地域再生を考える

2021年7月掲載

むろと廃校水族館
〜再び子どもたちが戻ってきた廃校〜

むろと廃校水族館 館長 若月 元樹さん

むろと廃校水族館 館長
若月 元樹さん
1974年広島県生まれ。高校を卒業後、大学進学のため沖縄へ。沖縄でウミガメと出会い、ウミガメの調査に没頭する。サラリーマン、大学院を経て日本ウミガメ協議会へ。2018年からむろと廃校水族館の館長に。
多くの市民が母校を失う

高知県室戸市はマグロ漁や捕鯨で栄えた漁師町。しかし、それらは次第に衰退し、人口の流出が続いた。今でこそ児童・生徒数の減少による廃校は全国的な問題となっているが、課題先進県と呼ばれる高知県ではいち早くそれらが問題視されていた。室戸では16校あった小学校が現在は5校にまで激減。つまり、多くの室戸市民が母校を失った。一方で、使われなくなった校舎の利活用も早くから課題となっていた。

廃校活用の壁

小さなコミュニティであればあるほど、学校は地域の中心である。歴史のある学校であれば、家族何世代もの母校となる。その母校を他の地域から来た人間が活用するとなると、地元の人間からすれば面白くない。では「地元の人で活用を」となると簡単にはいかない。なぜならば、子どもがいなくて学校がなくなった地域に若者は少ないからである。

教室ごとにテナント的な活用法もあるとは思うが、それは人口が多く、立地に恵まれた場所でなければ厳しいのが現状である。

ウミガメの調査で室戸へ

我々は日本ウミガメ協議会というウミガメの調査やウミガメ関係者のネットワークづくりをするNPO法人である。室戸の定置網に入るウミガメを調べるため、2003年から職員が常駐し、ウミガメに標識を装着して放流するなどの調査をしていた。その調査では珍しい生物との出会いも多かった。珍しい生物などが獲れると標本にした。

10年も経過すると標本は増え、協力してくれる定置網も増えた。その分、業務の幅が広がり、負担も増えた。貧乏NPOが室戸に職員を派遣して調査を継続するには経済的にも厳しかった。しかし、太平洋に面した大型定置網の魅力は大きく、撤退はしたくなかった。そこで白羽の矢を立てたのが廃校であった。

さまざまな用途の学校設備をフル活用

当初は膨大な標本を置く場所に校舎を活用しつつ、それらを展示して博物館的な施設を考えていた。しかし、いざ計画を進めると25メートルプールと小プールがあり、そこで調査・研究用にウミガメを飼えないかと検討をしていたら、水族館計画へとシフトした。さらに、理科室は解剖や標本制作、家庭科室は地元で水揚げされた魚を使った調理体験、図書室はそのまま図書室として、本来の機能をそのまま活用できた。その分、コストが浮いた。

多用途な教室があり、再利用しづらいと思われた廃校は、実は魅力が詰まった箱であった。

ねらっていなかった地域振興

我々は地域振興などを特に考えていたわけではない。廃校を活用しつつ、いかに楽しく室戸でウミガメの調査活動ができるかを考えていた。水族館の準備中も「小学校が水族館に生まれかわるなんて面白いね」とか、「母校に気軽に来られるなんて卒業生がうらやましいね」などと言い合いながら進めていた。

オープン前は各方面から「運営に苦労する」と心配されていた。結果として多くの人々が我々と楽しさを共有してくれたようで、入館者数に恵まれた。そして、その影響は近隣の飲食店や宿に波及。今思えば、ほとんどの大人は小学校を経験している。「懐かしさ」への共感は大きかったようだ。ねらってはいなかった地域の振興に貢献できているようだ。

室戸には専門学校も大学もない。むろと廃校水族館には全国から学生たちが実習や研修に来る。全国から受け入れた研修生の中に、就職先を室戸で漁師という選択をした者もおり、オープンから3年連続で研修生が漁師になっている。これこそが一番の地域振興かもしれない。

コロナ禍で確信した地方の強み

我々は野生のウミガメと関わる仕事なので、いわゆる「へき地」と呼ばれるような地域にばかり赴く。「へき地」での暮らしはそれほど大変なものではない。何があって何がないのかを理解すれば、実は快適な暮らしである。

おそらく多くの人々の本音は「地方(田舎)で暮らしたい」ではないだろうか。その証拠に、テレビの人気番組に地方の集落を訪ねる企画が多く見られる。

2018年4月にオープンした「むろと廃校水族館」は、2年目の終盤からコロナの影響を受けた。入館者は団体を中心に激減した。しかし、幸いなことに、室戸はほとんど感染者が出ていない。それは当然かもしれない。満員電車どころか鉄道もない。そもそも人がおらず、密を発生させることが難しい。だから医療崩壊も起こらない。先日、職員が膝の靭帯を切る大けがを負ったものの、無事に手術が実施でき、地方の強みを実感できた。

災害でも同様であろう。飲めるレベルの水が川を流れ、海の幸・山の幸も豊富で救援物資が少々遅れても、自然の恵みと知識でしばらくは持ちこたえられるであろう。

ヒトとモノに溢れた都会。自然の恵みに溢れる地方。両者が今後、どう折り合いをつけ、未来を構築するか。館内に設置された自販機の子ども向け飲料に表示された「売切れ」に、子どもが多く訪れていることを喜びながら、やり方次第では明るい未来があるかもしれないと感じている。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 漁港でのウミガメの体長測定の様子。漁業者の協力によりウミガメの調査が行える

    漁港でのウミガメの体長測定の様子。漁業者の協力によりウミガメの調査が行える

  • 屋外の25メートルプールにはサメなどの魚たちが泳ぐ

    屋外の25メートルプールにはサメなどの魚たちが泳ぐ

  • 理科準備室の棚には、室戸の海の生き物たちの骨格標本が展示されている

    理科準備室の棚には、室戸の海の生き物たちの骨格標本が展示されている

  • 家庭科室にて、漁師を講師に招いた調理実習を行っている

    家庭科室にて、漁師を講師に招いた調理実習を行っている

  • 学校の遠足で来館し、エイへの餌やりを見学する子どもたち。にぎやかな声が校舎内に響く

    学校の遠足で来館し、エイへの餌やりを見学する子どもたち。にぎやかな声が校舎内に響く

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