地域再生を考える

2020年7月掲載

「素隠居」(すいんきょ)って何ですか?
—翁(じじ)と媼(ばば)が他人の頭を叩いて幸せを願う—

倉敷素隠居保存会 事務局長 小田 晃弘さん

倉敷素隠居保存会 事務局長
小田 晃弘さん
1964年倉敷生まれ。大学卒業後地元銀行に勤務。地元経済と文化、そして地酒については精通。保存会活動は99年頃に一人息子と久しぶりに行ったお祭りで素隠居に出会い、当時の保存会の皆さんの罠にかかり入会(笑)。2010年から同会事務局長。19年銀行を選択定年退職、地元企業に再就職し地元活動に更にいそしむ。
「素隠居」って何ですか?

「素隠居」って皆さんご存じですか?地元倉敷でも知らない人がいるくらいですから、皆さんがご存じないのは無理もありません。「素隠居」とは、岡山県倉敷市にある総鎮守阿智神社の例大祭の御神幸の雌雄の獅子に付き添う老人の面をかぶった若者たちをいいます。

歴史を紐解きますと、元禄5年(1692年)、阿智神社にほど近い戎町(えびすまち)の宰領を務めていた沢屋善兵衛が寄る年波に勝てず、人形師の柳平楽に頼んで「翁」と「媼」の面を作らせ、店の若者にこの面を被らせ、主人の代理として御神幸の行列に参加したことに始まるとされているのです。店の歳を取った御隠居さんと御領さんの代わりですので、ただ御神幸に付いてまわるだけ、赤いたすきに牡丹と蝶をあしらった紺地の小袖、獅子の巻き毛の文様のパッチを履いて、御旅所では獅子舞を舞っていたとされています。それが今では御神幸を離れて自由に街中を闊歩(かっぽ)して、他人の頭を素隠居が持つ渋うちわでポンポンと叩いてまわっているのです。

この素隠居が持つ渋うちわってのがすごいのです。この渋うちわで叩かれると子どもさんなら「賢くなる」とか「健康になる」、女性なら「美しくなる」(個人により効能には差があります(笑))、お年寄りなら「長生きできる」など、下手をしたら、そんじょそこらのお薬より効き目があったりしてと、倉敷の皆さんはそれを信じて、泣きじゃくる子どもたちの頭を素隠居に差し出しますし、お年寄りは手を合わせ、拝みながら素隠居の前にやってきて頭を叩かれていきます。

明治・大正期の素隠居

このように自由に街中を闊歩し、今のような素隠居になった経緯を簡単にお話しします。明治時代に入り、神仏分離令が出され江戸期のような盛大な御神幸が行われなくなって、今まで御神幸に参加していた町民たちが自分たちでも神輿を出したいと現在の千歳楽(太鼓神輿・布団神輿:布団を重ねて神輿に見立てたもの)を出すようになったあたりから、素隠居が進化してきたとされています。町民が自分たちで作った千歳楽ですが、けんかっ早い町民たちは千歳楽をぶつけ合って町同士でけんかを始める、時には神社の神輿を通せんぼしたりと実に荒々しい。そんな荒々しさに羨望の眼差しで興味津々と近づく町の子どもたち。親たちは危なっかしくて、千歳楽に近づかせるわけにいかない。このような背景から、子どもたちを危ないところから守るために交通整理をし始めたのが、素隠居であったといわれています。

神社の御神幸に付いてまわる素隠居を真似て、お面を町民自ら作って素隠居の格好で、暑いので扇ぐために持っていた渋うちわで千歳楽にまとわりつく子どもたちを「あっち行けぇ!」と追い払っていたようです。このように荒々しく危なっかしい千歳楽から子どもたちを守っていたから、「素隠居に叩かれると、子どもたちは健康に育つ」といわれるようになりました。また、当時、追い払われた子どもたちが素隠居に向かって言い放っていたはやし言葉が今でも使われています。「すいんきょ、らっきょう、くそらっきょう!」と怯えながらもはやし立てる様はこの時から始まったのではとされています。
(閑話休題:なぜ「らっきょう」と呼ばれるのか?お面の形が漬物のラッキョウの形に似ているからです)

昭和期の素隠居

戦争も終わり昭和30年代〜40年代には倉敷の街は高度成長の波に乗り、活況でお祭りも派手になっていました。大原美術館のある倉敷美観地区では素隠居面を被ったご婦人たちが美観地区を流れる倉敷川をグルリと囲んで「素隠居おどり」を披露する一大素隠居祭りとなりました。街中には神社氏子町内の若者が素隠居になって、子どもたちを追いかけまわしていました。私もちょうどその頃、素隠居に追いかけまわされ、叩きまわされた忌まわしい!?経験の持ち主であります。

しかし、昭和50年代に入ると、様相が変わってきました。神社の氏子町内会が少子高齢化、マンションが倉敷市街地に増えてきて、人口は増えるが、町内会への参加人数は減ってくるという現象が顕著となってきました。ちょうどその頃から素隠居が出なくなってきたのです。

私もちょうど高校から大学と地元の祭から遠ざかっていたので、分からなかったのですが、お祭り自体も規模が小さくなり、神社境内にたくさん出ていた露店もどんどん少なくなっていたようです。

倉敷素隠居保存会の成り立ちと今後の素隠居

その当時全国放送のテレビ番組から「素隠居」を取り上げたいと問い合わせがあったもののどこも素隠居については対応してくれず、困ってしまった当時倉敷市の観光課におられたF氏(弊会前事務局長)が「このままでは素隠居が廃れてしまう!!」と氏の同級生たちと立ち上げた(正確には再興させた)のが今の倉敷素隠居保存会というわけです。以降地道に堅実に衣装、お面を増やし、活動を広げています。

来年倉敷素隠居保存会は再興30周年の節目の年となります。周年記念事業として「子ども素隠居」の衣装の充実や地元小学生の素隠居体験を企画しています。素隠居体験を子どもたちにしてもらい、将来につなげていきたいと考えています。

素隠居は町民のアイデアから誕生しました。素隠居の活動の根底には、子どもたちを守りたい、地域・町内を守りたいという思いがあった。その思いが派生して、素隠居に叩かれるとご利益をいただけることにつながったのかなと考えています。倉敷は豊かな文化が残る場所です。先人たちが守ってきた素隠居の思いを大切に受け継ぎながら、時代に合わせた新しい素隠居を守り残していきたいと考えています。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 素隠居。右が爺、左が媼

    素隠居。右が爺、左が媼

  • 江戸時代の素隠居面

    江戸時代の素隠居面

  • 民芸品としての素隠居面

  • 赤ちゃんを泣かせている素隠居(実際のおじいちゃんが素隠居でお孫さんを泣かせてます)

    赤ちゃんを泣かせている素隠居(実際のおじいちゃんが素隠居でお孫さんを泣かせてます)

  • 子ども素隠居と素隠居

    子ども素隠居と素隠居

  • トワイライトエクスプレス瑞風の倉敷駅でのお出迎えを素隠居は任されています

    トワイライトエクスプレス瑞風の倉敷駅でのお出迎えを素隠居は任されています

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