若い医者には旅をさせよ
地域再生の肝は人材育成。2箇所勤務の勧め
- 医療ガバナンス研究所 理事長
上 昌広さん - 1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。内科医・医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床・研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所にて研究室を主宰し医療ガバナンスを研究。2016年4月より現職。
私は内科医だ。NPO法人医療ガバナンス研究所を主宰している。東日本大震災以降、ご縁があり、被災地の医療支援を続けている。被災地の医療を守りながら、若手医師の育成に取り組んでいる。
「南相馬と広島・上海で働かないか」
最近、坪倉正治医師が嶋田裕記医師に提案した(写真①)。坪倉医師は私の教え子だ。福島で診療する傍ら、福島県立医科大学の特任教授として、大学院生を指導している。嶋田医師はその1人だ。
嶋田医師は2012年に東京大学を卒業後、千葉県の名戸ヶ谷病院で初期研修を終え、福島県の南相馬市立総合病院の脳外科に就職した。診療の傍ら、大学院生として臨床研究を行う。
彼がテーマに選んだのは遠隔画像診断だ。脳卒中の診断・治療は急速に進歩したが、東北地方では成果が患者に還元されていない。わが国の医師が西高東低の形で偏在しており(図①)、東北地方は深刻な医師不足だからだ。遠隔画像診断は、この状況を変える可能性がある。
この問題に取り組むのが、広島市内で霞クリニックおよび株式会社エムネスを経営する北村直幸医師(写真②)だ。CTやMR画像の遠隔診断システムを開発している。
特徴は画像データをクラウドに集約すること。グーグルクラウドプラットフォームを利用し、グーグルはエムネスを「テクノロジーパートナー」に認定している。
エムネスのシステムを導入した医療機関では、撮影されたCTなどの画像はクラウドにアップされ、エムネスと契約する放射線診断専門医が読影する。結果は、読影レポートをつけて、クラウドを介して、医療機関に戻される。
エムネスの売りは料金が安いことだ。それは画像の保管にはグーグルクラウド、やりとりにはインターネット回線を使うからだ。医療機関は専用回線や専用サーバーなどの初期費用を負担する必要がない。
エムネスは急速に顧客を増やしている。モンゴルなど海外からの画像も受けつけている。こうなると大量の画像データが蓄積する。人工知能の研究者にとって宝の山だ。エムネスは、東京大学発のベンチャーであるエルピクセル社と共同で、人工知能診断を臨床現場に導入している。
嶋田医師は大学院のテーマとしてエムネスとの共同研究を希望した。現在、嶋田医師は岐路に立たされている。彼は地方公務員だからだ。エムネスで診断業務に携わると兼業規制に抵触する。やりたければ、病院を辞めるしかない。
医師の2箇所勤務
私たちのチームでは複数箇所で働く若手医師が多い。坪倉医師がそうだ。相馬市の相馬中央病院特任副院長を「本職」に、福島県立医大の特任教授および南相馬市立総合病院・ひらた中央病院(福島県平田村)・ときわ会常磐病院(福島県いわき市)、ナビタスクリニック立川(東京都立川市)で診療している。
海外と兼業する医師もいる。森田知宏医師だ。2012年に東大を卒業した嶋田医師の同期だ。亀田総合病院(千葉県鴨川市)での初期研修を終え、相馬中央病院に内科医として就職した。現在は日曜の当直から水曜までを相馬中央病院で勤務し、木曜と金曜は東京のベンチャー企業miupに取締役として勤務する。miupの業務はバングラデシュでの臨床検査ビジネスの立ち上げだ。森田医師は、毎月1週間程度、バングラデシュで働く(写真③)。
このような働き方は、私がグランドデザインを描き、強制したわけではない。試行錯誤を繰り返し確立したものだ。
福島での診療はやりがいがあるが、症例数が少なく、十分な経験を積めない。幸い相馬と東京は近い。移動に要するのは4時間だ。彼らは「東京から相馬に行くのも、上海に行くのも変わらない」と言い出した。
アジアとの協業
私たちは上海の復旦大学と共同研究を続けてきた。上海はダイナミックだ。意志決定は速く、規模は大きい。現在、ノウハウを有する人材を求めている。
最近、我々は復旦大学を訪問した。そこで坪倉医師が先方に提案したのが冒頭の嶋田医師の働き方だ。
上海と東京の所要時間は約3時間。費用は格安航空券を使えば往復で3万円。相馬と東京を往復するのと大差ない。
超高齢化が進むわが国で、脳外科のような高度医療のニーズは減少する(図②)。人口減少が進む南相馬ではなおさらだ。南相馬で働きながら、経験を積むのはどうすればいいか。私はアジアと連携することだと考えている。
地域の医師不足を解決するため、若手医師を地域に強制派遣する議論が盛り上がっているが、私はこのようなやり方がうまくいったのを見たことがない。
嶋田医師の理想は、週の前半を南相馬で、後半を広島と上海で働くことだ。「非常勤になってもいいから行きたい」と、病院長に正式に希望を伝えた。
地域再生の肝は人材育成だ。どうすれば有望な若手が地域に留まるか。既成概念にとらわれず、試行錯誤を繰り返すしかない。
「地域再生を考える」編集委員会
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