地域再生を考える

2020年6月掲載

地域を醸す純米酒
自然、環境、伝統産業がまるごとつながる米の酒

日本酒と食のジャーナリスト 山本 洋子さん

日本酒と食のジャーナリスト
山本 洋子さん
鳥取県境港市生まれ。雑誌編集長として郷土食、発酵食を紹介。独立後、日本の食の宝応援をライフワークに。著書『厳選日本酒手帖』『ゼロから分かる! 図解日本酒入門』世界文化社。週刊ダイヤモンド『新日本酒紀行 地域を醸すもの』連載中。 総務省地域力創造アドバイザー。
http://www.yohkoyama.com

江戸時代、武士の給料が米で支払われていた頃、大人1人が1年間に食べる米の量を1石と呼んだ。炊飯器のカップ1000杯分だ。加賀藩が築いた「加賀百万石」というのは100万人が食べていける生産量で、1石がとれる田んぼの面積を1反といい表した。米にまつわる単位は、それほど人の暮らしに密着してきたのだ。

米を食べる量が減少し、今やピーク時の約半分。米の余剰分を減らすために始まった生産調整(減反)は、約100万haにもなる。

低いと懸念される日本の食料自給率は、カロリーベースで37%、生産額ベースで66%(2018年)。米は自給率が100%以上になるが、余剰が増えて減反された。食べて追いつかないなら、酒用の米を栽培してはと考える。米農家を支え、田んぼと周辺環境を守ることにもつながるからだ。

1升(1・8リットル)の純米酒を造るのに、どれくらいの米と田んぼが必要か?日本酒好きでも数が答えられる人は少ない。ワイン好きなら海外ワイナリーの村名、ぶどう畑の土壌まで熱く語る人がいるのに対し、日本酒好きが田んぼの土を語ることはまずない。その違いはなぜだろう。

1日1合、純米酒

米作りをやめてしまった100万ha。その面積は東京23区の約16倍。100万haイコール約1000万反、およそ1000万人分の米がとれる面積だ。今は農業技術が上がり、1反で10俵前後の米がとれるが(1俵=60㎏)、農薬や化学肥料に頼らず、環境に負荷をかけない農法で酒米を育てると約6俵といわれる。換算すれば、1000万反の田んぼで約360万トンの米が収穫可能。360万トンというと、気が遠くなるような数字だが、日本の成人人口1億人で割るとたったの36㎏だ。1年365日で割ると1日100g。その100gの米から、純米酒は約1合できる。国民20歳以上が毎晩、1日1合の純米酒(精米歩合70%として)を飲めば、100万haの田んぼが必要になってくる数だ。

1升の純米酒に必要な玄米は約1㎏、田んぼは約1坪。1升瓶を1本飲めば「田んぼ1坪分飲みほした!」となる。じつに簡単なことではないか。大吟醸ならもっと少ない量でOK。お酒が飲めない人はノンアルコールの麹甘酒か、ご飯を1膳余計に食べるという手も。

水田は連作障害がない唯一の圃場(ほじょう)

「永続性ある生産システムが田んぼの米作り。ダムの機能もあり、自然環境が蘇る」と、静岡で酒米「誉富士」を開発した育種家の宮田祐二さん。水田は連作障害を起こさず、大雨が降ればダムの役割を果たし、カエルやドジョウ、タニシが棲み、それ目当ての鳥が降り立ち、ひとつの生態系をつくる。

安全な環境と米栽培を同時に考える地域が増えつつある。兵庫県豊岡市は「コウノトリ育むお米」を掲げ、多種多様な生き物を育み、コウノトリが住める環境づくりを目指す「環境創造型農業」を推進。農薬や化学肥料に頼らず冬期や早期に湛水(田んぼに水を張る)し、深水管理で栽培。鳥にとって住み良いところは、人間にとっても同じだ。

「コウノトリ育む田んぼ」に認定された田んぼは346・7ha(2019年)。すでに100羽を超えるコウノトリが野生復帰を果たしたという。

絶滅から復帰が実現した米物語は海外でも共感され、米の輸出も好調という。そのため国際認証のグローバルGAPを取得する農家も増えた。地域一丸となって取り組む「コウノトリ育むお米」は酒米品種も栽培され、県内の酒蔵数社が酒を醸している。

伝統産業が連携

日本酒の8割を占めるのが水。その水質が発酵に多大な影響を与えるため、蔵元は水源の維持に神経を使う。源流の環境を守る活動に励む蔵も多い。

山からつながるのは酒造道具も同様。日本の林業は、安い外材が輸入されてから売り上げが激減。山の維持ができず、各地で放置林が問題になった。最先端の素材が次々に開発されても、酒造りの道具は杉が重用される。麹室の壁、麹を育む箱もすべて杉だ。ある製材加工場で、蒸し米に麹菌を繁殖させる木の箱「麹蓋(こうじぶた)」の製作現場を見たことがある。麹は高温多湿な部屋で二昼夜かけて作業される。その工程に耐えるため、天然杉の柾目(まさめ)を使う。しかも機械製材ではなく、手斧で薄く均一にカットする必要がある。そうしなければ麹の箱として成り立たないと聞き驚いた。林業のさまざまな技術が、酒の道具ひとつに集約されているのを知った。

また、酒器のバリエーションがこれほど多い国はない。有田焼、唐津焼、備前焼、信楽焼に漆器、錫器(すずき)、木器まで、素材と形がそれは豊かにそろう。そして酒といえば欠かせないのが肴。各地に珍味や発酵食品の酒肴がある。上質な米の酒があれば地域の伝統産業と連携していく。

今夜、どの酒を選ぶのか、誰に1票投じるか、選挙と同じ意味を持つ。1杯の米の酒を選ぶことで、農業、林業、漁業、窯業を支え、活性化させる。

「1日1合の純米酒」が、地域を醸す。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 黄金色に輝く酒米「美山錦」

    黄金色に輝く酒米「美山錦」秋田県横手市・浅舞酒造 撮影/森谷康市

  • もろみを袋につめて、丁寧に酒を搾る

    もろみを袋につめて、丁寧に酒を搾る

  • 麹をつくる杉の麹蓋

    麹をつくる杉の麹蓋

  • さまざまな土と釉薬で焼かれた酒器

    さまざまな土と釉薬で焼かれた酒器

  • 白磁の徳利と美濃焼のお猪口

    白磁の徳利と美濃焼のお猪口

  • 納豆と麹と切り昆布を合わせた珍味「塩納豆」

  • 福井県の珍味「小鯛の笹漬け」

    福井県の珍味「小鯛の笹漬け」。ことのほか酒に合う

  • 青大豆で作る長野の郷土料理「ひたし豆」

    青大豆で作る長野の郷土料理「ひたし豆」

団地再生まちづくり4
進むサステナブルな団地・まちづくり
編著
団地再生支援協会
NPO団地再生研究会
合人社計画研究所
定価1,900円(税別)/水曜社

団地再生まちづくり5
日本のサステナブル社会のカギは「団地再生」にある
編著
団地再生支援協会
合人社計画研究所
定価2,500円(税別)/水曜社

(無断転載禁ず)

地域再生を考える

Wendy 定期発送

110万部発行 マンション生活情報フリーペーパー

Wendyは分譲マンションを対象としたフリーペーパー(無料紙)です。
定期発送をお申込みいただくと、1年間、ご自宅のポストに毎月無料でお届けします。

定期発送のお申込み

マンション管理セミナー情報

お問い合わせ

月刊ウェンディに関すること、マンション管理に関するお問い合わせはこちらから

お問い合わせ

関連リンク

TOP