Ms Wendy

2023年4月掲載

厳しくしつけられた『ホッピー』3代目 「社員はほめません!」

石渡 美奈さん/ホッピービバレッジ 代表取締役社長 

石渡 美奈さん/ホッピービバレッジ 代表取締役社長 
1968年生まれ、東京都出身。田園調布雙葉学園、立教大学文学部を卒業後、日清製粉(現・日清製粉グループ)に入社し、93年退社。広告代理店などを経て、97年、祖父が創業したホッピービバレッジに入社。広報宣伝を担当後、2003年に副社長、10年に代表取締役社長に就任。経営の傍ら、早稲田大学大学院、慶応義塾大学大学院を修了。経営学修士(MBA)を取得。著書に『社長が変われば会社は変わる!』(CCCメディアハウス)ほか。
人種のるつぼ、赤坂の小学校に転校

ホッピーは戦後の日本で生まれ、75年にわたって愛され続けているビアテイストの発酵飲料です。「焼酎割り」のパイオニアとしても知られています。2010年、私は祖父が1905年に創業した事業を承継し3代目代表取締役社長になりました。

 

現在の本社ビルがある赤坂に越してきたのは小学校2年のときです。それまでは目黒区の住宅街で暮らしていました。それが突然、料亭のお嬢さんやご子息はもちろん、商売をされている方、官公庁のキャリアのお子さんなどが集まる、いわば人種のるつぼともいえる学校に転校してきたことでカルチャーショックを受けました。もともと一人っ子で引っ込み思案。個性的な子どもが多く集まる学校になじめず、最初の1年間は毎朝、泣きながら通っていました。

 

今はおかげさまで元気いっぱい、ありがたいことに声の大きさも“名物”と言われる私ですが、実は今でも「初めまして」の集まりで自分から発言することは得意ではありません。人見知りの性格は変わっていないと感じます。

しつけに厳しい母と家で絶対的存在だった父

幼い頃、母はとても厳しい人でした。日常のあいさつはもちろん、「ありがとうございます」「ごめんなさい」を言わないと、必ず怒られる。駅の改札で切符を切る駅員さんにも「ありがとうを言いなさい」と教育されました。小学校の6年間は絵日記を毎日、夏休みには課題図書をすべて読んで感想文を書かされました。

 

父は子どもの教育に口を出すことはありませんでしたが、私にとっては怖くて絶対の存在でした。父の席は決まっていて、食器も私たちとは別。父が「ダメ」と言えば、何があっても許されないのがわが家の不文律でした

 

その父が、2019年に亡くなる1週間前、言葉を出せた最後の日に「美奈が会社のことをこんなにやってくれるとは思わなかった。ありがとう」と言ってくれて。それまで甘やかされたり、ほめられたりしたことがなかったので本当に驚きました。

 

両親の私への愛情を疑ったことは一度もありません。私に最高の教育を受けさせ、大人になっても胸を張って生きられるよう方向づけをしてくれました。高校まで親が敷いてくれたレールの上を歩いたことが、今の私の土台になっています。

 

そんな両親に倣って、私も社員たちをほめません。そして「一人一人が生きがい、やりがいをもって働き幸せな人生を歩めるよう、望む人には望むだけの成長の場を提供する」と全社員に約束しています

一生仕事をしていたいと思う自分に気づいた

物心ついた頃から「私は跡取りだ」という認識は持っていました。しかし、当時の社会背景も相まって自ら会社を継ぐという考えは浮かびもしませんでした。大学卒業後、一般企業に就職してからは、「優秀なお婿さんを探してその人に継いでもらうのが私の役目だ」と思っていました。でも、それは神様がくれた私の使命ではなかったのです。

「自分が継ぐ」という答えが見つかったのは、27歳のときでした。当時、広告代理店で初めて営業を担当し、仕事の面白さに目覚めた私は、「一生仕事をしていたい!」と思うようになりました

時期を同じくして、家業のほうでは規制緩和によって地ビールをつくれるように。父が「実はビールづくりは親父さんの夢だった。僕がその夢を叶えたんだ」「酒づくりは男のロマンなんだ」と語る姿を見て興味がわき、「自分も家業に関わりたい」と強く思いました。そして一生仕事をしたいという意志との化学反応で、「だったら私が家業を継げばいいんだ!」と心が決まりました。まさに天啓を受けた気持ちでした。

 

ところが、父に「お前には無理だ」と頭から反対されてしまったのです。一人娘が「跡を継がせて」と自ら志願したのだから当然喜んでくれると思ったのに、まさかの展開です。しかし口に出したときには「自分の歩いていく道はこれしかない」と確信していたので、気持ちはぶれませんでした

 

それからすぐ夕方5時に上がれる会社に転職。毎日、忠犬ハチ公のように家で父の帰りを待って、夕飯を食べながら会社のことを根掘り葉掘り聞く日々が続きました。そして1年後、その頃には母の後押しもあり、ようやく入社を許されたのです。

ホッピーの広告塔「ホッピーミーナ」に

広報宣伝を担当し、後に私自身が会社の広告塔になるのですが、それはある大手スーパーマーケットのバイヤーさんの言葉がきっかけでした。「ホッピーがロングセラー商品であることはよく知っている。でもね、石渡さん、良い商品だから売れるわけじゃないんだ。お客様に手に取ってもらうには知ってもらうことが必要だ。おたくは広告にいくら出せるの?」そう言われて、ぐうの音も出ませんでした。

 

広告を出したくても、うちのような中小企業に大手企業のようなお金はありません。そうかといって、商品の魅力を発信しないことにはお客様は認知してくださらない。ではどうすればよいかと考える中で、仲間が知恵を貸してくれました。コミュニティFMの番組にゲスト出演した際、それを聴いた先輩から「あなたもやればいいじゃない!」と背中を押してもらい、ラジオ番組を持たせていただくことに。おかげさまで2021年7月、放送4000回を迎えました。

 

また、IT業界に就職した友人からは「これからはインターネットの時代がくる。ウェブサイト(ホームページ)が広告を大きく変える」「ホッピーのように知名度があってもなかなか手に入らない商品には、オンラインショップがぴったり」とアドバイスをもらい、早速eビジネスを勉強しました。この規模のメーカーのなかで、きちんとしたホームページを持った時期はかなり早かったと思います。そこでコンテンツとして自分の日常についてブログを書いて発信し、それがいろいろな方の目に留まって、マスコミに取り上げていただきました。

 

さらに、『三丁目の夕日』に代表される昭和レトロブーム、健康志向の高まり、道路交通法の改正による低アルコール飲料への注目といった時代背景もありました。ホッピーはアルコール度数0.8%。低カロリー・低糖質・プリン体ゼロのヘルシードリンクでもあるのです。ありがたいことにそれぞれの支流が一つの大きな流れとなって私を後押しし、低迷していた売上の回復につながった感覚があります。私が入社した当時、8億円だった年間売上は約5倍になりました。

 

だからといって、私が特別なことをしたとも思っていません。「この会社をよくしたい」と思ってさまざまな改革を行うなか、頼りにしていた工場長が辞表を提出する事件が起こり、「お騒がせ看板娘」と呼ばれたこともあります(笑)。ですが、最終的に私を信じてついてきてくれたお客様、ビジネスパートナー様、社員の存在のおかげで、今日を迎えています。

1回逃げたらそれ以上の課題はこない

「経営者として孤独を感じることはありますか?」と聞かれることがありますが、孤独を感じたことはありません。悩むという感覚も薄いように感じます。もちろん課題は毎日のように降ってきます。しかし、私にはそれぞれの分野のブレーンがいるので、悩む時間があるのであれば課題解決に向けていち早く相談すべきと考えています。解決すれば、それは“私の経験”になります。次に同様のことが起こったら、今度は自分で解決できる。すると、課題のレベルがどんどん上がっていくという具合です。

 

「課題は神様からのギフトだから、解決できない課題は降ってこない」と常日頃考えています。ですから、自分に課題が与えられたら「石にかじりついても解決する」「そのために学び尽くす」と決めています。そこから1回逃げたら、それ以下の課題しか与えられず、私の成長が止まると同時に会社の成長が止まります。そうなれば、社員のやりがいのある人生を実現できません。だから、絶対に逃げないし、難題が降ってくるほど燃えるのです。それが楽しくもあります。

 

また今回、ありがたいことにWendyの紙面を飾らせていただけるのも、自分とは違う世界ですてきに生きる方々にお会いする機会をいただけることも、ホッピー3代目の道を歩いているから。ご縁を頂くたびに自分の人生がどんどん豊かになっていきます。こんなにも恵まれたプラチナチケットを与えられて、文句を言っている場合ではないのです。「孤独」なんて言ったら、神様に怒られてしまうと思います(笑)。

文房具好きが高じて万年筆コレクターに

興味を持ったらとことん知りたくなるのは仕事だけではありません。たとえば、ある作家さんにハマると全作品を読破するまでやめません。歌舞伎に没入した年は、歌舞伎座だけでなく、新橋演舞場、国立劇場、京都南座、御園座、コクーン歌舞伎まで、全演目を観ました。  

収集癖もあり、なかでも万年筆は500本を超えていると思います。子どもの頃から文房具が好きで、筆箱の中身にはこだわっていたのですが、いつの間にか万年筆に惹かれるようになりました。

 

普段からボールペンはほぼ使わず、コレクションから6本ほどを選んで持ち歩いています。たまにすべての万年筆を引っ張り出して、眺めて、磨いて。季節に合わせてインクの色を入れ替えたりするのも楽しいですね。年2回、特別賞与に合わせて社員一人一人にメッセージをしたためるときも、もちろん万年筆。そんなことを理由にして、また新たな1本を買いに行くのです(笑)。

 

経営者にはオンもオフもありません。寝る間を惜しんで考え抜き、「よし、この続きは夢で考えよう」という日も。遊びも仕事も脳は一つ。社是に則りホッピーを通じて社会にお役立ちすべく、いただいた使命に一心不乱に邁進(まいしん)すると心に決めています。

(都内にて取材)

  • 祖父(創業者石渡秀)、祖母、父(二代目光一)、母と

    祖父(創業者石渡秀)、祖母、父(2代目光一)、母と

  • 1987年12月大学2年生のとき。立教大学アルンダースキークラブの合宿にて

    1987年12月大学2年生のとき。立教大学アルンダースキークラブの合宿にて

  • WBS修了証書授与

    WBS修了証書授与

  • 入社当初

    入社当初

  • 父と。ホッピーを運ぶトラック「ホピトラ」の前で

    父と。ホッピーを運ぶトラック「ホピトラ」の前で

  • 調布工場にて環境整備点検

    調布工場にて環境整備点検

  • 石渡 美奈さん

(無断転載禁ず)

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