地域再生を考える

2019年4月掲載

「地域再生」を慨嘆する
目標達成を科学的に考える

関西大学 社会学部・ソシオネットワーク戦略研究機構 教授 小川 一仁さん

関西大学 社会学部・ソシオネットワーク戦略研究機構 教授
小川 一仁さん
京都大学経済学部卒。京都大学博士(経済学)。広島市立大学国際学部講師などを経て現職。共著に『実験ミクロ経済学』『実験マクロ経済学』(東洋経済新報社)、共訳書にギンタス『ゲーム理論による社会科学の統合』(NTT出版)、スティグリッツ『オークションの人間行動学』(日経BP社)など。
地域再生の現状

地域再生は重いテーマであり、取り組むに値する課題であるとともに、非常に成果が上がりにくい(見えにくい?)課題である。

地域の疲弊は一見すれば明らかである。研究上の業務でY県を訪問する機会が多い。県庁所在地のY市に滞在することも何度かあった。しかし、県庁所在地であっても中心市街地の空洞化が進み、街には活気がなく、歩行者があまり見られない。このような状況は一部の都市圏を除いて、どこにでも見られる景色であろう。

当然、政府や地方自治体は対策に乗り出す。思えば昭和の終わりから平成の最初に「ふるさと創生1億円事業」があった。当時の首相だった竹下登は「1億円の使い方でその地域の知恵や力が分かる」と豪語したが、これは地域再生の先駆的事業だったといえるだろう。

平成も終わりに近づいた今、地域再生は結果的に次の時代にまで持ち越される課題となってしまった。最前線である地方自治体はB級グルメの考案、ゆるキャラ、商店街でのイベント実施、I・Uターン促進政策、地元の魅力再発見プロジェクトなど、多種多様なアプローチで地域再生を目指している。

地域再生の意義

地域再生は大義名分としては誰も否定できない。しかし、抱えている課題は地域ごとに異なる。そして、多くの事業が失敗している。少なくとも成功はしていない。成功していたら地域再生という言葉自体が過去のものになっている。平成の間を費やして、多くの人的資源や資金を費やしてこのような惨惨たる状況になっているのはなぜだろうか。

1つには、地域を昔のように戻すことがそもそも無謀な事業である可能性だ。少子高齢社会において消えていく地域があっても、それはやむを得ないのかもしれない。もちろん、消えていく地域に愛着を持つ人々には十分な対応が必要である。しかし、このように考えると、地域再生の1つの形として街や村、集落をコンパクトにする、という発想が生まれてしかるべきである(し、実際にコンパクトタウンなどの概念として存在する)。

もう1つは、地域再生の目標がよく分からない場合である。その地域の域内GDPを成長させることなのか、居住人口を増やすことなのか、観光客を増やすことなのか、地域に住む人々の健康を向上させることなのか、地域再生に関する取り組みの目標が明示的ではない場合が多いように思う。

例えば、商店街でイベントをすれば、そのイベントに釣られてその商店街を訪問する人は増えるだろう。しかし、その効果は多くの場合一過的である。そのような一過的な集客増にかかるコストと訪問客が増えることの利益を考えているのだろうか。商店街の再生を目指すならば、その商店街の通行者数が増加し、その状態を維持していることが達成の条件として必要だろう。

地域再生の担い手作り

このようなコストを考える際に、重要なのがボランティア(学生や地域の人々が多いだろう)の存在である。ボランティアはコストには参入されない。無料の人的資源が投入されている間は地域においてさまざまな取り組みが続けられる。しかし、ボランティアがいなくなった途端、その地域の人々が何もできなくなる、ということは大いにあり得る。

ボランティアを継続的に供給できる仕組みを作ることや、地域再生を事業化することが必要だろう。

地域再生を科学的に考える

地域再生に当たって目標が明示化されれば、その達成のためにどのような取り組みが必要か、方策がより明確になるだろう。また、取り組みが成功したかどうかの判定もある程度客観的に可能となる。

厳密には実験計画と統計分析に基づく因果関係の評価が必要である。新薬開発時や企業のマーケティング、アメリカ大統領選挙のプロモーションにも用いられる、ランダム化比較試験(ABテスト)や「差の差」分析などがある。

詳細は割愛するが、地域再生に援用できれば、地域の状況が改善したかどうかはより明確になるだろう。

地域再生の科学的検討例?

例として、私を含む関西大学の研究チームが取り組んだ地域の問題を簡単に紹介する。

われわれはN県I市の健康問題に取り組んだ経験を持つ。課題となった健康問題はメタボリック症候群である。I市では毎年、およそ600人が同症候群に該当する(複数年にわたって該当する者も含めて)。彼らには特定保健指導が推奨されるが、ほとんどがそれに参加しない。この問題を放置しておくと、1人1人の健康を損なうだけでなく、長期的には医療費の支出増を招くことになる。地域住民が抱える問題として、状況を改善ないし解決すべきであろう。

われわれのチームは特定保健指導に参加してもらうためにランダム化比較試験を行い、リーフレットを送付することの効果を検討した。ランダムに200人ずつに3つのグループに分け、1つのグループには何も送付せず、もう1つにはリーフレットA(記載内容はメタボリック症候群がもたらす悪影響とその改善法について)、もう1つにはリーフレットB(内容はリーフレットAと同じ、同症候群の腹部MRI画像添付)を送付した。その結果、リーフレットBを受け取った人の特定保健指導参加割合が最も高く、特に65歳以上の女性に効果があった。

リーフレットの印刷費や送付費は多く見積もっても10万円ほどである。これだけの費用で住民の健康が改善されるきっかけを作り、その一部は実際に改善されることになる。その効果は大きいだろう。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 地方の中心駅前風景

  • 観光地すぐそばにある商店街

  • 中山間地域の風景

  • 人の流れはあるがアップデートの止まった商店街

  • センスのよい駅名表示。地域再生につながってほしいところ

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