地域再生を考える

2025年7月掲載

体験プログラムで地域をリ・デザイン
宮城県栗原市で日常を価値に変える観光

一般社団法人くりはらツーリズムネットワーク 代表理事 大場 寿樹さん

一般社団法人くりはらツーリズムネットワーク 代表理事
大場 寿樹さん
宮城県栗原市出身・在住。1994年築館町役場(現・栗原市役所)に入庁、地域資源の調査や観光まちづくりを担当。2013年3月市役所を退職、同年4月から現在の団体に従事。年間100回以上の体験プログラム、PR・デザイン、プロデュースを担当。
合併から生まれた観光戦略

私が暮らす宮城県栗原市は、県北西部、岩手県との県境に位置する農村地域である。国定公園の栗駒山、ラムサール条約登録湿地の伊豆沼・内沼という豊かな自然に囲まれ、農業を基幹産業としてきた。

栗原市は旧栗原郡10町村が2005年の平成の大合併により誕生した。合併後、地域の文化や産業など、暮らしの中にある資源を徹底的に掘り起こし、新たな観光のかたちを創出する目的で、「くりはら田園観光都市創造事業」が2007年に始動した。目指したのは、地域資源を活用した体験型のニューツーリズムの推進である。

そのプロジェクトを実践するために立ち上げられたのが、一般社団法人くりはらツーリズムネットワーク(通称:くりツー)である。行政発の構想から生まれたものの、民間主導による運営とし、2010年3月に設立した。現在は栗原市民約100人が会員となり、年間100回以上の体験プログラムを実施している。

遺された「観る」チカラ

私たちの活動が始まったきっかけを掘り下げてみたい。

2007年から2008年、私は市の観光担当として、栗原市の観光アドバイザーを務めていた観光・交流プランナーの故・麦屋弥生さんの指導を受けながら、同僚たちと一緒に広い栗原市の地域資源を探したり、市民を訪ねて話を聴いたりしていた。

地域の資源とは何かを考え続け、それは、農村地域に脈々と伝わる知恵や工夫といったワザであり、食文化や方言、自然と共生した土地利用などであると気がついた。

2008年3月に一定の調査を終え、次の展開を考えていた同年6月14日、平成20年岩手・宮城内陸地震が発生し、栗原市は震度6強を記録し栗駒山では大きな土砂災害が起きた。麦屋さんは滞在していた温泉宿で土石流に巻き込まれ帰らぬ人となった。

麦屋さんの死後、行政の観光施策は方向転換し、マスツーリズムの推進に舵を切ったが、麦屋さんと一緒に目指したツーリズムを実現するため、調査で出会ったグリーン・ツーリズムや野外教育、林間学校、教育旅行などを実践していた市民と一緒に「くりはらツーリズムネットワーク」を立ち上げた。

観光行政から異動した後も、市役所の仕事の傍ら団体の活動にかかわってきたが、地震災害で人生観が変化し、数年の退職活動の末、市役所を辞めて現在に至る。

麦屋さんから教わったことは数多くあるが、なかでも強く心に残っているのは、「モノをよく観ること」の大切さである。

ただ眺めるのではなく、じっくり観察し、相手の声に耳を傾け、言葉の奥にある思いや背景にまで意識を向ける。

そうした丁寧なまなざしこそが、モノゴトの本質的な価値を見いだす力になるのだと教わった。

災害が無かったらどうなっていたか…。災害の経験で、より観る力を信じる気持ちが強くなったのかもしれない。

体験の素材は暮らしそのもの

私たちの体験プログラムは、会員それぞれの職業や特技、趣味を生かした内容で構成しており、地元食や農業、モノづくり、アウトドアなど多岐にわたる。100種類を超えるプログラムを年間100回以上実施し、年間の参加者は平均で約2000人にのぼる。

会員には、農家、飲食店、宿泊業、陶芸家、畳屋、大工、公務員など、さまざまな職業の人々がいる。多様なプログラムは、こうした人々の経験と技があってこそ実現できている。

たとえば「がんづき」という郷土料理を作る体験がある。昔から農作業の合間に食べられてきた蒸し菓子で、家族のために作られてきた、日常の料理だ。

こうした日常の営みには、暮らしや文化が自然とにじんでいる。それを体験として分かち合うことで、参加者にとっては発見となり、地域にとっては誇りや継承のきっかけとなる。

私たちの体験プログラムは、実践者自身の暮らしの中から生まれた「伝えたいこと」を丁寧にすくい上げたものである。地域の人々の生き方そのものが、体験プログラムの素材なのだ。

日常を観光するまなざし

私たちが目指す観光とは、経済の合理性やテクノロジーの進化を否定するものではない。それらと共に、地域の暮らしの中にある営みの価値を、観方を変えて見いだしていく試みである。

地域に根ざした感覚や手ざわりを丁寧に観つけ、それを体験として分かち合うこと。そこにも観光の可能性は、静かに息づいている。

体験を通して「観る力」が育まれ、土地のリズムを感じながら生きる人が少しずつ増えていくこと。それが、私たちの願いである。

日常を観光するという営みの積み重ねが、やがて観光の枠を超えて、地域そのものを静かにリ・デザインしていく力になる。私はそう信じている。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 伊豆沼レンコンの収穫体験。胴長靴を履き、泥んこになりながら収穫

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  • 杵と臼で餅つき体験。昔は年間70日も餅を食べる風習があった

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  • 伊豆沼に飛来する渡り鳥のマガンのねぐら入り。落ち籾がエサとなる。農業が続く結果の光景

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