地域再生を考える

2022年5月掲載

市街地に誕生するサッカースタジアム
広島とサッカー。復興・平和・まちづくり

サンフレッチェ広島 代表取締役社長 仙田 信吾さん

サンフレッチェ広島 代表取締役社長
仙田 信吾さん
1955年生まれ。広島県府中市上下町出身。78年中央大学法学部卒業。同年、中国放送入社。ニュースカメラマン、呉支局記者、本社営業部、報道センター、本社テレビ局などを経て、2010年常務取締役。退任後、グループ会社を経て、20年サンフレッチェ広島代表取締役社長。現在に至る。
市街中心部のサッカースタジアムの誕生

広島市の市街地ど真ん中に、2年後、サッカー専用スタジアムが完成します。

市街地中心部のサッカー専用スタジアムは、全国初。広島駅から路面電車で20分、山陽本線新白島駅から徒歩15分、市内中心部のバスセンターから徒歩10分の場所に位置します。都心の日比谷公園がサッカー場になるようなものです。

3万人収容の観客席は屋根で覆われ、グループ、家族、カップル、もちろんお一人様でも、多様な観戦スタイルで楽しむことができます。最新の大画面と音響、照明装置やARなどを駆使した一体的運用による演出が会場を盛り上げます。ピッチは観客席から8メートルと迫力満点です。高品質なホスピタリティを提供するVIPルーム、プレミアムラウンジも完備し、ピッチを臨む周回コースには、多彩で魅力的な飲食ブースが並びます。感覚過敏の方に配慮した観戦環境・センサリールームも完備します。

サッカー王国広島

広島は「サッカー王国」と呼ばれます。サンフレッチェ広島の前身である東洋工業(現マツダ)サッカー部は、1965年の日本サッカーリーグ初年から4連覇を達成しました。1968年のメキシコ五輪で銅メダルを獲得した代表選手18人の中には広島県関係者が6人もいて、監督は広島で被爆した長沼健氏でした。

サンフレッチェ広島は、1993年の初年からJリーグに参加。2012、13、15年には、J1優勝を果たしました。優勝時の監督は日本代表監督を務める森保一氏です。

2012年の優勝に加え、2013年から始まった「Jリーグクラブライセンス制度」を背景に、新スタジアムの建設機運が一気に盛り上がりました。当時のスタジアム建設を求める署名活動は37万筆を超えました。

現在の戦いの舞台は市内から遠い場所にあります。また、観客席には、屋根がほとんどありません。陸上トラック越しでの観戦となり、ピッチからの距離が遠いため、お客様には選手の迫力が伝わりにくいです。都市中心部に立地するサッカー専用スタジアムは当クラブの悲願でした。その後、当クラブを含む関係者のさまざまな検討を経て、複数の候補地から最終的に広島市中央公園広場に建設することが決定し、既に着工しています。

ところが、まさにこの場所をサッカー場にすべきと、72年前プランニングした著名人がいたのです。広島平和記念公園を設計した丹下健三氏です。丹下氏は、広島平和記念資料館・原爆死没者慰霊碑・原爆ドームを南北一直線に結び、その延長線上にサッカーのできる総合運動場を想定しました(図①)。被爆の5年後、焼け跡のバラック群に立って、サッカーの歓声こそが復興と平和を象徴すると考えたのです。

サッカーが戦後の復興に

丹下氏に影響を与えた奇跡の記録があります。被爆の2年後、広島高等師範学校附属中学校が、戦後初の全国中等学校蹴技大会で優勝するのです。校舎は倒壊し、校庭は芋畑になっていたのを整地し直し、原爆症の不安と闘いながらでした。

その後、広島から強豪校が次々と誕生しました。当時、広島だけが左右両足でボールを操れたのです。第1次世界大戦のドイツ軍捕虜が広島港沖の似島に収容され、彼らから本格的な独式サッカーを学んでおり、戦前から広島は最強だったのです。そのサッカーに打ち込むことで、若者たちは原爆症の不安を克服し、生きる勇気と希望を得たのでした。丹下氏は、広島とサッカーの特別な関係をよく知っていました。

サッカーが復興、平和に貢献したとの多くの証言は、新スタジアムのミュージアムでご紹介します。そこでは展示物だけでなくデジタルとリアルを駆使した体験型装置もご用意し、広島平和記念公園を訪れる欧米観光客の関心も誘うことでしょう。周辺は芝生公園で、試合のない日でも憩えるスタジアムパークを目指します。

サッカーを通したまちづくり

広島市は、マツダスタジアム(市民球場)がある広島駅周辺地区と、新サッカースタジアムができる紙屋町・八丁堀地区を都心の東西の核と位置付け、都市機能の集積・強化を図ることにより、相互に刺激し、高め合う「楕円形の都心づくり」を進めています(図②)。また、他の県内市町でも、サッカーの環境整備が進みます。

Jリーグは「百年構想」と銘打ち、町に緑におおわれた広場やスポーツ施設を作り、「観る」「する」「参加する」スポーツを通して、世代を超えたふれあいの場を作ることを掲げました。

昭和30年生まれの私の年代は、スライディングしては、しょっちゅう擦りむいていました。これが芝生なら転ぶことへの恐怖心が薄くなり、思い切り体を動かせます。楽しくサッカーやスポーツに触れ合えれば、子どもたちだけでなく大人も健康につながります。

私どもが把握するだけでも今後、広島県内では、府中市、北広島町、廿日市市、尾道市、安芸高田市と人工芝整備が進みます。そこでは大会も開催でき、何より日常の子どもたちの歓声が街を元気づけます。広島駅の玄関口にはフットサルコートも完成します。

当クラブは女子プロサッカー「WEリーグ」にも参画しました。サッカーは、得点が入りにくいスポーツです。だからこそ、ゴールの瞬間の感動が大きく、世界最大のスポーツたりえています。

広島県では、サッカーの持つ底力に未来を託す動きが始まっています。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 2024年に市街地中心部に誕生するサッカースタジアム

    2024年に市街地中心部に誕生するサッカースタジアム

  • 2022年3月6日、ヴィッセル神戸戦。試合前のサンフレッチェ広島先発メンバーの集合写真

    2022年3月6日、ヴィッセル神戸戦。試合前のサンフレッチェ広島先発メンバーの集合写真

  • サンフレッチェ広島の佐々木翔選手

    サンフレッチェ広島の佐々木翔選手

  • 女子プロサッカー「WEリーグ」サンフレッチェ広島レジーナの近賀ゆかり選手(左)

    女子プロサッカー「WEリーグ」サンフレッチェ広島レジーナの近賀ゆかり選手(左)

  • 【図①】1951年のCIAMの国際会議で発表された、丹下健三氏による「平和公園計画」 (赤字はウェンディ編集部で加筆)

    【図①】1951年のCIAMの国際会議で発表された、丹下健三氏による「平和公園計画」
    (赤字はウェンディ編集部で加筆)

  •  【図②】「楕円形の都心づくり」。ひろしま都心活性化プランより

    【図②】「楕円形の都心づくり」。ひろしま都心活性化プランより

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