユニークな活動を行っている。文字通りおやつの時間に、おやつにちょうどいいミニサイズのお好み焼きを配布するという活動だ。この活動は2021年3月から毎月1回開催されていて、すっかり地域住民に定着、ボランティア・スタッフや近隣スーパーなどに協力の輪が広がり、近所のお子さんたちが自らお手伝いに来るようにもなっている。
他にも子ども食堂活動を行う店、あるいは近隣の子ども活動を支援するお店は多く、こうした活動が、地域コミュニティの活性化につながっているのは言うまでもない。広島のお好み焼きは、広島という地域に溶け込んだ、まさにソウルフードなのだ。
ソウルフードとしてのお好み焼き
広島のお好み焼きがソウルフードだという時、そこにはもう一つの側面がある。平和と復興のシンボルとしての側面だ。焼け野原になった広島で、はじめは生地に天かすや紅ショウガなど簡単な具材を加えた程度だったものが、復興が進むにつれて具材も増え、豊かになっていった。2018年に広島市が行った調査では、広島市を訪れる観光客の82%が食べるという名物料理になっている。観光客が広島のお好み焼きを食べる時、広島の復興の歴史や平和への想いもまた伝わっていくのだ。
「地域再生を考える」編集委員会
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