Ms Wendy

2022年6月掲載

40歳で劇団を飛び出し、新しい演出で開花! 名わき役「そこに生きる」

鷲尾 真知子さん/女優

鷲尾 真知子さん/女優
1949年生まれ、神奈川県出身。69年、劇団NLTに入団。主要メンバーとして舞台出演するかたわら、TVドラマや映画で活躍。アニメ『うる星やつら』(81〜86年)では声優としてサクラ役を務め、話題に。89年に退団後は活動の幅を広げ、『大奥』シリーズ(2003〜05年)では、“大奥スリーアミーゴス”の一人・葛岡役で人気を集めた。
6歳から始めた日舞で歌舞伎座の舞台に

物心ついた頃から日本舞踊を習っていました。昔は「6歳の6月6日から芸事を始めると上達する」とされていて、母がそれに倣って6歳で習わせることにしたそうです。同時期、バイオリンとピアノも習いに行かされましたが、日舞が一番向いていたようで、結局、高校卒業まで続けました。

両親は満州で終戦を迎え、命がけの引き揚げを体験したからでしょうか。決して裕福な家庭ではありませんでしたが、兄と私、2人の子どもには親としてできるだけのことをしてあげたかったのだと思います。特に私に対しては、「男女や年齢に関係なく続けられる仕事に就いてほしい」という母の想いが明確にあったように思います。

日舞の師匠は非常に厳しい方でしたが、まわりの大人に引っ張られ、師匠の師匠、大師匠にも気に入っていただいて、中学生で名取になりました。自分で言うのも何ですが、けっこう上手だったみたいで(笑)、それこそ歌舞伎座の舞台にも立たせていただいたのです。でも、日本の古典芸能は世襲制。私がいくらがんばっても、師範の試験を受けて踊りの先生になる以外、その先の道はありません。人様に教えるのは私も母も望まず、高校卒業と同時にやめてしまいました。

走り続けた1年間は私の青春だった

じゃあ、将来はどうしようと思いましたが、母が舞台好きだった影響もあり、三島由紀夫さんの作品を上演していた「NLT」という劇団の養成所の試験を受けることになりました。私自身、子どもの頃から板(舞台)に立って、ライトを浴びながら地方の生演奏で踊ることに快感があったのでしょうね。自然とそちらに気持ちが向きました。「だったら早いほうがいいじゃない」と、高校3年生から養成所に通うことになり、二重生活が始まったのです。

幸い担任の先生が教頭で、「単位さえ取ればよい」と許可してくださり、3時間目まで授業を受けると学校を抜け、劇団のある六本木へ。叔父の家で着替えて母の弁当を食べ、養成所で勉強して、また叔父の家で制服に着替え、学校に戻って残りの授業を受けるというハードな毎日でした。

しかし、時間に追われ、走り続けたその1年間、私は楽しくて仕方ありませんでした。すべての出会いが新鮮で驚きの連続でした。私にとっては"That’s青春!"だったのです(笑)。それであっという間に1年が過ぎ、試験を受けてNLTの研究生になりました。

まさかの路線変更!?三島作品から仏喜劇に

ところが、研究生として紹介された総会で、あろうことか劇団が2つに分裂してしまったのです。三島由紀夫さんを筆頭に諸先輩方が抜けてしまい、残った私たちは、主にフランスの喜劇”ブールヴァール“を上演することになりました。

背が低く、とても日本的な顔をした子どもの私に、フランスの翻訳物では役が付かず、そこから3年間は、プロンプ(台詞(せりふ)を忘れた俳優に陰からそっと台詞を教える役目)とお茶くみに明け暮れました。

ただ、その間、京都の撮影所で時代劇の仕事が入り、日舞ができて着物を着られるベースがあるということで、1カ月に1回の京都通いが始まりました。日舞で身につけた所作が、生かされました。

このままここにいていいのだろうかと悩んだ時期もありましたが、座長から「真知子にこの役をやらせてみたいと思わせる役者になってみろ」と言われ、もう少しがんばろうと、劇団はやめませんでした。座長に厳しく育てられ、演技の基礎を叩きこまれて、22歳頃からは主要な役をいただけるようになりました。

芝居が大嫌いに。40歳で第2の人生を

しかし、1つの劇団に長くいると徐々に息苦しさが募ってきました。みなさんにもそういうご経験はあるのではないでしょうか。同じ組織に長くいると、居心地の良さと同時に負のループというか、縛りを感じてしまって、いつやめようか、でも目の前の舞台がある…という繰り返しに陥り、いつの間にか芝居が大嫌いになってしまったのです。

最終的には今の環境を変えたいという想いが強くなり、退団。気がつけば40歳になっていて、決して若いとは言えませんでしたが、NLTにいた主人(故・中嶋しゅう氏)とも話し合い、ともに劇団を出る決心をしました。

けれども、自分が求めれば、新しい出会いは必ずやってきます。退団後、野田秀樹さん演出の作品に出演、栗山民也さんら新しい演出家とも出会えました。そのときの驚きと言ったら!心が自由で、開放的になり、私が17歳で養成所に通い始めたときと同じぐらいの感動がありました。

当時を振り返ると、思い切って舵を切れたからこそ、第2の役者人生が待っていたのです。決断に早いも遅いもありません。人生なんてあっという間。若い方には「人生、守りに入るな!がんばれ!」と応援したい気持ちです。

舞台も、映像作品も、「そこに生きる」

おかげさまで今は多くの映像作品にも出演させていただいています。そこでよく聞かれるのが、「舞台と映像の違いは何ですか?」という質問です。私はわりあい飽きっぽい性格なので、舞台のように稽古に時間をかけず、現場に行って短い時間集中して撮影し、パッと終わるドラマの身軽さも好き(笑)。でも、突き詰めると同じだと思うのです。同じというのは、役者は、「そこに生きる」「その瞬間に生きる」ことが仕事だからです。

違いがあるとすれば、映像は私たちが「そこに生きた」瞬間をカメラが写し、それを自分で見ることができます。一方の舞台は、「そこに生きた瞬間」を自分は見ることができません。舞台はお客さまと同じ時間を共有することで作品が完成します。

たとえば、この7月に『ザ・ウェルキン』という舞台に出演します。18世紀半ばの英国を舞台に、1人の少女の生死を決める審議が行われる様子を描く作品で、台本を読むだけで何度も胸が苦しくなりました。

現実にも不条理な出来事は絶え間なく起こっていて、18世紀とあまり変わりません。そのことへのもどかしさや自分の中に葛藤を抱えながら役と向き合い、演じるプレッシャーもあります。しかし、役者が「そこに生きる」ことができれば、スタッフ、キャストのエネルギーが一つになってお客さまに届き、何かを感じてくださる。そんな作品を、1人でも多くの方に見届けていただけたらと思います。

性格的に近いのはカムカムのおばあちゃん

今年の1月、2月は5本の台本を持っていて、そのうち2本が地方の違う方言でした。正直、台詞を覚えるだけで大変!それこそ今年73歳ですから記憶力も衰えてきますし、早めに台詞を体に入れないといけません。優先順位を決め、どこで自分の気持ちを次の作品に持って行くか、調整もひと苦労…。でも、役者って欲張りだから、お話をいただくとつい受けてしまうのですよね(笑)。

体に覚え込ませても、現場に入って自分が思うキャラクターと監督の方向性が違えば、そこでまた変えないといけません。柔軟さがないとやっていけないのが役者。そういう意味では、ケセラセラで「なるようにしかならないわ」という部分が必要で、あまり突き詰めて考えない、けっこういい加減な性格の私にぴったりかもしれません。

長い役者生活でいえば、朝ドラ『カムカムエヴリバディ』の”安子編“で演じたヒロイン安子の祖母・橘ひさ役が私自身に近かったかなと思います。しっかり者に見えるけど、せっかちで、ちょっといい加減で(笑)。脚本家の描く「ひさ」が自分ですごく腑(ふ)に落ちて、自然に演じることができました。

ちなみに、もしも役者でなかったら、スポーツ選手になりたかった。一番好きなのは100メートルの短距離走です。スタートラインにつくまでには想像を超える準備が必要ですが、わずか数秒で結論が出る潔さが好きなのです。今でもテレビで陸上競技の中継を見ると、「1回やってみたかったな」と思います。

テレビに向かって1人で怒っています

プライベートはごく普通です。演じる仕事をしているだけで、みなさんと同じように買い物に行き、「今日の夕飯はどうしようか、稽古場に行くからおにぎりでもつくっていこうかな」と考え、通りすがりのきれいな緑を見て、「自然はやっぱりすごいな」と思う。

健康管理も特別なことはしていません。食べたいものを食べて、がまんしない。それから、自分がわからないことに対して興味を持つ。あとは、喜怒哀楽が案外激しいかもしれません。ニュースを見ては、テレビに向かってよく1人で怒っています(笑)。

ストレスをためずに心を開放して、柔軟な気持ちを持っていれば、いくつになってもきっと素敵な出会いがあると思っています。

(東京都港区にある国際文化会館にて取材)

  • 幼少期、自宅で母と

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  • 6歳の6月6日に日本舞踊を習い始めた

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  • 中学生で名取に。歌舞伎座、新橋演舞場にも出演した

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  • 制服・三つ編み姿で学校から直接養成所に通っていた頃

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  • 舞台女優になることを強くすすめてくれた母。2002年、78歳で他界するまで応援してくれた

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  • 次回出演作は『ザ・ウェルキン』。命がテーマのハードな作品だが、「“そこに生きる”ことは変わらない」と語る

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  • 鷲尾 真知子さん

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