芝居は私の存在そのもの~役者は人を『癒す』仕事なのかもしれませんね
- 大竹 しのぶさん/女優
- 1957年東京生まれ。
75年、映画「青春の門 筑豊編」で映画デビュー。同年、NHK朝の連続ドラマ「水色の時」で最年少のヒロインを演じる。
以後、舞台、映画、テレビドラマなどで幅広く活躍。
03年読売演劇大賞最優秀女優賞をはじめ、数々の賞を受賞。
著書「私一人」(幻冬舎)。
ミュージカル「グレイ・ガーデンズ」が、09年11月7日~12月6日まで東京・シアタークリエにて、12月12日大阪・シアターBRAVA!にて上演。
母と娘っていうのは、結構難しいテーマだなと思いますね
デビューして34年、今年は3本の舞台に出演し、今まで演じたことのない新しい役柄に挑戦しています。6月には中村勘三郎さん率いる「コクーン歌舞伎」の現代劇「桜姫」で、ヒロインの人生を16歳から演じました。なんと自分の娘よりも若い役。でも、若いんだって思いこんだら自然に体が動いてた。調子に乗りやすいんですね(笑)。
その後、野田秀樹さんの話題作「ザ・ダイバー」に続いて、この11月からはミュージカル「グレイ・ガーデンズ」に出演。
ミュージカルは、今まであまり演じたことがなく遠い世界のような気がしていたんですが、2年ぐらい前にこの舞台のお話をいただいて、これなら歌も芝居も同じ感覚でできるかなって。いつも新しいことにチャレンジするのが好きなので、また一つトライするチャンスをいただけたという感じですね。
「グレイ・ガーデンズ」は、もともと実話をもとに作られたドキュメンタリー映画をミュージカル化したもの。第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの妻、ジャクリーン・ケネディ・オナシスの叔母とその娘が主人公で、上流社会で暮らしていた2人が没落し、愛憎をぶつけあいながらもお互いに支えあって生きていく、母と娘の物語。私は、その娘のリトル・イディとイーディスの二役を演じます。
ケネディー家といっても日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、母と娘の話なら、分かりやすいんじゃないかなと思います。でも、母と娘っていうのは、結構難しいテーマだなと思いますね。母親にとって、男の子はかわいいだけなんだけど、娘は、女どうし分かりあえる同志でもあるし、あるときから対等な関係になって、時にはぶつかりあう。もちろん、何のこだわりもなくお互いに「大好き」って言える親子もいると思うけど、うらやましいと思う半面、どこかでホントかな?と思ってしまう。だから、母と娘っていうのは、女性にとって、一生のテーマなのかもしれない。
今回、私の母親役は草笛光子さん。女優として大先輩のキャリアですし、初めて先日お会いして、すごいエネルギーを感じました。まだ若い人には負けないわよっていう。そういう姿を見るとカッコいいなってうれしくなりますね。だから、草笛さんとの共演はとても楽しみ。お互いに大好きだけど、ライバルの母と娘。舞台の上での女どうしの戦いも、どうしようもない愛と憎しみを上手く出せたらと思っています。
豊かな想像力を育んでくれた個性的な父
私が「芝居」の面白さを体感したのは、小学1年生のときの学芸会かもしれません。それまでは体が弱くて人見知りだった私が、生まれて初めて「桃太郎」のキジ役を演じたのです。大きな声でセリフを言って、みんなから拍手されたとき「なんて気持ちがいいんだろう」って。それ以来、学芸会で歌ったり、お芝居するのが大好きな、勝気で活発な少女に生まれ変わりました。
小学校のころは学級委員にも選ばれ、男の子とけんかをしても絶対に泣かなかった。文化祭になると出し物の演劇で、脚本・演出・出演まで任されて大張り切り。先生やクラスメートにも恵まれて、学校に行くのが楽しくて仕方がないという毎日。
そんな私にとって、大きな影響を与えてくれたのは父の存在でした。高校の教師だった父は、音楽や本が大好きで、ラジオから流れてくるベートーベンやチャイコフスキーの音楽を聞きながら、「ほら、お祭りでみんなが踊っているよ」とか「雨が上がったね」などと私に語りかける。その父の横で空想を膨らませていました。その半面、ちょっと変わり者だった父。日曜日になると自分が勤めている学校に行って、一人でトイレ掃除をしたり、私の中学の入学式のときも、いきなり保護者席から壇上に上がって「皆さん、元気が足りない」と一喝したり。
でも、結核に何度もかかり仕事が続けられず、代わりに母が働いて家計を支えていました。5人の子どもを育てながら家事もこなし、それでも何一つ文句も言わなかった母。父は明治44年生まれなのに、「お母さんを愛している」と臆面もなく言い、「お母さんを大切にするんだよ」と。小学校のころは、時々給食費も払えないほど貧しかったけれど、いつも私の心を豊かに満たしてくれた素敵な父が大好きでした。私が20歳のときに病気で他界してしまいましたが、その教えは今も大きな支えになっています。
ラブシーンを体当たりで演じた映画デビュー
高校生のころ、人気グループだったフォーリーブスの北公次さんが主演するドラマの相手役を募集しているのを知り、妹と一緒にオーディションに応募。なんと5000人以上の応募者の中から、私は脇役の一人に選ばれたのです。その後ドラマの続編にも出演することに。
でも、教師になる夢があったので、楽しい思い出にして一作で終えようとしたときに、オーディションの話がありました。それが、デビュー作になった映画「青春の門」でした。
17歳の私にとって、ラブシーンもあるこの役を、どう演じたらいいのか、本当に悩みました。でも、監督のレクチャーを受け、とにかく「監督さんを信じるしかない」と。体当たりで「織江」を演じました。そして、試写会でスクリーンの自分の姿を見たとき、みんなで一つの作品を創った感動で涙が溢れ出し、気がついたら映画館の出口で「ありがとうございました」と泣きながら、一人一人のお客さまに頭を下げていました。それが私の女優としての原点。あのときの感激、感動は、今も忘れることができません。
チャリティーコンサートで愛を伝えたい
50歳を過ぎ、私にできることがあれば、何か人のためになることがしたい、そう思うようになりました。ちょうどそのころ、ジャズピアニストの友人から、病院でピアノを弾いているという話を聞いて、「私もやりたいな」と。これがきっかけで始めたのがチャリティーコンサート。今年の7月も、全国5カ所で「あいのうたーFrancesca!」ツアーを開催しました。
もともと小さいころから歌うことは大好きでした。役を通して表現する演技と違って、歌は自分の気持ちをストレートに伝えられるから楽しいですね。といっても、自分の持ち歌があるわけでもないので、今歌いたい歌、伝えたい歌を選曲し、そのとき感じていることをトークで交えながらのコンサート。自分の気持ちとマッチしているので、ウソがないし、素の自分をそのまま表現できる気がします。聞いてくださる方の心に、ほんの少しでも愛を伝えられたらうれしいですね。
演技の醍醐味はエネルギーを出し切った開放感
役作りは?ってよく聞かれるんですが、特に何もないんです。もちろんセリフを覚え、関係する資料を見たり音楽を聴いたり、という最低限の勉強はするけど、あとは何も考えない。ほかの俳優さんは、いろんなアイデアを書き込んだりして台本が真っ黒になっているのに、私の台本はいつも真っ白。頭の中であれこれ考えないで、まず自然体で動いてみる。それを演出家の方にいいとか悪いとかジャッジしてもらいながら、稽古場で役を作り上げていく。舞台、映画、ドラマで、その役になりきり全力で演じきったとき、自分の中が空っぽになる。その開放感、快感はたまらないですね。
演技のパワーの源泉ですか? それは普段ダラダラしているから(笑)。
ただ、お酒を飲みすぎたり、夜更かししたりなど体に悪いことはしないですね。食事にも気をつけています。17歳でデビューしたころは、高校に通う電車の中でセリフを覚えるしかなかったし、子育てをしていたころも移動の車の中とか、短い時間に集中してセリフを覚えるのは一つの特技かもしれない(笑)。
結婚していたときは、「良妻賢母」でなければと理想の妻をめざし、離婚して親子3人になってからも、「いい母親」であろうといつもあくせくしていた私。でも、あるとき、自分で自分を固定観念で縛っていることに気づいて、少しずつ母親業も手を抜けるようになったんです。「少しぐらい放っておいても子どもはちゃんと育つんだ」って。今は子ども2人も手を離れ、役者業にも専念できるようになりました。
昨年、長男の二千翔は経営の勉強をするために渡米。そして今年の春には、長女いまるがこの世界でデビューしました。若い人の中には、自分が何をやりたいのかわからない人も多い中で、二人とも自分のやりたいことがはっきりしている。親としては、それだけでもいいのかなと思います。あとは本人の頑張り次第。最近は友達みたいな親子が増えたけど、私は親は親、子どもは子どもで、ある程度のけじめがある関係が好きですね。でも、いつも頼りにしていた息子がそばにいないっていうのは、ちょっと寂しい気もしています。
「人生は死ぬまで勉強」新しい自分を再発見
子どもが親離れして子育てが楽になったころ、あらためて、自分の人生を考えるようになりました。「自分の人生はこのままでいいのだろうか?」と。さらに、一人の人間として感じていることを発信したい、そう思って始めたのがトークと歌のコンサート。今まで知らなかった新しい世界へと心が広がり、大きなプラスになっているのを感じます。
でも、そのすべての基本にあるのは「女優であること」。デビューしたころは、演技することが楽しくて、面白い。ただそれだけだったんですけど、今、「あなたにとっての芝居とは?」と聞かれたら、私の存在そのもの。大げさかもしれないけど、舞台に立ち、芝居をすることが私の生きる喜びそのものなんです。やりがいのある役、いい作品に出会えたとき、この上もない幸せを感じます。
どんなに疲れていても、辛いことや悲しいことがあっても、舞台に立つと、そこは光の中。そこで私が芝居をすることで、観た人が少しでも元気になる。役者というのは、人を「癒す」仕事なのかもしれない。そんな風に今は思います。だからこそ、これからもずっとやり続けたい。 「人生は死ぬまで勉強」と言っていた父の言葉のように、いつも新しい自分を発見し続けていきたい。10年、20年後の自分の姿はあんまり想像したくないけど(笑)、でもきっと今と同じように、ワクワクドキドキしながら女優を続けているんでしょうね。
(東京都渋谷区スタジオエビスにて取材)
(無断転載禁ず)