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2026年2月掲載

形のない消えていく記憶 ― 氷そのものに写真を印刷する、新しい表現 ―

上木 大汽 さん/写真家・現代アート作家

上木 大汽 さん/写真家・現代アート作家
札幌市出身。日本現代写真家協会(JMPA)所属。氷の表面に直接写真を印刷する独自技術を開発し、2025年に特許を取得(「氷状対象物への印刷方法」)。氷は必ず溶け、形を失う存在。その宿命を人間の記憶と重ね合わせ、「消えるからこそ美しい」という感覚を氷写真として突きつける。氷というはかない物質を武器に新しい表現領域を切り開いている。
https://ueki-taiki.com
氷と記憶

氷に刻む「記憶」。その発想は突然どこかから降ってきたわけじゃない。ずっと前から自分の中にあった線が、ひとつの点に結びついただけだ。

中学3年の冬。けがで野球をやめた年に父が買ってくれた小さなデジカメ。何を撮ればよいかも分からず、ただ雪の街をさまよいながらシャッターを切った。あの白い息の中にあった孤独とか、夢への諦めとか、何かが崩れ落ちた音。写真に写らないはずのものがなぜか自分の中で確かに残っていった。

気づけばそれが今の表現の原点になっている。幼い頃、つららを拾っては太陽の光に透かして「これはどれくらいで消えるのだろう」とぼんやり眺めていた癖も、今につながっている気がする。「記憶を氷に閉じ込める」という行為は、自分にとってむしろ自然すぎる表現だった。

技術開発までの苦悩

その後、会社員として働きながら、氷に写真を印刷する方法を1人で研究し始めた。

氷は正直、理不尽だ。脆い、溶ける、滑る、思い通りになんかならない。普通のインクではにじむし、印刷できても一瞬で崩れる。

うまくいかなかった日の方が圧倒的に多かった。深夜に冷凍庫の前で「なんでこんな素材を選んだのだろう」と何度も思った。でも、やめようとは一度も思わなかった。

失敗作だらけの冷凍庫の奥で、ある日ふっと像が定着した。その瞬間、全部の苦労が報われたわけじゃないけれど、「この表現しかない」という確信だけは、はっきり生まれた。昨年、特許(7759681号)を取得したときも、誇らしさより「ようやく入り口に立てた」という感覚の方が強かった。

私の作品では氷と砂を組み合わせている。透明な氷は“形のない記憶”。落ち続ける砂は“戻らない時間”。

氷が溶け、砂を運び、時間が像を少しずつ削っていく。消えていくものを引き止めるのではなく、ただ見届ける。その行為こそ、人が記憶と向き合う姿だと思っている。

生きた氷写真の展示

今年1月25日から3月25日まで、札幌大通地下ギャラリー 500m美術館で展示をしている。

会場には改造した専用の冷凍設備を持ち込み、氷写真そのものを“生きた状態”で展示する。展示の前を歩くだけで変化を感じられるような表現を取り入れている。そのわずかな呼吸のような変化を、観客にも感じてほしい。作品を見るというより、作品と同じ空気の中に立つことで初めて伝わるものがあると思っている。札幌の冷たさほど、この表現にしっくりくるものはない。

もちろん簡単な展示ではない。輸送、温度管理、設備、全部がリスクと隣り合わせで、さらには初挑戦だ。それでも協力してくれる人が現れて、少しずつ現実になった。氷という素材に挑む以上、失敗の可能性は常に抱えたままだけれど、それでも成功させたいと思っている。

氷写真の未来

これからはさっぽろ雪まつりなどの冬季イベントや国内外の展示にも活動を広げていきたい。氷という一瞬で形を失う素材だからこそ宿る時間の気配をもっと届けたい。

「記憶とは何か」「失われていくことは悲しいのか」。作品が問いをそっと差し出し、誰かの中の何かを解かすことができればそれだけで十分だ。

氷は必ず溶けて消える。でも、その消えていく過程はどんな写真よりも真実だ。静止画なのに動き続ける氷写真は、写真の枠の外側にある。その不確かさも、脆さも、全部抱えたまま僕らしく進んでいきたい。

  • 作品の脆さを演出として使う

    作品の脆さを演出として使う

  • 作品についた霜を取る

    作品についた霜を取る

  • 溶けて水と砂になる写真

    溶けて水と砂になる写真

  • 特殊なライトアップで氷の結晶構造ごと作品にする

    特殊なライトアップで氷の結晶構造ごと作品にする

(無断転載禁ず)

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