Ms Wendy

2022年11月掲載

ニューヨークで「殺陣師(たてし)」として活躍 道着姿で子育てする姿は「侍ママ」と…

香純 恭さん/殺陣師

香純 恭さん/殺陣師
1970年生まれ、東京都出身。タレント活動をしていた20代のときに、藝道殺陣波濤流高瀬道場に入門。アクション映画や舞台に出演するほか、道場の幹部としてキャリアを築く。ニューヨークへ移住。2014年、ニューヨークで道場「殺陣波濤流NY/TATE Hatoryu NY」を開き、指導する一方で、初のプロデュース映画作品『First Samurai in New York』が、ロサンゼルスの映画祭「Artemis Women in Action Film Festival」で、最優秀ファイト・ウェポン賞を受賞したほか、12の映画祭に選出、4つの賞を受賞した。
テレビや映画で観たアクションに憧れ

小さい頃から体を動かすのが好きでした。中学校のときはバスケ部でしたが、シーズンになると陸上部に駆り出されて大会に出たり、水泳大会に出たり。スポーツは何でもやっていました。

 

アクションを観るのも好きで、テレビシリーズの『チャーリーズ・エンジェル』で、きれいなお姉さんたちが悪党をバッタバッタと倒していくストーリーに快感を覚えました。特に印象に残っているのは、10歳のときに見た映画『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』。ハリソン・フォードの相棒役で、キー・ホイ・クァンという私と同じ歳くらいの男の子がアクションで大活躍していて、衝撃を受けました。「私もこんなアクション映画に出てみたい」と思ったきっかけでした。

 

その想いを募らせ、中学生のとき、父に内緒で千葉真一さんが主宰するJAC(ジャパン・アクション・クラブ)のオーディションを受けたこともあります。しかし、反対されて入会を断念。ならば体育の先生を目指そうと、東京女子体育大学に進学しましたが、いざ教育実習に行ってみると、自分が進みたい道ではないとわかりました。

 

その後、アクションの世界に近づきたくて、芸能プロダクションに所属。タレント業をしていたとき、舞台でカッコいいアクションを決めていた先輩に「どこで習っているんですか?」と教えてもらったのが、私が骨をうずめる覚悟を決めた「藝道殺陣波濤流高瀬道場」です。そこで初めて殺陣の世界を知り、完全にのめり込みました。

女性の弟子はお断り? 1年、道場に通い詰めた

それまで私が知っていたアクションといえば、刑事ドラマで見るような技闘(現代アクション)でしたが、高瀬道場では時代劇で見られる殺陣(刀のアクション)も一から教えていて、「こんな世界があるんだ!」と驚きました。ピンと張りつめた空気のなか、いざ自分が木刀を持って殺陣を体験してみると、雷に打たれたように「私がやりたかったのは、これだ!」と。幼い頃からの漠然とした憧れと現実がつながった瞬間でした。

 

生徒の1人として道場に通ううちに思いがふくらみ、「私を弟子にしてください」とお願いしました。しかし最初は、師匠・高瀬将嗣から「女性を弟子にしたことがない」という理由で断られてしまった。それでも通い詰め、時には道場で寝泊まりしながら1年間、稽古をやり続けて、正式に弟子入りを許されました。厳しい道場として業界でも有名だったのでまわりは驚いていましたが、人間、やりたいことが定まったときはつらさより楽しさが先に立つものです。技を吸収し、早く先輩に追いつこうと修業に励みました。

 

そのうちに認められ、高瀬がアクション監督を務める映像でアクションスタッフや女優として作品に出演。30代に入って道場の師範にもなり、少しずつ殺陣のキャリアを積んでいきました。

このまま日本に残るか ニューヨークに行くか

プライベートではビジネスマンと結婚。3人の子どもに恵まれました。

 

ただ、子育てをしながらアクションの仕事を続けるのは大変でした。授乳期はおっぱいが張って苦しくて、衣装さんに頼んで隠れて搾乳させてもらったこともあります。

 

また、舞台に出るとなれば、子どもたちを誰かに預けないといけません。舞台後へとへとで帰ってきて、次の日の準備をして、翌日は早朝からご飯を用意して…。しかも子どもたちはそれぞれ重度のアレルギーで市販のものが一切食べられず、1人1人違うものをつくらなくてはアナフィラキシー症状を起こしてしまいます。あの頃は大変すぎて、記憶にないぐらいの毎日でした。

 

そんなとき、主人から「ニューヨークの大学に留学して、MBAを取得したい」と言われたのです。初めは、主人だけ渡米することも考えました。母のがん、ステージ4が発覚したからです。私は日本に残って母の看病をしたい、アクションのキャリアもキープしたいという思いがありました。しかし、父に「俺の女房は俺が面倒をみる。お前の旦那はお前が面倒をみろ」と言われて踏ん切りがつき、家族でニューヨークに行くことを決めました。

自分がアメリカにいる意味をつくりたい

そうは言っても、ニューヨークに来て半年は生きがいをすべて失ったような喪失感でいっぱいでした。しかも慣れない外国で、英語もわからず。子どもたちは当時、5歳、2歳、0歳。オムツの買い方もわからず途方に暮れました。

 

ラッキーだったのは、地域の人々が親切だったこと。困ったことがあるといつも助けてくれました。最初は嫌いだったニューヨークを好きになり、そのうち、「家族の都合で渡米してきたけれど、自分がこの国にいる意味をつくりたい」という思いが強くなっていきました。

 

子どもたちが土曜日に通う日本語補習校で殺陣の演武を見せたり、ボランティアでアクションクラスを持ったり。仕事にはならなくても、自分ができることをやろうと気持ちを切り替え、主人が大学を卒業するまでの2年間を過ごしました。

ニューヨークで殺陣を広め平和教育につなげたい

一旦、帰国しましたが、子どもたちの教育や家族の都合により、2年後にまたニューヨークへ。私も「次にニューヨークに戻ったら殺陣の道場にチャレンジしたい」と思っていました。とはいえなかなか勇気がなく踏み込めないでいた時、きっかけをくれたのは13歳の男の子です。風の噂で私が殺陣をやっていることを知り、お父さんに連れられてわが家にきたのです。玄関先でちょっと教えたところ、「I love it!(どうしてもやりたい!)」と言ってくれ、こんな子が世の中に1人でもいるなら道場をやろうと、一歩を踏み出しました。

 

殺陣は武術のように勝敗を決めるものではなく、型や手順を決めた上でお互いの呼吸を合わせて表現するパフォーミングアーツです。実際に教えてみると、相手をリスペクトし、相手のためにすべての動きがある殺陣こそ「平和教育」につながり、国も宗教も人種も越えて、一緒にやることに大きな意味があると感じるようになりました。

 

そこで必要になるのは協調性や礼儀作法、思いやりです。たとえば、稽古が終わると道場の掃除をするのですが、「みんなで協力して自分たちが使う場所をきれいにすることで、心も磨かれる」など、1つ1つていねいに教えることで、子どもたちが少しずつ変わっていきました。上のクラスの子が下のクラスの子の面倒をみるようになり、小さな問題は生徒同士で解決できるように。自慢の生徒たちに育ってくれました。

アジア人女性の壁を破るには自ら体を張って

一方、大人のクラスにはプロの俳優もいます。無駄のない美しい動き、侍の作法やその意味を習得してもらうとともに、カメラワークも教えて、撮影にすぐに使える技術を提供していきました。でも、動きだけでは殺陣は成立しません。ときに表現力のほうが動きをカバーしてくれることもある。「一手ずつの動きは台詞(せりふ)と同じ。でも、気持ちのまま動くとケガをする。だから何回も基礎を繰り返し、筋肉の記憶を育てることで表現力がアップする」と伝えています。

 

ところが、なかには「なぜアジア人女性に教わらないといけないのか?」「勝負すれば俺のほうが強い」と力任せに挑んでくる人もいます。体格は向こうが私の倍以上あるのですから、無理もありません。特にアクションの指導で行く撮影現場ではそうです。こちらが絶対的な説得力と魅せられる技術がないと、その壁は越えられません。徹底した準備をして相手が納得するまで動き、説明することが肝心です。

 

ここ数年は、自分でも総合格闘技(MMA)を習っています。生傷が絶えませんが、マーシャルアーツの理論を知ることで殺陣との違いも伝えやすくなりますし、格闘技の技術を殺陣のスパイスとして取り入れたりもしています。最高の必殺技は「敵を仲間にすること」です(笑)。

「ギブ&ギブでいけ」 師匠の言葉が根底に

1年中、道着姿で子どもの送り迎えや買い物や郵便局に行っていたら、いつしか地元の人たちから「侍ママ」と呼ばれるようになりました。

 

今は自宅道場のほか、マンハッタン、ロサンゼルスでクラスを開講しています。映像の本場、ロスではプロの俳優専門で教えています。生徒が集まるか最初は心配でしたが、口コミで「殺陣ができたほうが役の幅が広がる」と、満員になりました。私が教えた俳優たちがオーディションに合格し、殺陣の技術を使って大きく羽ばたいてくれることが願いです。

 

最終目標は映画製作。殺陣を教えるだけではなく、活用する場やコンテンツも含めてつくっていきたいと思っています。

 

ニューヨークで道場を開くとき、師匠の高瀬からこんな言葉をもらいました。「思う存分暴れてこい。ただし、自分の弟子に対しては見返りを求めるな。ギブ&ギブでいけ」。最初は意味がわかりませんでしたが、今はあのときよく話してくださったと思います。その言葉がいつも私の根底にあり、だからこそ生徒がついてきてくれるし、心から教えられる。気持ちが定まっているから、何があっても信念が揺れ動くことがない。私の心の支えになっています。「殺陣」という言葉を「折り紙」のように一般名詞化させたい。そんな夢もふくらんでいます。

(都内にて取材)

  • 在ニューヨーク日本国総領事館大使公邸での演武

    在ニューヨーク日本国総領事館大使公邸での演武

  • 兄と自宅前にて

    兄と自宅前にて

  • 小学生時代。勉強もスポーツも大好きだった

    小学生時代。勉強もスポーツも大好きだった

  • 道場修行時代

    道場修行時代

  •    海外の子どもたちに殺陣をレクチャー。Japan Society イベントにて

    海外の子どもたちに殺陣をレクチャー。Japan Society イベントにて

  • 撮影現場での指導

    撮影現場での指導

  • ロサンゼルスにて現地のスタントマンや俳優と稽古

    ロサンゼルスにて現地のスタントマンや俳優と稽古

  • 香純 恭さん

(無断転載禁ず)

Ms Wendy

Wendy 定期発送

110万部発行 マンション生活情報フリーペーパー

Wendyは分譲マンションを対象としたフリーペーパー(無料紙)です。
定期発送をお申込みいただくと、1年間、ご自宅のポストに毎月無料でお届けします。

定期発送のお申込み

マンション管理セミナー情報

お問い合わせ

月刊ウェンディに関すること、マンション管理に関するお問い合わせはこちらから

お問い合わせ

関連リンク

TOP