Ms Wendy

2022年9月掲載

ゴルバチョフ氏に出会い 旧ソ連地域研究の道へ

廣瀬 陽子さん/政治学者

廣瀬 陽子さん/政治学者
1972年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。慶應義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了・同博士課程単位取得退学。政策・メディア博士(慶應義塾大学)。専門は国際政治、コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。2018〜2020年には国家安全保障局顧問を務める。主な著作に『コーカサス国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア・太平洋賞特別賞受賞)などがある。一児の母。
「本がお友達」の少女時代

両親は私が1歳くらいの時に離婚し、私は母の実家で祖父母と4人暮らしで育ちました。母はグラフィック・デザイナーで毎日朝は早く出かけて帰宅は深夜でしたから、家で母に会うことはめったにありませんでしたね。私の中では祖母が母、母が父、という位置づけでした。

祖母は今年2月に100歳で亡くなりました。東京都やいろいろなところから賞状などを頂き、長く患うことなく自宅で看取れたので幸せだったのではないかと思います。私にとって祖母は世界一尊敬できる人。「利他の精神」しかない人で「人のために尽くしなさい」「お友達を大事にしなさい」とよく言われました。

小学生の頃は100%インドア派の子どもで、本がお友達。2年生くらいで学校や区の図書館にある歴史や伝記関係の本は全部読んでしまったという記憶があります。

中学は桐朋女子中学校へ進みました。母は私の中学受験の時、「教育方針が気に入ったから娘は桐朋にしか行かせません」と塾の先生に宣言。今は違いますが当時は同校の入試が2月1日〜3日と3日間にわたって行われたこともあり、受験したのは1校だけでした。

とても自由な校風で中高時代を過ごしました。教育方針で学校を選んでくれた母に感謝ですね。

中学校の時は生徒会長に当たる「中央委員長」をつとめ、高校に入るとトップの「執行長」をやってくれていた仲の良い友達を支える形で副執行長をやっていました。

運動は苦手と思っていたのですが、友達のすすめもあって皆より少し遅れて卓球部に入部。大した実力はなかったのですが、本番であまり緊張しないタイプらしく、コーチからも「本番でありえない力を出す」と言われ、地元の大会では賞もいくつか頂きました。

アジアの歴史を知らなすぎる日本人

中学2年生の時、母のすすめで通っていた語学スクールの夏休みプログラムで韓国に1カ月弱ホームステイしました。ソウルオリンピックの直前の1986年、経済成長著しい韓国はすごい日本語ブーム。ステイ中、毎日たくさんの人が遊びに来てプレゼントや手紙も頂き、大歓迎されました。

その一方で、厳しい現実に引き戻されることもありました。8月15日「今日、あなたは絶対に外に出てはダメ。表も見ないほうがいい」と言って、お母さんが窓のカーテンを閉めました。テレビのニュースでは日の丸に火をつけて燃やす大規模な反日デモの様子が報じられています。私にすごく良くしてくれる親日の面と、反日の面が同居している韓国の現実を知り、日本人はやっぱりアジアの歴史を知らなすぎる、と思いました。

「東大で何をしたいのか言ってみなさい」

大学入試の勉強はけっこう力を入れてやりました。嫌味っぽくなるのですが、模試では東大法学部もA判定。それで私自身も東大に行く気になって母にそう話すと「あなたは東大でいったい何をしたいの?言ってごらんなさい」と突っ込まれました。

その時、私には「偏差値がいちばん高いところに行けば人生成功」みたいな安易な考えしかなく、ぐうの音も出ませんでした。

それから「大学で何をしたいのか」を真剣に考えました。当時は冷戦の終結やベルリンの壁崩壊(1989年11月)など、世界がダイナミックに変化している時代。国際社会に関する勉強が総合的にできる大学はどこか考えた時に見つかったのが、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)でした。だから私は大学受験もここ一択。AO入試で進学を決めました。

充実の大学生活 首席で卒業

大学では最初、アジアを見ようかなと思っていたのですが、入学初日に掲示板にあった「ゴルバチョフ氏来日!参加希望者は論文提出のこと」というポスターが目に留まりました。締め切りは翌日でしたが、「これは書かなきゃ!」と一生懸命書いたら選んでいただけて、幸運にもゴルバチョフ氏に直接会うことができました。この時に感銘を受けたことが、その後の旧ソ連研究のきっかけになったのは間違いありません。

キャンパスライフは、めちゃめちゃ楽しかったですね。コンピューターを使わないとできない課題が多かったのですが、当時のネット接続は電話回線。コンピューター自体の動作も遅くて、大学に泊まり込むことも多かったのですが、それも楽しい思い出です。

卒業年の3月、友人とイタリア、スペインへ旅行して帰国すると「大学から連絡があったからすぐに電話しなさい」と祖母。急いで電話すると「首席になったから卒業式で表彰します」とのこと。首席は学年約500人の学部で1人。まさか1番とは思っていませんでしたし、もちろん狙ってもいませんでした。当日は、卒業証書と「表彰 慶應義塾 1995 廣瀬陽子君」と刻印された金時計(腕時計)をいただきました。

転機となったフィンランド行き

卒業後は大学院に行って留学して、国連の職員などの国際公務員になるつもりでした。でも、大学の先生からは「あなたは絶対に研究者が向いている」と強く薦められていました。悩んだ末に私は東大大学院法学政治学研究科「研究者養成コース」の受験という一発勝負に打って出ることにしました。極めて狭き門でしたので、もしここに合格したら研究者になろうと。すると私は本番に強いのか一発合格。

とはいえ保守的な空気が私には合わず、いろいろ難儀しました。その中で、旧ソ連地域の紛争やテロ、民族問題、資源などの地政学的問題を研究したいという気持ちが大きくなりました。

そして幸運にも国際連合大学秋野フェローに選んでいただき、アゼルバイジャンへ留学したことが、研究者としての重要な一歩となりました。

なぜアゼルバイジャンを選んだのかとよく聞かれます。旧ソ連の紛争を研究し、その打開策を見つけたいと思ったのです。現地の言葉を学んで状況を捉えなければ真実はわからないと思い、現地行きを決めました。

その後、現在の勤務先である慶應義塾大学総合政策学部の有期専任講師を皮切りに、いくつかの大学で勤務しつつ、2006年に博士号を取得しました。またサバティカル(長期休暇)でコロンビア大学客員研究員として研究した際には、米国における旧ソ連研究に触れることもできました。

さらに大きな転機になったのは2017年。日本学術振興会の国際共同研究加速基金に採択され、1年間フィンランドでの在外研究の機会をいただき、貴重な経験を積むことができたのです。ロシアと国境を接した国で、常に間近で脅威に触れながら生活している中でのロシア研究はとても意味があります。著書『ハイブリッド戦争』を書こうと思ったのはこの時です。

この1年の滞在でフィンランド人の優しさに癒やされフィンランドという国が大好きになりました。

ネット情報に動じない心

今、世界中がネット社会になりましたが、国による違いは大きいと思います。フィンランドやエストニアなどでは人々がサイバー攻撃を受けてもパニックに陥らない訓練を常日頃受けています。

そうした国々と比べると、日本人はメディアリテラシーの教育を受けていないので、情報に対する身構えが弱いと感じます。日本においては流れているニュース自体にウソはないかもしれませんが、表に出てくる情報自体がある程度選別されているという認識をもう少し強めるべきと思います。

自分から主体的に情報をとっていかないと、デジタル情報は拡散力があるだけに影響を受けやすい。日本人がもっと注意すべき課題だと思います。

「不安定」に慣れてしまわないで

夫は今春から札幌の大学に単身赴任、息子は中学に入学、私自身はテレビなどメディア露出が激増。ロシアのウクライナ侵攻以降、家族の生活は一変、大激変です。お手紙やメールをたくさんいただくのですが不義理しています。この場を借りて皆さんに謝りたいです。「みんな愛してるよ〜!ごめんなさい!」(笑)。もう少し落ち着いたらきちんとお返事いたします。

ウクライナ情勢だけでなく、何かと不安定な世の中ですが「不安定に慣れてしまわないで」と申し上げたいですね。例えば、今は当たり前になってしまった「マスクが常態の社会」も、本来はノーマルではないはずですよね。人間って、ある状況に慣れてしまうとそれが心地よくなってしまいがちです。

「明けない夜はない」と言います。「自分にとって何がベスト(ノーマル)なのか?」をもういちど考えベストを目指す努力をしていけば、社会はきっと良い方へ変えられると思います。

(慶應義塾大学の研究室にて取材)

  •  中学生の頃、韓国へのホームステイ。中央が本人

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  • 中学生の頃。韓国へのホームステイ

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  • 高校生の頃。修学旅行先の奈良公園にて

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  • 大学卒業式にて

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  • アゼルバイジャン留学時代。祖母と母と

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  •  アゼルバイジャン留学時代。鉄道を住居にする難民を訪問

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  • フィンランド アレクサンテリ研究所にて。冬にハイキング

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  • 授業風景

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  • 廣瀬 陽子さん

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