Ms Wendy

2020年12月掲載

報道がもたらした感染症の予防効果 分かりやすく伝えることが私の使命

岡田 晴恵さん/感染症対策専門家

岡田 晴恵さん/感染症対策専門家
1963年生まれ。共立薬科大学(現慶應大学薬学部)大学院薬学研究科卒、順天堂大学大学院医学研究科後期中退、ドイツ・マールブルク大学医学部ウイルス学研究所に留学。厚生労働省国立感染症研究所研究員、日本経団連21世紀政策研究所シニア・アソシエイトを経て、現在、白鷗大学教育学部教授。著書に『最新知見で新型コロナとたたかう』(岩波書店)、『病気の魔女と薬の魔女』シリーズ(学研プラス)『新型コロナ自宅療養完全マニュアル』(実業之日本社)ほか多数。
『小さい魔女』が読書好きのきっかけ

幼い頃からよく本を読んでいました。母がとても厳しく教育熱心な人で、テレビや遊びといった自由はきつく制限されていましたが、本を読むことは奨励してくれましたので、毎日、読書をしていました。

記憶にある最初の本は、オトフリート・プロイスラーの児童文学『小さい魔女』です。小学校3年生くらいで読んだと思います。それから魔女のことも好きになり、ドイツを留学先に選んだのも、物語の舞台、ドイツ・ハルツのブロッケン山に行きたかったという理由が少しあったかもしれません。

その頃、母に銀座4丁目の「三愛」で、輸入品の小さな魔女の人形を買ってもらいました。ヨーロッパでは「キッチンに飾ると魔除けになる」といわれている魔女。その魔女は、私の手元に今もあります。

その後、いろいろな作家の本を読むようになるのですが、いつかプロイスラーのような想像力豊かな文学を書きたいと思っていました。

小学生で司馬遼太郎 今も読書に夢中

ひとたび本の世界に入ると、その作家の描く時代や場所に浸って疑似体験できるわけで、これは人生を広げることになります。それが楽しくて、小・中・高校時代まで、2日に1冊は本を読んでいました。小学校の高学年では司馬遼太郎先生の本をよく読んでいましたから、変わった子でした。

今でも自宅や大学の教授室には大量の本があって、私の書斎はまるで図書館のようです。壁には造り付けの本棚があり、床から天井までぎっしり本や資料が詰まっています。行儀がいいか悪いかは別にして、お風呂に入るときも、食事をするときも本を広げています。

国語は学習の基盤・基礎かと思います。私は現在までに本を120冊以上自分でも書いていますが、執筆で大事になるのが膨大な資料を読んでまとめる作業です。それらをこなせるのも、読書で得た読解力、理解力が大きいと思います。

感染症について分かりやすく伝えたい

そのまま文系に進まなかったのは、母から「女性もこれからは手に職を持ちなさい」と言われたからです。私も妹も大学の教員になっているのは、母の教育方針だったと思います。

大学院の修士課程と博士課程で生化学と免疫学を学び、科学技術庁(当時)の研究員を経て、厚生労働省の国立予防衛生研究所(現在の国立感染症研究所)に就職しました。

さまざまに問題となる感染症はありますが、国は定期接種として強く接種を推奨するワクチンを決めています。そのワクチンを打たなかったお子さんが不幸にも亡くなったり、後遺症が残ったりして、そうしたお子さんのお母さんたちと接する機会もありました。また、インフルエンザ脳症という重篤な疾患を発症したお子さんのお母さんたちにシンポジウムでお会いすることもありました。実はそのときの体験が、その後の私の人生に大きな影響を与えることになります。

「もしもこの病気の怖さを知っていたら、ワクチンで予防したのに」と、ポロポロ泣きながら話すお母さんの話を聞いて、一般の人に分かりやすく感染症を伝える本をつくらなければ…と強く思ったのです。私たち研究者が常識だと思っている知識も、一般の方々には知られていないのだと痛感しました。

それから科学雑誌の連載なども進んで受けるようになり、どんどん原稿の依頼がくる中で、お母さん向けの本や子ども向けの児童書も書きたい。絵本や教材をつくって、小さな子どもにこそ教育すべきだと思うようになったのです。

おとぎ話のようなドイツの街に暮らして

2008年、私は初めて児童書のファンタジー小説『病気の魔女と薬の魔女』を出せるようになりました。ですがその数年前、ドイツに留学した頃には草案を書き始めていました。物語はそのときの経験がベースになっています。ドイツ人の友人の実家の農園に遊びに行ったり、森に散歩に行ったり、その友人宅にホームステイのようにしてドイツの生活を経験していました。

私が留学したマールブルク大学のウイルス学研究所は、世界中から研究者が集まる国際的な研究所です。大学には壮麗なゲストハウスがありましたが、私は1600年代に造られた、もともとは教会の古い施設に住んでいました。ふとお皿をひっくり返すと1602年と書いてあって、電気はついていましたがそれ以外は古いままで、チェンバロもありました。ベッドや家具もアンティーク。使い心地は良くはなかったけれど、古い文化がそこに息づいており、文化財に住んでいるような気持ちでした。

部屋の窓を開けると、山の上にルターが宗教問答をした城が見え、目の前には13世紀からの聖エリザベート教会の塔が立っています。眼下にはラーン川の支流が流れ、白鳥が子育てをしていました。石畳が敷き詰められたまるでおとぎ話の舞台のような街で、グリム童話を残したグリム兄弟が通っていたのもマールブルク大学であり、彼らの住んでいた下宿には今も学生が住んでいるのです。

大好きな魔女たちが頭の上で会話を始めた

児童文学を書くにはこれ以上ない環境だったかもしれません。朝から夜までは研究所で仕事をして、下宿に帰ると幼い頃から私の心の中に棲みついていた「小さい魔女」の仲間の魔女たちが、会話のように物語をささやき始めたのがこの頃です。

大学の研究室では怖いウイルスを扱いながら、時間が空くと街を散歩しつつ構想をふくらませ、次第に病原体を振りまく魔女と、その病気から人間を救おうとワクチンづくりに奮闘する魔女のローズ(彼女は私の分身ですね)のキャラクターが生まれ出て、プロイスラーの思いを受け継ぐ、私なりの科学ファンタジーとなりました。

そして、2003年の新書デビューから遅れること五年、プロイスラー先生の『小さい魔女』の日本語版を出したのと同じ出版社(本屋さんで先生の本の隣に並ぶことが夢でしたので同じ出版社にしました)から『病気の魔女と薬の魔女』シリーズを出すことができました。

先を見据えた感染対策 伝える使命がある

テレビでさまざまな感染症について解説するようになったのも同じ頃です。初めての出演は2005年くらいかと思いますが、2008年頃はインフルエンザやO157の話題で、昨今のコロナのようによく出演していた時期がありました。

カメラの前で話をするのは今も緊張します。ミスが許されないですし、先を見据えて対策を言わないと流行してからでは間に合わなくなるので、先に先に啓発するように言わなくてはなりません。言うべきことをもらさず言わなくてはと、自分に課していたときもありました。しかしそれは大変な情報量になります。

あるとき、それでは聞く人も見る人もオーバーフローしてしまう。だから少し抑えて、心を込めてゆっくり説明しようと気づきました。「分かってもらえるように伝えることが大切だ」と考えるようになったのです。

新型コロナ対策 若者と高齢者の温度差

新型コロナウイルス感染症は、若い人は無症状、もしくは軽症者が多いのに対して、高齢者、基礎疾患のある人が感染すると肺炎を引き起こし、重症化すれば死亡率が高まる可能性がある病気です。ですから、人によって「怖い」と思う人、「たいした病気じゃない」と思う人がいて、温度差が大きい感染症であると思います。

そのため、年齢層、世代間で考え方や予防の実践、日常の行動に大きな隔たりがあるのもこの感染症の対策が徹底できにくいところです。しかし、若い人が重症化しないわけではなく、割合が少ないということです。この感染症は、目・鼻・口の粘膜から侵入するのですが、一般的に感染症は被ばくするウイルス量が多いほど重症化しやすくなります。ですから、若い人もやはり予防はしていただきたいと思います。

今は、高齢者や基礎疾患がある人や重症者が入院となり、それ以外の人は基本的には自宅療養することになってしまっています。ですから、流行が拡大してしまうと、親世代が感染して自宅療養となってしまったり、中高校生の子どもたちが看護するケースも出てくるでしょう。コロナだけでなく、インフルエンザなどの呼吸器感染症が増えるのは特に“冬”。だからこそ国民全体で感染症全般を予防しながら、そして医療従事者の方々を応援しながら、みんなでこの病気を乗り切っていかなくてはなりません。

マスク、手洗い、部屋の換気を維持し 報道に注意を

今年の1月から3月は、みんながマスク、手洗いを徹底した結果、コロナ、インフルエンザといった呼吸器感染症はもとより、小児の風邪も感染率が下がりました。それはテレビの報道(コロナの予防啓発)による国民の行動変容が大きいと思います。各局がさかんに注意喚起し、自分のことだと受け止めた人たちが感染症対策をした結果、いろいろな感染症の予防ができたのです。

でも、今は報道も減って気持ちも緩んでいませんか?

冬本番に向かって市中感染率を抑えるには、やはり皆さんがどれだけウイルスの感染機会を減らせるかにかかっています。

あまり神経質になりすぎるのもよくありませんが、部屋の換気が大事です。予防行動をとりつつ、身近な報道を常に注視していただきたいと思います。

(都内にて取材)

  • 1歳のころ。自宅にて

    1歳のころ。自宅にて

  • ウイルスが感染する様子を分かりやすく説明したイラスト

    ウイルスが感染する様子を分かりやすく説明したイラスト

  • ドイツのマールブルクの街中にて

    ドイツのマールブルクの街中にて

  • ドイツのマールブルク大学に留学していた頃

    ドイツのマールブルク大学に留学していた頃

  • 報道番組でもコロナについて視聴者に分かりやすく伝える(画像提供:テレビ朝日)

    報道番組でもコロナについて視聴者に分かりやすく伝える(画像提供:テレビ朝日)

  • 岡田 晴恵さん

(無断転載禁ず)

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