変わり続ける変わらない街
円形校舎が紡ぎ続ける都市の記憶
- 株式会社円形劇場 代表取締役
稲嶋 正彦さん - 1956年鳥取県倉吉市生まれ。明倫小学校円形校舎で学ぶ。大学卒業後、毎日新聞大阪本社勤務。89年、父の死去を機に退社し帰倉。実家の酒販店経営。NPO法人理事長。2016年株式会社円形劇場設立と同時に代表取締役就任。
現存最古の円形校舎
鳥取県倉吉市立明倫小学校円形校舎。1955年竣工の現存する日本最古の円形校舎です。小学校自体は1976年に移転し、その後30年間、地区の公民館や各種団体の事務所などに使われていました。2006年に老朽化を理由に閉鎖、2014年には解体予算が市議会で可決され正式に解体が決まり、惜しまれつつ姿を消した…はずだったのですが、どっこい、今でも残っています。しかも「そのままの姿」ではなく、見違えるほどきれいになった「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」として。何があったのでしょう?
保存への長い道のりの始まり
円形校舎については保存か解体か、長い間議論されてきました。所有する倉吉市としても何が何でも取り壊す、ではなく、新たな活用方法があれば残すことにやぶさかではない、という姿勢でいました。ただ、3億円と見積もられた耐震改修及び修繕費用をかけて何に使うのか、年間数千万円かかる維持費をだれが負担するのか、地域のシンボルだからという「思い」だけでは保存することはできません。
絶体絶命
一方、解体予算が可決された市議会において、着手する予定の「倉吉市中心市街地活性化基本計画」策定のなかで、円形校舎の活用方法がないか、今一度検討を加えるまで解体予算の執行凍結、という付帯決議も可決されました。これが保存を望む側には唯一かつ最後の望みでした。
そして行きついた利用方法が「フィギュアミュージアム」だったのです。江戸時代から職人の町として続いてきた明倫地区のものづくりのDNAを、分かりやすく目に見える形で伝えられたら、という願いと、全国的にも例のないフィギュアの展示施設として観光客を呼び込んで経済的にも自立していこう、という目論見(もくろみ)からでした。2014年秋でした。
「話し合い」の末に
ここから約2年。文字通り倉吉市を二分する「話し合い」が始まります。しかも、いつのまにか保存か解体か、ではなく、無償譲渡か否か、の2択に変わってしまいます。市とすればいったん壊すと決めた建物を180度方針転換することはできず、民間に譲渡するからあとは勝手にやれ(ではないでしょうが)というのが精一杯だったようです。市議会は議長を除き8対7、地元の公民館は9対6、役所内でも部長間で意見が割れました。多数決で押し切るには接近しすぎた数字です。そこで、倉吉市からは無償譲渡に向けて三つの条件を提示されます。①金融機関の融資確約を取り付けること②地元住民の合意を得ること③フィギュアメーカーからの協力を確定させること、でした。
詳しくは省きますが(実はここが一番面白いのですが)、とても高いハードルでした。しかし、話し合いを続けるうちに、市民、経済界から「保存して観光振興に役立てよう」という機運が盛り上がってきます。そして、2016年、倉吉市長が無償譲渡を決断、円形校舎は解体から一転、民間施設として残ることになったのです。
まだまだ道半ば
地域の方々から出資金を募って株式会社を設立し、経済産業省の補助金も獲得、金融機関からの融資を受けて、2018年4月に総事業費3億円で「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」はスタートしました。2年目には人口5万人足らずの街で、5万人を超す来館者を集めました。その後はコロナ禍もあって残念ながら経営的には非常に厳しい状況が続いていますが、「よくぞ(円形校舎を)残してくれた」という言葉を頂くとうれしくなります。
改修に当たっては建築当初の姿に戻すことを目標に行ったので、日本建築学会の外部組織「DOCOMOMO Japan」が選定する後世に残したいモダニズム建築にも選ばれました。
円形校舎はそこにある
豊かな自然、澄んだ空気、おいしい水、新鮮な食材、歴史を感じる街並み…。日本全国の地方都市が「わが町の魅力」として観光客を呼び込もうとしています。素晴らしい環境で暮らす喜び、それを体験してほしいという願い、とてもよく分かります。守り続けていってほしいと思います。でも、それだけでは駄目なんです。街そのものが、「変わり続ける変わらないもの」でなくてはならないのです。
倉吉はフィギュアとは無縁の街でした。ところがここ10年程の間に、アニメコンテンツの舞台になったり、フィギュア業界最大手の国内唯一の工場ができたり、老舗のフィギュアメーカーなどの協力でフィギュアミュージアムができたりと、大きな変化を遂げました。
それでもここで暮らす人々は、何も変わっていないと感じているはずです。なぜなら、豊かな自然、澄んだ空気、おいしい水、新鮮な食材、歴史を感じる街並み、はそのままだからです。そして、地区のシンボル・円形校舎も「そこにある」のです。
「歴史的建造物が都市から消滅することは、都市の記憶を失うこと」という言葉があります。円形校舎がある街。そこに生きた人たちの記憶に残り続けてほしいと思います。
「地域再生を考える」編集委員会
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