街を紡ぎなおす
保育園を起点に商店街をリデザイン
- 株式会社そらのまち 代表取締役
古川 理沙さん - 1977年生まれ。ひより保育園、そらのまちほいくえん、レストラン併設型物産館日当山無垢食堂等を運営。流通のあり方、消費者や生産者の食に対する意識をアップデートすることで、環境負荷の低減と食の豊かさ向上を同時に実現させたい。
2018年、商店街の中に開園した総菜店併設型の保育園「そらのまちほいくえん」は、その前年、鹿児島県霧島市の緑豊かな郊外に開園した姉妹保育園の「ひより保育園」とは真逆の環境。生後3カ月から小学校入学前までの園児約60人が通うが、園庭も、保護者のための駐車場もない。
商店街に保育園? 街が活気を取り戻す
全国の地方都市の例に漏れず、駅前や郊外の大型店舗に客足を取られ空きテナントが目立ち始めていた鹿児島市の繁華街「天文館」。通勤時間には、数年前までは見かけなかった、小さな子どもの手を引く若い世代の姿が見られるようになった。そらのまちほいくえんに通う親子たちである。毎日、子育て世代が通りを徒歩で2往復。商店街にとって小さくない変化だ。この場所に保育園があり続ける限り、この世代が継続的にこの街に関わり続ける。
事実、開園から約2年で、通りに10カ所程あった空きテナントがほぼ埋まり、通りには人気(ひとけ)が戻った。また、質の高い子育て環境があることが、安心して妊娠、そして社会復帰できる社会づくりにもつながっている。
持たないからこそ広がるつながり
園庭を持たない同園だが、外遊びの選択肢には事欠かない。芝生の敷かれた広い公園、大型遊具のある公園、水遊びのできる公園、海に面したイルカのいる水路、神社、路面電車の通る大通り、そしてアーケードがあり車が通行しない商店街そのもの等、その日の目的に合わせてさまざまな場所が彼らの“園庭”となる。街全体が園児たちにとってのフィールドであり、彼らはその日の天候や、クラスメイトの顔ぶれ、自身の興味関心や自らが立てた計画などに基づいて、今日の“遊び場”を保育者を含めた園児同士の話し合いで決める。
一般的な園庭と違い、そこには常に街の人の存在があり、日々の活動を通して計画力や社会性、対話力などの非認知能力が育まれると同時に、「この街で育った」という、地域への愛着も生まれる。
園児たちが街を歩くと、通りの店舗から大人たちがわざわざ顔を出し挨拶を交わす。「◯◯ちゃん、髪切ったの?かわいいね」「今日は△△君はお休み?」街の大人たちが園児たちの、園児たちが街の大人たちの顔と名前を知っている。少し前の時代に、日本のどの地域にもあった人と人とのつながりが街に戻りつつある。
給食の食材や、園の活動に必要なものは極力地元で購入する。魚屋が魚を、肉屋が肉を、米屋が米を納品にくるたびに園児たちとの間に会話が生まれる。園が適正価格で継続的な取引をすることは事業者にとってもメリットが多く、保育園と取引があるということ自体が店への信頼度を高めることにもつながる。
また、園児たち自身が街へ買い物に行くこともある。野菜のことは八百屋が、ダシのことは乾物屋が教えてくれる。事業者と園児との関係性が深まると、自然とその親もその店で買い物をするようになる。さらに、園児の保護者たちも「街で働く人たち」であり、園が起点となり事業者同士の顔の見える横のつながりが自然発生的に広がり、店舗同士の関係性にも良い変化をもたらしている。
間(あわい)としての総菜店
保育園と街とをつなぐ大きな役割を果たしているのが、園に併設された「そらのまち総菜店」の存在だ。園に子どもを預ける保護者や園で働く職員だけでなく、街に暮らす人や働く人がここで同じ釜の飯を食う。園の給食と同じく、地元で採れた旬の食材を使い、店内で丁寧に手作りされた弁当や総菜は、働く人々の暮らしを支え、心の中に少しのゆとりと、近隣の人との会話のきっかけをもたらす。時には園の給食の人気メニューがショーケースに並ぶこともあり、親や街の人と園児たちとの間で「あれ、おいしいよね」と会話が弾む。年末には店先で餅をつき、七草や鏡開き、バレンタインなど折に触れて振る舞いが行われ、そこで生まれるコミュニケーションや炊き出しのノウハウは、そのまま災害時の備えとなる。
多様性こそが豊かさのカギ
子どもはその街の希望そのものだが、現代の幼児教育、学校教育では子どもと街との間に一定の隔たりがある場合が多い。しかし、子どももれっきとした社会の構成員であり、コミュニティの中で本来果たすべき役割がある。同時に、幼少期にさまざまな種類の働く大人の姿に触れることは子どもの職業選択の幅を広げ、社会に対してのアンテナを高めることにもつながる。同質なもの同士の集まりと比べると、一見面倒に思えることも少なくないが、その異質な物同士の関わりを丁寧に紡ぐこと自体が質の高い学びであり、関わる人々それぞれにとっての豊かさそのものであると私たちは考えている。
「地域再生を考える」編集委員会
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