Ms Wendy

2023年6月掲載

世界最高齢のプログラマー 「失敗なんか笑い飛ばしてしまいましょう」

若宮 正子さん/ITエヴァンジェリスト

若宮 正子さん/ITエヴァンジェリスト
2017年に81歳でiPhoneアプリ「hinadan」を開発した世界最高齢のプログラマー。1935年、東京都生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社。定年退職後、長年温めていたエクセルアートを実現。その後もiPhoneアプリの開発をはじめITエヴァンジェリストとして世界で活躍。2021年デジタル田園都市国家構想実現会議構成員に就任。22年前島密賞受賞。シニア向けサイト「一般社団法人メロウ倶楽部」副会長。
「子ども扱い」どころではなかった戦時下

両親と兄が2人の末っ子として生まれ、5人家族で育ちました。小学校低学年で親から離され、人格形成のいちばん大切な時期が疎開生活でした。「どんな子ども時代でしたか?」と聞かれると、「いつもおなかが空いていた」と飢餓感の記憶が真っ先に浮かびますね。本当に食糧難でしたから。

 

戦争の中で育った当時の東京の子どもは、皆そういう状態だったでしょうね。その頃の子どもって子ども扱いされていなかったと思います。親や社会が、子どもを子どもとして扱う余裕がありませんでしたし、子ども自身も子どもらしさを殺して暮らしていたように感じます。

 

今、ウクライナの話を聞いているととても同感する部分があります。私の場合は爆撃で殺されるような心配はそれほどありませんでしたが、大人も子どもも、危機的状況をサバイブしてきたと思います。皆、それぞれが生き延びることに必死な時代でした。

海外への憧れ

戦争が終わって、中学校に入るとようやく本を読んだりできる時代になりました。だから、終戦の翌年くらいに『銀河』や『赤とんぼ』といった子ども向けの雑誌や、岩波文庫などの児童文学が出てきた時はうれしかったですね。もちろん貴重品でしたから親が買ってくれた本をむさぼるように何度も読みました。

 

私は当時からずっと海外に憧れていて「将来絶対に海外に行く」と信じていました。有楽町に焼け残った「三信ビル」に行っては航空会社のオフィスにあったチラシを一生懸命集めたものです。実際に海外旅行に出かけたのはそれからずっと後の40代になってからでしたが、子どもなりに、近い将来の海外渡航に備えていたのでしょう(笑)。

 

戦後、義務教育が延びて中学校ができると、卒業後は高校進学か就職かが大問題でした。中卒で働いている女性も多かった時代、私は教育大付属高校に進学。今だったら難しくてとても入れなかったと思いますが、戦後のドサクサに紛れて(笑)。自由な校風の中でのびのびと高校生活を過ごせたと思います。卒業後はとにかく早く経済的に自立したいと思って、銀行に就職しました。当時はすべてが手作業でしたから、高卒女子はたくさん採用されました。

コンピューターは私の恩人

銀行員にはなったものの、私自身はお札を数えるのが苦手でした。手先の細かい作業は今でも苦手で、パソコンも何十年もやっていますが、いまだに一〇本指でのタイピングはできません。私は一本指で十分です(笑)。

 

当初はしんどい思いもしましたが、機械化が進んでコンピューターが出てくると計算は機械がやってくれるのでそろばんは不要になり、お札を数えるのも機械化されて、不器用であることは問題なくなりました。私の同年代には「コンピューターなんて見るのもイヤ」と言う人もいますが、私は「コンピューターは大事なお友達」と思っています。何といってもいちばん苦手な作業から解放してくれた恩人ですから(笑)。その後は企画や開発に携わるようになり、仕事がどんどん面白くなっていきました。

 

当時の銀行は女性差別以前の問題として、男性社員の中での高卒か大卒かという学歴格差がひどい時代でした。それで、学歴ではなく実力で評価しようと社内試験制度が始まることになりました。

 

私は何にでも興味を示すモノ好きなところがあるので、人事部に「私も受けていいかしら」と聞くと「女性の受験不可とはどこにも書いてないから問題ありませんよ」との答え。経済、財務、経営管理、税務など勉強しなければならない分野がいろいろあるのですが、参考書は人事部の人が貸してくださいました。それで勉強して受験してみたらけっこう良い成績で、昇進の必要条件ではなかったのですが、昇進に寄与したのは間違いないと思います。結果として女子受験のさきがけとなったのですが、どうやら皆、面白がって私の様子を見ていたようです。

雑誌で知った「メロウ倶楽部」

「定年をきっかけにパソコンを始めた」とよく書かれますが、実際にはお仕事を辞めて「から」というよりも、現役の頃から家にパソコンは持っていて、少しずついじっていました。ちょうどその頃、「エフメロウ」として雑誌に紹介されていたのが「一般社団法人メロウ倶楽部」でした。それで興味を持って、メンバーになって30年くらいになります。「独学でパソコンを習得」なんて書くとカッコいいですが、実際には分からないことをメロウ倶楽部のメンバーに聞きまくって、自己流でガチャガチャいじりながらなんとか身に付けたという感じです(笑)。

 

長い会社員生活でしたが、私はその終わり頃からすでにメロウ倶楽部の世話人をしていましたので、いわゆる「定年による喪失感」みたいなものは特になかったですね。

講演は年に100回

コロナ禍では講演会の中止が続きましたが徐々に再開して、昨年は100回くらいやりました。それにオンラインの講演も30回くらいはありましたので、3日に1回くらいは講演をやっている計算になりますね。私は毎日違う人と会ってしゃべるのが仕事ですから、きっとコロナにかかるだろうと思っていました。そうしたらやっぱり昨年春に感染。タイミング悪く、前島密賞の授賞式の前夜に発熱して欠席せざるを得ませんでした。もっと前ならビデオメッセージでのごあいさつなど何か方法があったと思いますが、「受賞者不在の授賞式」という残念なことになってしまいました。

高齢者の声を政治に届けたい

私には92歳の兄がいます。兄も私と同じ独居老人なのですが現役の、それも、かなりアクティブなメロウ倶楽部会員です。その兄が、一昨年のお正月に急性心不全で倒れました。命に別条がなかったのは幸いでしたが、倒れ方が悪く、複雑骨折で長期入院となりました。私はその時、正直言って「兄は寝たきりになってしまうかな」と思いました。コロナで面会ができず詳しい様子が分からないまま3週間が過ぎました。すると、メロウ倶楽部の掲示板に「地獄の二丁目半からUターンしてきました」という兄の投稿がアップされたのです。すぐに「もんちゃん(兄のハンドルネーム)お帰り! よかったね!」とたくさんのコメントが寄せられました。

 

その後、急性期を脱した兄はリハビリ病院へ。90歳を過ぎた兄にとってリハビリはとてもつらくて大変だったはずですが、兄はその様子を毎日のように病室から掲示板に上げて、外にいるメンバーと交流を続けました。「今日は800m 歩けた」「次はつえナシに挑戦」そんなやり取りをしながらリハビリに取り組んで、つえナシで歩けるようになって退院しました。デジタル空間の応援団が、兄の回復の力になったのです。すごいことです。リハビリ病院の方々もビックリでした。

 

高齢者もテクノロジーを嫌わないで受け入れ、寂しかったらオンラインで交流する。そういう時代が来ています。今、私はお役所の仕事(デジタル社会構想会議委員)をしています。政府のデジタル改革に高齢者として意見が言える立場の人間は私しかいないので、これからも河野大臣や岸田総理に言うべきことはきちんと言っていきたいと思います。政府の方も頑張っておられますので時間はかかるかもしれませんが、私たちも協力して実現させていきましょう。

子どもを勉強嫌いにしないで

最後に私から皆さんにぜひお伝えしたいのが、やっぱり「楽しむ」ということです。楽しむ、エンジョイするマインドが大事です。それぞれの方ができる範囲で毎日をもっと楽しんでいただきたいと思います。失敗なんか笑い飛ばしてしまいましょう。「挫折した…」なんて大げさに受け止め過ぎるとつらいだけです。笑っちゃえばいいんです。

 

そして子育て中の方には「絶対に子どもを勉強アレルギーにしない」ということをお願いしたいと思います。人生100年、一生勉強し続けなければいけない時代に勉強が嫌いになってしまうと、その子がかわいそうです。これからは新しいものがどんどん出てきて、勉強もどんどん変わっていきます。今年生まれた人ならあと100年ですよ。100年生きる人にとって、今、現在の学校の成績がどれだけ重要ですか?今の成績にこだわりすぎて勉強嫌いになってしまうことの方が問題です。「勉強って楽しい、学ぶって素晴らしい」と思えば70歳過ぎでも80歳過ぎでも勉強はできます。私自身もこれからやりたいことがいろいろ出てくると思っています。楽しみながら自分自身をアップデートしていきましょう。

(都内にて取材)

  • 世界開発者会議 WWDC2017にて。Apple社CEOと

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  • 幼少期

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  • 防空頭巾をかぶって家族と(写真中央)

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  • 銀行員時代、職場を代表してクイズ番組に出演

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  • 初めてのパソコンを購入した頃

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  • TEDxTokyo2014でスピーチ

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  • 2018年、国連社会開発委員会でスピーチ

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  • 若宮 正子さん

(無断転載禁ず)

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