地域再生を考える

2023年2月掲載

地域医療はもう一つの最先端医療
地域再生のキー、Home Hospital

国民健康保険 志摩市民病院 院長 江角 悠太さん

国民健康保険 志摩市民病院 院長
江角 悠太さん
1981年東京都生まれ。2009年三重大学医学部卒業。研修後、14年志摩市民病院に着任、16年同病院院長に就任。全国自治体病院協議会三重支部長、地域包括ケア病棟協会理事、TAO(地方創生医師団)団長、日本地域医療学会理事、三重県病院協会理事の他、三重大学医学部、鈴鹿医療科学大学の非常勤講師などを務める。
どこに住んでいても、住みなれた地域、家で、最期まで自分らしく暮らせる

厚生労働省が掲げている目標であり、医療介護従事者がこれに向けて一致団結する必要があり、日本のほとんどの高齢者が人生最後の10年に抱く夢です。日本の平均寿命は世界トップですが、日本人は幸せになったでしょうか?

「もう十分生きた。いつお迎えが来てもいい」「ボケてきた。膝も腰も痛い。テレビのおもりをしているだけだよ。何も面白くない」。

医療は、寿命を延ばすことを目標としてきましたが、中身が充実しなければならないことに気づいたのです。シュークリームもクリームがカスカスでは笑顔にはなれない。ニーズに合わせて、医療もやり方を変えなければいけないのです。

長く生きる→らしく生きる、治す医療→治し、らしさを支える医療へ

70歳男性、胃がんステージⅣ、手術で胃を摘出された方でした。余命2カ月と言われ大病院から志摩市民病院の外来へ紹介されて来ました。残された人生をどう生きたいか、どんな人生を歩んできたか。好きな食べ物、夢などたくさんの話をして最期を自分らしく生きられるようにする、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)。しかし、1年経ってもお迎えが来ない。「なかなか来ないねえ」と、いつも笑いながら話していました。

3年目の春、胸が痛くなり受診。肺に穴が開く気胸という病気でした。当院での治療と、大病院での治療のメリットとデメリットを説明した結果、当院を選択され完治。1年後再発し、再度説明したところ大病院を選択されました。治療を受けて帰ってきた開口一番「やっぱり大病院にはもう絶対行きたくない」。

7年目の夏、食欲不振で受診。胆管がんの終末期でした。

「この病院で最期を迎えさせてほしい」。その言葉を尊重し、残り1~2週間ほどの人生を病院で過ごすことに。ある日「妻が作ったバーモントカレー甘口が食べたい。妻は認知症で料理は数年していないから食べられないが、食べたかったなあ」と、ぽろっと出た言葉を当院の実習生が聞き漏らしませんでした。最後の夢を叶えたい一心で材料を買って家に行き、認知症の奥様とカレーを作り、翌日振る舞いました。

「まさか最後に食べられるなんて」。涙をボロボロ流しながら、笑顔で食べるカレー。ほとんど食べられなかった人が完食。

「やっぱり家に帰りたい。妻や子どもに遠慮していたが、家族と暮らしたい」。在宅医療の調整を行い、翌日、退院。私や当院の看護師、ヘルパー、ケアマネ、実習生がそのまま担当し、その後1カ月、家族や親戚と過ごしました。「先生、ありがとう。私は今週金曜日に逝くよ。そうすれば、遠方の家族も仕事を休まずに、通夜葬式ができるから」。これが私に告げた最後の言葉でした。最期まで家長としての役割を持ち、その人らしく生きました。

医療介護従事者が患者や患者家族と家族のような関係になる、生活の一部に医療が入り込む、これが地域医療であり、その中核をなす病院がHome Hospitalです。

治す、自分らしく生きることを支える。日本ではこれらを両立する専門の医師を育ててきませんでした。しかしこれが、今後の超高齢化社会で最も求められる医療であり、地域医療が最先端である理由です。治し支えることを専門とする医師が、地域総合診療専門医という新たなスペシャリストたちです。

医師確保~大学から派遣されてくる時代から、住民たちが育てる時代へ~

難しい病気を治すことに特化した高度急性期病院。予防、一般診療、かかりつけ、在宅医療、と近い場所で患者と関わり合いながら、最期まで責任を持つ病院。前者の医師は大学病院で育てますが、後者の医師を育てるのは、その地域のHome Hospitalであり、住民の皆さんです。

当院では、中学生から大学生、浪人生、社会人まで、年間200名を超える実習生を受け入れています。Home Hospitalのもう一つの役目である学校としての役割です。

SMEL(志摩市民病院 医療体験学習)では、実習生は担当患者を割り当てられ、「より幸せにする」というミッションを与えられます。自分の最大限の能力、病院内外にいる多職種スタッフ、地域資源を使って、ミッションを遂行する。患者が教師なのです。休みのときは、地域住民が日常生活の中で、実習生と関わり合いながら「どんな人間がこれからの地域社会で求められるのか」を伝えていく。その中で、その地域が好きになり、愛着が湧く。いずれ、地域医療に役立つ能力をつけ、愛を持って診療する医療従事者となって帰ってくる。自分たちにとってかけがえのない医療従事者を育てることができるのも、地域医療、Home Hospitalの魅力です。

生産年齢人口の減少で、地域医療介護従事者の確保はさらに厳しく、それが原因で医療介護が破綻することは必至です。医療介護は当たり前にあるものではなくなりました。自分たちの健康を守る人材は、自分たちで育てる。これを行政や住民一人一人が理解できているかどうかで明暗が分かれるでしょう。

子どもたちに誇れる地域~老いても、活き活きワクワクできる地域を~

田舎に移住しても、医療介護不足から、結局、都会へ戻るという事例が後を絶ちませんでした。地域医療を専門とする医療従事者が皆無だったからです。これからは違います。Home Hospitalが全国に広がり、そこで働くスペシャリストが育ってきました。

私の患者さんたちが教えてくれています。最後の10年、大事なのは、デパートでもネオン街でもない。愛着のある原風景であり、家族や友人との思い出、それを支える医療と介護であることを。

すべての田舎の地域が今後の日本の最先端であり、日本を救う治療薬であることを、田舎の地域住民の誇りとして持っていただけるよう、日本のへき地、田舎での活動に残りの人生40年をかけていきたい。どこに住んでも自分らしく、幸せに暮らせる日本へ。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 国民健康保険 志摩市民病院(三重県志摩市大王町)

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  • 毎週月曜日の朝礼後の写真

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  • 普段の外来風景、後ろは医学生と高校生

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  • 実習生(リハ、看護、ヨガ)。真珠工場での手伝い

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  • 昨年の病院まつり終了後の実行委員でのショット

    昨年の病院まつり終了後の実行委員でのショット

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