地域再生を考える

2022年10月掲載

何でもない暮らしのなかの有機農業
美味しいものでつながる人々

島根大学大学院 自然科学研究科 花﨑 雪さん

島根大学大学院 自然科学研究科
花﨑 雪さん
島根県吉賀町出身。三重県にある愛農学園農業高等学校卒業後、4年目の専攻科で千葉県の有機農家で住み込み研修。現在は島根大学大学院に在学し、島根県旧柿木村を対象に農山漁村経済更生運動について研究中。実家はレストラン「草の庭」。
目当ては美味しいもの

小学生のころ、料理を囲む大人の輪の中に座って、手ぐすね引いて待っていた鮎やツガニ、猪肉を頬張っていた。美味しいものを知ったのもこの頃になる。

私の実家は島根県吉賀町にある草の庭というお店で、地元の有機野菜を使った田舎料理を出している。数年前までは月に一度、有機農業をする方々が集まって勉強会をする場所になっていた。その夜だけは、草の庭の看板は草の庭有機農業塾になる。

日が暮れはじめると農家が集まってくる。「畑で採ってきた白菜使ってね」「山に行ったらもうフキノトウが出とったわ」「今年はナスがようけい(たくさん)採れる」と、みずみずしい食材を片手にやって来る。お米や野菜をはじめ、タケノコ、ワラビなどの山の幸、清流・高津川に育った鮎や渓流のワサビなど季節のものがひと通りそろうと、母が厨房に入って料理にとりかかった。

座敷には畑で汗を流す人たちの満ち足りた顔が並び、有機農業塾が始まる。塾では野菜の育て方や有機農業の思想のこと、視察の感想などさまざまな話があった。ほとんどは幼い私の耳を通り抜けてしまっていたが、大人の中で小さな膝小僧を並べていたのは、美味しいごはんを食べるためである。話も終わりに差しかかると囲炉裏に炭火がつけられた。

大人も子どもも一緒に囲む食

みんなの輪の中で鮎が焼かれたり、持ち寄った野菜がふんだんに入った猪汁の大鍋がぐつぐつと煮えたりしていた。私は大人の見様見真似で鮎を踊るように串に刺し、ワサビは「の」の字を書きながら鉛筆を尖らせるようにすりおろした。ひと手間でうんと美味しくなった味を知り、辛みが出た香りにツンとさせられた。大人と食を囲むことで、美味しい食材をより美味しく食べるための知恵を何となしに体得していたのである。

春になると野草や山菜を食べて冬の間に身体に溜まった毒を出した。苦みを味わいながら、里山の自然が育てた食べられる草を覚えた。もし食べ物に困ったときには草を食べて生きのびることができるようにという大人の計らいが日常に溶け込んでいた。

いつしか有機農業をやりたいと思うようになり、里心を抱かせたものは、この有機農業塾で見てきた背中にある。それは、美味しいものが呼び寄せてくれた賜物(たまもの)だと思う。食べながら大人たちの話を片耳で聞き、大人のすることを真似ていたようである。大人と子どもが一緒に集って大皿を分け合うのは案外大切なことなのかもしれない。

田舎の博覧会

田舎の美味しいものといえば、2019年に都市に住む方々にも田舎の豊かさを体験してもらおうと、吉賀町で「いなか博」というイベントが開催された。体験の内容は自然薯掘りやキノコ狩り、豆腐やコンニャクづくり、稲の刈取りなど、どれも田舎の味や自然を生かしたもので幅広い。講師は町内の住民で、会場はその住民の家など町内各地。参加者がそれぞれの体験場所に集まって同時多発的に行われた。

まさに、田舎の博覧会。何でもない田舎暮らしのなかに豊かなものがあり、一番美味しいものは農家の食卓にある。都市の方々との交流を通じて田舎の美味しいものや楽しさを再発見した。

有機農業の里・柿木村

草の庭があり、いなか博があった吉賀町は旧六日市町と旧柿木村が合併してできた町である。旧柿木村では40年余り前から村ぐるみで「健康と有機農業の里づくり」に取り組んできた。当初から続けてこられた農家も、若くして新規ではじめた農家も数多くの人が有機農業にいそしんでいる。狭小な耕地を耕して、山懐に抱かれながら山村の暮らしをしている。

柿木村の有機農業運動は農薬や化学肥料を使わない農法ということもあるが、その基本は「自給を優先した食べものづくり」という自給運動である。まずは自分たちが食べる多品目の食べものをつくるという山村の暮らしがあり、その余剰を消費者に提供する。有機農業の継続は近隣町村や山口県や広島県の消費者の方々との支え合いによってなされ、合併後も「かきのき村」の名を残している。 

村ぐるみの有機農業運動や、今各地で取り組まれ始めている、学校給食に有機米や有機野菜を使うことが柿木村で始まったのは随分と前になる。しかし、その姿勢は何も特別なことをしているようには見えない。そこがいい。こうして書く筆にも多少の迷いがあるほどに、有機農業が日常の中にある。

何でもない暮らしの中につながっている命

有機農業という言葉は農法に限らず、とても広い意味を持つ。それは自然の循環の中に生きること、隣近所を大切にすること、何十年先もその地域が続くことをも包容する。朝露に光る大地に安らぎを覚え、畔(あぜ)に座って一日の勤めを愛おしむことでもある。こうした何でもない暮らしの中に命や食を通して人々がつながっている。私にとっては、柿木村の自給自足運動はもちろん、大人たちと囲んだ美味しい食卓もいなか博も全部が有機農業なのである。

しばらくの間、途絶えてしまっていたいなか博は、今年度の11月と3月に再開する予定になっている。私はというと、みんなで囲んだ美味しい場所、囲炉裏の復活を密かに企んでいる。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 草の庭は古民家を改装したレストラン。裏庭は緑いっぱいの“草の庭”

    草の庭は古民家を改装したレストラン。裏庭は緑いっぱいの“草の庭”

  • 柿木村や草の庭で育った有機栽培の野菜を使ったお料理。素材の味を生かした素朴な味付け

    柿木村や草の庭で育った有機栽培の野菜を使ったお料理。素材の味を生かした素朴な味付け

  • 草の庭有機農業塾での圃場見学

    草の庭有機農業塾での圃場見学

  • 草の庭有機農業塾後の囲炉裏の様子。大人の目当てもこれだったかもしれない

    草の庭有機農業塾後の囲炉裏の様子。大人の目当てもこれだったかもしれない

  • いなか博のかまどで焼くパンづくり体験

    いなか博のかまどで焼くパンづくり体験

  • いなか博での豆腐づくり体験。90歳のおばあちゃんが石臼で大豆の挽き方を教えてくれた

    いなか博での豆腐づくり体験。90歳のおばあちゃんが石臼で大豆の挽き方を教えてくれた

  • 柿木村の大井谷の棚田は日本の棚田百選にも選ばれている

    柿木村の大井谷の棚田は日本の棚田百選にも選ばれている

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