江戸前ずしは、にごり酢で

- 車 浮代さん/時代小説家・江戸料理文化研究所 代表
- ベストセラー小説『蔦重の教え』を始め、『天涯の海酢屋三代の物語』など、江戸料理や浮世絵に関する著書は30冊近く。近著は『浮世絵に見る江戸の食文化』。各種メディアの出演や、国内外での講演、江戸風キッチンスタジオ「うきよの台所」を運営。http://kurumaukiyo.com
近年、酢酸菌が入っていることによって、やや濁って見える『にごり酢』が、人気商品となっている。酢酸菌が持つ免疫力を高める効果が、風邪、疲労、倦怠感をケアし、花粉症やアトピーなどのアレルギー症状を和らげるだろうことが、研究によってわかってきたからだ。
実は江戸時代までの酢は、濁っていることが通常の状態だった。酢の発酵は酢酸菌によるものだが、火止めして濾過(ろか)する際、当時は目の粗い麻布で漉(こ)していたため、熱によって死滅した酢酸菌の一部が濾(こ)しきれず、酢に混じって沈殿してしまっていたというわけだ。
後年、濾過技術が進化して、澱(おり)を完全に排除し、酢を透明化することに成功したため、一般に販売されている商品に酢酸菌は入っていない。日本酒と同じく、かつては透明であることこそ高級品とみなされ、沈殿物はゴミのように思われていたからだ。
酢酸菌パワーが解明されて以降は、10社以上の蔵元が、積極的に江戸由来の『酢酸菌入りにごり酢』の製造を手がけており、売れ行きも好調だと聞いている。特に昨年の花粉症の季節には、商品によっては数カ月に及ぶ品切れ状態が続いたそうだ。
しかもこの『にごり酢』、普通の酢よりまろやかで旨味があるため、酢飯にしても塩を溶かすだけでよく、砂糖をかなり減らすことができる(私は全く入れないが)。まさしく江戸前の、高級ずしの味になるのだ。
さらに着目すべき点がある。酢酸菌は、乳酸菌や納豆菌と同時に摂取することで、免疫効果が4倍になるという。例えば、乳酸発酵させた漬物やヨーグルト、あるいは納豆にかけて食べれば、簡単に免疫ケアができる。
納豆に酢?と驚くなかれ。酢特有のツンとした角がない『にごり酢』は、納豆の臭みを和らげ、泡立ちを良くし、それだけで意外なおいしさを発揮する。
現在販売されている『にごり酢』は、一般的な酢に比べて高価なのだが、そこも江戸時代と同じである。当時、米が原料であった酢は高価で、日常的に使える調味料ではなかった。1820年頃までは押しずしが主流で、ハレの日に食べる料理だった。
その頃知多半島で、酒粕を原料にした安価な粕酢が発明され、江戸に運ばれてきたことで握りずしブームが起きて、今や日本を代表するメニューの一つになったのである。
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