地域再生を考える

2019年10月掲載

文化的景観が地域を元気にする
沖縄・北大東島の産業遺構を活かしたしまづくり

 中部大学 工学部 都市建設工学科 教授 服部 敦さん

中部大学 工学部 都市建設工学科 教授
服部 敦さん
1967年愛知県生まれ。国土交通省、内閣官房を経て、現職。工学博士。専門は都市デザイン。全国各地で地域づくりの計画立案・プロジェクト企画・運営に従事。2009年より北大東村政策参与として、北大東島のしまづくりに参画。
鉱山で栄えた沖縄の離島

北大東島は、那覇から約360キロメートルの海上にうかぶ沖縄県最東端の島である。永らく無人島であったが、20世紀に入って開拓が始まり、戦前はリン鉱山で栄えた。リン鉱山は1950年に閉山となり、島の産業は、サトウキビの糖業へと転換した。リン鉱山のあった島の北西部、字港の地区では、かつての活気をなくしていく中、リン鉱山の施設の多くが遺構となって独特の景観が作られた。字港の地区は漁業の拠点でもある。豊富な漁場に面しながら、周囲を険峻な岩礁で囲まれているため、漁船の出入りにはクレーンを用いるほかなかったので、小型船舶しか使えず、漁業は零細なままであった。漁船が自力で出入りできる漁港の整備が望まれていたが、自然条件の厳しさから、島を大きく内側に掘り込む工事が必要となるため、多大な費用がかかり、なかなか実現しなかった。21世紀に入ったころ、念願の漁港整備が確実視されるようになり、漁港開港後の水産業・観光業の本格化に備えようとする機運が高まった。

北大東島との出合い

私が北大東島に出合ったのは、ちょうど、こんな時であった。島への思いが片時も頭を離れない村長の熱意に共感し、請われるままに、島の計画づくりを手伝うようになったのが2009年である。

島を訪れて、最初に強く惹かれたのは、港近くにそびえる巨大な石造りの廃墟、そして、驚くほど利用されていない水産資源だった。この2つは必ず、しまづくりの大きな資源になると確信した。

”ひょうたんからコマ“の遺構復元

村長から最初に頼まれたのは、将来の観光の資源として、島の景観づくりの計画をつくることだった。2カ年の調査の中で、最初に感動した石造りの廃墟の他にも、島の自然資源であるドロマイトの石材で造られた遺構が点在して独特の景観を作っていること、それらが戦前に栄えたリン鉱山のさまざまな施設の跡であることが分かった。

次に、依頼されたのは、漁港開港に向けて、沖縄本島への販売に耐えられるように、水産物の品質向上を図るための計画づくりであった。水産庁の6次産業化の新たな支援制度に応募して、全国的にも高い競争率の中、沖縄県内唯一の採択を勝ち取った。スラリー製氷設備をはじめ、県内最高水準の衛生・鮮度保持の機能を持つ水産加工施設を整備することが可能となった。この時、思わぬ副産物があった。補助メニューの中に「文化的景観施設」とあるのを見つけ、建設予定地の隣にあるリン鉱山時代の遺構を復元して、海洋観光の拠点にしたらどうかというアイデアが浮かび、申請書の中に追加した。これが採択を受け、永らく手をつけられなかった産業遺構の保全・活用の道が開けたのである。

国内唯一のリン鉱山の遺跡

水産加工施設の稼働により、北大東産の水産物は品質・鮮度が高いと評価を受けるようになり、漁港開港に向けて、販路を拡大することができた。一方で、産業遺構を復元した施設は、リン鉱山の歴史を伝える展示と島の特産品を扱う飲食の機能を持つ「りんこう交流館」として2015年に開館し、地区のにぎわいを取り戻す役割を果たしている。長い間、廃墟として放置されていた遺構の復元・活用の効果は大きく、その他の多くの産業遺構の価値を改めて見直して、積極的に活用しようとする機運が高まった。

そこで、今度は、村教育委員会の依頼を受けて、産業遺構群の文化財としての価値を明らかにする調査を引き受けることになった。この調査の中で、北大東島のようなリン鉱山の遺構は国内では他に例がなく、八丈島と沖縄の移民が作った和琉混合文化の影響を受け、ドロマイトを利用した建築や空間は島独自のものであり、文化財として高い価値があることが分かった。この成果を受けて、2015年に景観計画・景観条例を施行するとともに、2016年にはリン鉱山の遺跡が国の史跡に指定され、2018年には字港の集落景観が国の重要文化的景観に選定されるという成果を短期間のうちに得ることができた。

ようこそ、産業遺構ツアーへ

こうして、島の景観づくりの環境は整ってきた。ドロマイトの石材を用いた観光サインの整備をはじめ、沖縄角力(すもう)と江戸相撲を奉納する祭り広場の修景では和風の土俵櫓とドロマイトの倉庫・トイレを一体で整備したり、水産業への新規就業者のための住宅ではリン鉱山時代の社宅の意匠を採用したり、と先導的な取り組みも進んでいる。

今後は、国の支援を得て、リン鉱山の遺跡の保全・復元、さまざまな遺構の観光・水産業への活用を進めていくことになる。村では、2018年度の漁港開港を契機に、海洋レジャーと産業遺構ツアーをセットにした観光の振興に本格的に着手し、宿泊施設の増設、航空機の増便へとつなげようとしている。

多くの方に、北大東島の青く深い海と迫力満点の産業遺構の景観をぜひ見ていただきたい。

  • 字港を含む北大東島の全景

  • 空飛ぶ漁船。漁船の出入りにはクレーンを用いる

  • 巨大な石造りの廃墟

  • 水産加工施設には、スラリー製氷設備を整備

  • りんこう交流館

  • 出張所復元工事

  • リン鉱山時代の社宅の意匠を採用した、ウミンチュ住宅

  • 祭り広場

  • 完成した漁港

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