地域再生を考える

2022年7月掲載

まちの再起をかけた奥能登国際芸術祭
―さいはてから最先端をのぞむ―

奥能登国際芸術祭プロジェクトマネージャー 関口 正洋さん

奥能登国際芸術祭プロジェクトマネージャー
関口 正洋さん
神奈川県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒。アートフロントギャラリー所属。「大地の芸術祭」の事務局、NPO法人越後妻有里山協働機構の運営などに関わったのち、「奥能登国際芸術祭」の立ち上げから企画コーディネートに従事。中小企業診断士。
奥能登国際芸術祭のはじまり

能登半島の先端に位置する石川県珠洲(すず)市は、人口約1万3000人、市としては本州でもっとも住民の少ない自治体です。そこで3年ごとに国際芸術祭が開催されます。芸術祭にあわせて、国内外のアーティストが地域を訪れ、土地の歴史や風土に触発されて芸術作品を制作します。作品は、海岸、岬、空き家、廃校、駅舎跡など、主に使われなくなった場所に設置されます。約2カ月間の会期中に、若者、子ども、そして外国人などが大勢訪れ、地域全体が祝祭ムードに包まれます。来訪者は、アートを巡る過程でさまざまな土地の風景と出合い、住民との交流がうまれます。

海は、漁業や北前船の交易などを通して、食・住・祭りなど豊かな文化を珠洲にもたらしましたが、人や物の動線が海から陸へ変わるなかで、珠洲は都市から極端にアクセスの悪い場所となり、人口流出も続きました。28年におよぶ原発建設の動きは、2003年に凍結した後も地域に分断の跡を残しました。鉄道も2005年に廃線となり、珠洲は“さいはての地”となりました。

そのなかで、まちの再起をはかろうと地元の商工会議所、議員が中心となって行政や専門家に働きかけ、奥能登国際芸術祭が構想されました。初回の芸術祭(2017年)にむけて、5年の年月をかけて準備が行われました。

アートが表現するもの

奥能登国際芸術祭の作品は、珠洲という土地の特性を表わしたものが多くあります。

深澤孝史さんは、海岸に流れ着く漂着物を使い、巨大な鳥居をつくりました。かつて珠洲では漂着物は神として祀られました。しかし、今流れ着くものは大量のゴミです。神からゴミになったものを再び神としてとらえ直し、大量の廃棄物を生み出す資本主義に対する信仰のようなものが表現されました。会期中は、大勢の参拝客が訪れました。

スズ・シアター・ミュージアムは、2016年に廃校になった小学校の体育館につくられました。高齢化により行き場をなくした民具を市民の協力のもと集め、保全・活用していきます(市内77世帯から1649点)。民具を使って8組のアーティストが作品を手掛け、地域の記憶や思い出が詰まった詩情豊かな体験型のアート空間が完成しました。1時間ごとの「シアタータイム」では、音と光と映像の演出によって館内の民具が共鳴し、その集合記憶に包まれるような劇場空間へと変容します。

地元に生じる変化

自分たちの生活領域でアートにふれるなかで住民にも変化が現れてきました。

まず、地域の当事者としての意識が高まってきました。地域活動はどこか自治体任せという風潮がありましたが、アートという異質なものが身近にやってくることでうまれる違和感や普段と異なるコミュニケーションは、地元のことを見つめ直すきっかけになりました。

次に、地域の関係性が変化していきました。地域社会には家父長的な性格が色濃く残りますが、祭りや行事などの交流の機会も少なくなり、地域内の関係性は硬直化しつつあります。芸術祭は、木を切る、土を掘る、材料を組み立てる、お客さんを出迎える、料理でもてなすなどなど、個人の特技を家や地域に縛られずに発揮する機会となります。特に、女性、お年寄り、子ども、地域外からのサポーターの活躍もあって、地域の関係性が流動化していきました。

そして、地元に対する誇りがよみがえってきました。過疎高齢化などのさまざまな問題が喧伝(けんでん)されるなかで、地域にはどこか諦めムードもありました。ところが、アーティストたちが珠洲の魅力を掘り起こし、大勢の方が珠洲に感激するのを目の当たりにし、住民も自分たちの土地の力を見直すようになりました。上京した折に出身地を聞かれて珠洲と名乗れなかった方も、いまでは堂々と言えるようになったといいます。

アートがつなぐ新しいコミュニティ

少子高齢化が進み、経済成長も滞るなか、地域にも新しいビジョンが求められています。

近年、珠洲への移住者が増えています。もともと、都市から地域を志向する底流はあったといえますが、自然災害やコロナはそれらを後押ししたといえます。新しい人たちが入ってくるなかで、価値観の異なる人が互いに許容しながら暮らせる地域が求められています。

地域的な共同性に、関心やテーマに基づく協同性を結び付けることで、人々の拠り所になるコミュニティが多様化していきます。そして、多様化するコミュニティをつぎ合わせるのが、地域・世代・分野を超えた共通体験としてのお祭りです。アートは多様なまなざしを提供し、人・もの・ことを媒介してくれます。その特性を活かして、地域や都市に偏在する余剰や不足を補い合う多様なコミュニティをつくっていくことが、今後の課題です。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 珠洲市は能登半島の先端に位置する

    珠洲市は能登半島の先端に位置する

  • 珠洲の風景(写真:岡村喜知郎)

    珠洲の風景(写真:岡村喜知郎)

  • 珠洲の祭り(写真:猿女)

    珠洲の祭り(写真:猿女)

  • 深澤孝史「神話の続き」(写真:中乃波木)

    深澤孝史「神話の続き」(写真:中乃波木)

  • 深澤孝史「神話の続き」制作風景

    深澤孝史「神話の続き」制作風景

  • スズ・シアター・ミュージアム(写真:木奥惠三)

    スズ・シアター・ミュージアム(写真:木奥惠三)

  • スズ・シアター・ミュージアムの民具集め

    スズ・シアター・ミュージアムの民具集め

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