地域再生を考える

2021年3月掲載

コロナ禍で見えたA級グルメのまちの可能性
邑南町で廃業した飲食店はない

邑南町役場 商工観光課 課長 寺本 英仁さん

邑南町役場 商工観光課 課長
寺本 英仁さん
島根県邑南町が目指す【A級グルメ】の仕掛け人として、まちづくりに取り組む。NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』でスーパー公務員として紹介される。著書に『ビレッジプライド「0円起業」の町をつくった公務員の物語』『東京脱出論』がある。

「コロナ禍において、東京一極集中に陰りが見えてきた」というニュースを最近よく耳にする。

私の住む島根県邑南町(おおなんちょう)は、広島県境の中国山地のど真ん中にあり、広島市内まで車で約1時間と経済圏は完全に広島圏域である。2004年の町村合併(旧羽須美村、旧瑞穂町、旧石見町)以来、邑南町は「食と農」を基盤に「A級グルメのまち」として、全国的なブランド化に成功した。

「耕すシェフ」の研修制度

この「A級グルメ」の特徴は、単に地域の農産物を販売したり、6次産業化したりするものではなく、町自体が町の農産物を最大限に活用するために、料理人の育成制度「耕すシェフ」の研修制度を設計したことが特質した部分ではないかと考える。地方創生の多くの事例を見てみると、「食」をテーマに町おこしを行っている自治体は多い。その取り組みを深掘りしていくと、自らの地域資源を販路拡大と銘打って、都市部に資源を流出しているケースが非常に多い。

しかし、外貨獲得を狙って、地域資源を都市部に売り込んでも、単独自治体での生産量では、都市部の胃袋を満たすだけの供給ができなかったり、都会志向にあわせて商品パッケージのデザインや広告を都市部の事業者に委託する部分が多くなり、外貨獲得どころか地域資源とともに、逆に都市部へお金が流出してしまっていることが多いことに気づかされる。その果てには、地方に残された人間は口をそろえて「自分の町にはなにもない」と嘆いているのである。

その点、邑南町の「耕すシェフ」の研修制度は、都市部から料理人を目指す若者を最長3年間受け入れ、町が研修費を支払い、研修をさせ、卒業後は町内で起業し、町の農産物を活用し自らの店で提供するという究極の地産地消であり、地域循環型経済の取り組みとなっている。

この取り組みは、2011年度からはじまり今年で11年目を迎えるが、実績としては、この10年間で、人口約1万人の町に飲食店が30店舗以上増えたことは大きな成果といえるのではないだろうか。

近隣の市町では、どんどん飲食店が減っていくなかで、中国山地のど真ん中の小さな町に飲食店が増加しているのである。

イタリアンレストラン「AJIKURA」

最近、邑南町を訪れた旅行者の「まるで、スペインのサンセバスチャンを彷彿(ほうふつ)させるよね」といううれしい感想を耳にした。それほど、特色のあるレストランが山の中に点在しているのだ。それは、耕すシェフの研修生はもちろん、「A級グルメのまち」のイメージが定着したことにより、UIターン者が、お店を開業するケースも少なくない。

私自身、この「A級グルメ構想」を展開した2011年当時、町内に都会に負けないくらいの超一流のレストランが存在しなければならないと考えぬいた結果、町営のイタリアンレストランを立ち上げることに至ったのである。それが、イタリアンレストランAJIKURAである。

酒蔵を改装した和モダンな雰囲気で、一流のシェフやソムリエが町の食材をふんだんに活用したおいしいイタリア料理を観光客に振る舞う。オープン当初からランチは、3000円から1万円のコース料理を提供し、「銀座のランチよりも高い」と話題になり、多くのメディアに取り上げられた。

「耕すシェフ」の研修生は、このAJIKURAで料理の研修を3年間するわけだが、最初の段階から起業して、レストランを開業できる研修制度であったわけではない。その都度、課題や思考錯誤を繰り返しながらの研修制度である。

2014年度には、レストランの現場だけではなく、邑南町ならではの郷土料理や食文化なども含め、料理人として幅を広げるための学びの場として町立の「食の学校」を設立した。この食の学校は、「耕すシェフ」の研修生だけではなく、町民が邑南町の食文化を勉強できるよう専属のコーディネーターを配置し、町民の意識を変革するプラットホームとしての役割も担っている。

また、地元の金融機関とも連携し「起業塾」も開催した。3年間の研修中に、卒業後の起業に向けて融資を受けるまでの事業計画を完成させることで、実際に研修生が融資を受け起業できるスキームを構築した。

このように課題に対して実直にやってきたことが、この飲食店の店舗数が増えた実績につながっているのではないかと自負している。

そして、AJIKURAは、フランスのレストランガイドとしては、ミシュランと双璧である2020年度のゴ・エ・ミヨで2トックを獲得するまで、レストランの質を向上させた。これは、A級グルメ構想にある「本当においしいものは地方にあって、それを知っているのは地方の人間である」という本質を達成できたのではないだろうか。そして、地方には何もないのではなくて、多くの地域資源が存在して、それを地域で活用することを教えてくれた。

コロナ禍で見えた地方の飲食店

このコロナ禍で、全国的に飲食店の廃業が目立つなか、まだ邑南町の飲食店で廃業している店はない。それは、地方の方が、飲食店経営をしていく上で、都市部よりいくつも有利な部分があることが明確になったからだと思う。例えば、人のつながりとか。それが、東京一極集中が崩壊してきた答えで、このコロナが教えてくれたことだと思う。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 島根県邑南町、於保知盆地の風景

    島根県邑南町、於保知盆地の風景

  • 「耕すシェフ」の研修生たち

    「耕すシェフ」の研修生たち

  • 「耕すシェフ」研修修了後に起業した「瑞穂ふくのや」

    「耕すシェフ」研修修了後に起業した「瑞穂ふくのや」

  • イタリアンレストラン「AJIKURA」

    イタリアンレストラン「AJIKURA」

  • イタリアンレストラン「AJIKURA」のコース料理

    イタリアンレストラン「AJIKURA」のコース料理

  • 地元食材を生かした料理

    地元食材を生かした料理

  • 食の学校

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