「ヤルナ」と言えばヤル!?
- 日比野 治雄さん/デザイン心理学者
- (株)BBStoneデザイン心理学研究所技術顧問。心理学の視点から科学的根拠に基づいたデザインを目指す“デザイン心理学”の領域を開拓したパイオニア。Red Dot Award(世界3大デザイン賞の一つ)等受賞多数。著書『よくわかるデザイン心理学』(日刊工業新聞社)他多数。
長年、私は大学で研究者としての生活を送ってきた。専門は“デザイン心理学”である。この“デザイン心理学”というのは、端的に言うと、人間の行動を科学的に探求することによって優れたデザインを実現することを目指す学問領域(私自身が開拓した領域)である。ほとんどの場合、そのようなデザインの対象となるのは“人間”であるので、これまでに私が人間の心理的な側面について考察した経験は数え切れないほどである。
しかし、この人間の心理は扱えば扱うほど、それを科学的に捉えることの難しさを痛感するようになった。それは、人間の心理には、ある面でとても非合理的な側面が存在するからである。私はデザインを学ぶ学生には「人間は非合理的な側面があり、それが本性であるということを忘れてはいけない」ということを必ず伝えるようにしている。
抽象的な話でわかりにくいかもしれないので、簡単な実例を挙げよう。何かどうしてもしなければならないことがあったとしよう。自分自身でもそれをしなければならないことはよく理解している。しかし、そのような時に、他の人から「それをしなさい」などと言われると、過度な反発心が生じて「意地でもやらないぞ!」という気持ちになったことはないだろうか?子ども時代に勉強をしようと思っていた矢先に、親から「勉強をしなさい」と言われたために反発心が起き、「うるさいなぁ!後でするよ!」などと言って、逆に勉強をする気が全くなくなってしまったような経験は誰にでもあるに違いない。実は、これは人間の心理に潜む“心理的リアクタンス”の成せる業である。心理的リアクタンスというのは、他者から自分自身の選択可能性を制限されたり、何かを強制されたりすると心理的な反発や抵抗が生じるという現象である。
上記の例で言えば、この心理的リアクタンスによって、勉強は後回しとなり、親との関係も悪化することになるので、良いことは何もない。むしろ、親の忠告に素直に従っていれば、自分の勉強も進むし、親の心証も良くなるので、合理的な観点からすれば、この心理的リアクタンスの働きは「百害あって一利無し」である。ところが、人間はそのような状況になると、どうしても(“本能的に”とも言える)反発してしまう。誰しもこれまでの経験を振り返れば、似たようなことは多々あるだろう(もちろん私自身も数え切れないほどある)。
そこで、この“心理的リアクタンス”を利用した、人に何かをさせようとする場合に便利な(?)テクニックをお教えしよう。たとえば、子どもに勉強させたい時には、「勉強しないで、もっと遊びなさい!」と言うのである。すると、その子はすっかり遊ぶ気がなくなり、勉強に勤しむことになる!(ということになれば良いのだが、全く保証の限りではない…)。
かほど人間の心理は難しい…!?
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