Ms Wendy

2005年9月掲載

囲碁は人とのつながりを育む世界共通のゲームになるかもしれません

梅沢 由香里さん/囲碁棋士(五段)

梅沢 由香里さん/囲碁棋士(五段)
1973年、東京都生まれ。
1980年より父と囲碁を始める。
1985年、全日本女流アマチュア選手権8位。 1987年加藤正夫九段に入門する。
1995年、女流棋士特別仮採用試験(プロ試験)に合格し、1996年入段。
2002年9月、五段に昇段。
NHK教育テレビ「囲碁の時間」「あなたも夢中レディース囲碁」などにレギュラー出演。
「梅沢由香里のステップアップ囲碁講座・全4巻」(1巻8/25発売2巻10 月以降 )、子ども向けの囲碁漫画「ヒカルの碁」では監修を担当。
日本をはじめ中国、台湾などでも囲碁ブームを巻き起こし、話題になる。
2002年、プロサッカー選手(川崎フロンターレ)の吉原慎也氏と入籍。
2005年5月国際囲碁連盟理事に、初の女性理事として就任。
地獄を見て、1度は碁をやめた

小さなころから「負けず嫌い」。生意気なお転婆娘で、ままごとをしているより男の子と遊んでいるほうが好きな子どもでした。囲碁との出会いは、小学校1年のとき。父が子どもの日に、「お父さんと一緒に始めよう」と碁盤をプレゼントしてくれたのがきっかけです。碁はオセロ気分、ゲーム感覚で覚えていきましたね。今と違って、当時の入門篇は難解なもの。だけど先入観がなかった分、どんどん吸収していけました。始めて1年ぐらいで父を抜いていたと思います。

負けるとよく父にしかられましたね。娘の負けに、自分自身が悔しくなっちゃうタイプだから。一方で、勝つと“ごほうび"をくれました。あのころは碁が楽しくてやっていたのか、ごほうびがうれしくてやっていたのか、どっちか分からない(笑)。

子ども時代の思い出といえば、教室で自分ひとりだけできなかった碁の問題とか、成績の悪かった大会のこととか、覚えているのは悔しいことばかり。本当に負けず嫌いな性格でした。

14才のときプロになるべく加藤正夫九段に入門し、日本棋院の院生となりました。小学生からプロを目指す人もいる中、この世界では遅いスタートでしたね。それは、自分の心がなかなか決まらなかったから。ずっと厳しい勝負ごとの世界で生きていく覚悟ができなかったんです。まだ中学生だったし、碁を好きでやっているのか、負けるのがイヤでやっているのかもよくわからなくて。「負けたくない」プレッシャーを一生背負い続ける自信が持てない中、決断させたのは師匠(加藤九段)との出会いでした。名人である師匠のようなすごい人に「プロにならないか」と薦められたことは、とても幸せではないかと思えてきたんです。かくてスタートとしてはギリギリでしたが、プロへの道を進むことにしました。

ところが、その道は紆余曲折を極めました。当然受かる予定だったプロ試験に、なかなか合格できなくて。高校時代も受からず、大学生になっても受からず。試験には14~15回落ちたでしょうか。あまりに不合格が続くと、次第にイヤになってしまうもの。そのうち、また負けたらどうしようという恐怖にとりつかれてスランプに。一方大学生活の方は、世界が広がって、もう楽しくて楽しくて(笑)。そしてあるとき、完全に碁をやめてしまったんです。「もうこんなストイックなことやってられるか、遊んじゃえ!」と。

そのうち、ふと我に返りました。「自分はこれから何をしていこう」と考えたんです。そのとき、私の前にあったのは碁。失敗したら、悔しい。成功したら、うれしい。こんなにも自分を興奮させるもの、激しい感情を沸き起こすものは囲碁のほかにないじゃないか、と。囲碁をやめて客観的にみたとき、自分にはこの道しかないと悟ったんですね。またプロ試験を受けても受からないかもしれない。でも、フィフティフィフティに賭けてみようと思い、再び試験に挑戦することにしました。

それからも、試験の本選まで行ったのに次点で落選、優勝候補筆頭だったリーグ戦でも次点で落選と不合格続き。そして大学4年の12月。女流棋士の特別仮採用試験を受けに行くとき、途中の満員電車の中で思わず涙があふれてしまいました。今まで受からなかった悔しさ、そしてまた3週間にわたるリーグ戦の試験を受けに行く現実、そしてまた受からないかもしれないというプレッシャー。そんな感情のトリプル攻撃に襲われたんですね。

結果は合格。もうそのときは天に昇るような喜びでしたね。何がうれしいって、もう試験を受けなくてもいいんだから(笑)。母と師匠に合格したことを早速報告しました。母は電話の向こうで泣き、師匠は「そう」と。報告して喜んでくれる人がいることは、本当にうれしいですね。生涯これ以上の喜びはないと思うくらい、最高の瞬間でした。

心残りは大学3年のときに亡くなった父のこと。念願のプロ棋士になった姿を見せることはできなかったけれど、父にはとても感謝しています。

台湾での囲碁熱、大スター扱いにびっくり

囲碁は「難しい」という先入観を持たれがちですが、本当は簡単なんですよ。ゲーム好きな人なら、ハマると思う。昔と違って覚えやすい入門書もあります。囲碁を学ぶポイントは、「人とやる」こと。1人で勉強するより、友だちと始めると楽しみながら覚えられます。特に「負けたくない」というライバルを持つといいでしょう。私自身にもライバルはいますが、盤上を離れるととても仲の良い友だち同士になります。

碁って、マニュアルどおりに打って勝っても面白くない。達成感がないんですよ。創造力を高めながら対抗手段をクリエイトし、それが成功したとき喜びと満足感が広がっていきます。これはマニアックな醍醐味ですが。

対局のときに集中力を持続させるには、日常の過ごし方も大切。ふだんダラダラしていると、いざというとき集中できない。かといってずっと集中し過ぎても、肝心なときにもたない。碁盤に向かったらすぐ集中できるよう、普段から習慣づくりをしています。

囲碁の良いところは、対戦した後に「ここが良かった」とか「悪かった」とか、相手と会話ができるところ。棋道(きどう)といいますが、囲碁を通して礼儀を学び、人間として成長することができる。子どもも囲碁を勉強すると、自然と大人と接する機会も増えて、人間形成面で役立っていますね。

先日、指導に行った子ども囲碁教室で、子ども同士のけんかが始まりました。すると、「そういう言葉を使っちゃいけないよ」と一緒に訪れた棋士が言いました。私自身そんなふうに強く言えないタイプなので、「すごいな」と逆に感心してしまいました。

子どもは大人の心を映す存在。大人の行動をよく見ていてすぐ真似するから、逆に大人のわれわれこそしっかりしないといけないと常に思っています。

今日の子どもたちへの囲碁の普及に大きく一役買ったのが、囲碁漫画の「ヒカルの碁」(ほったゆみ原作/小畑健画)。監修を勤めさせていただいたこの漫画のヒットによって、多くの子どもたちが囲碁に親しんでくれました。この漫画は中国、台湾やタイなどで翻訳されて、大きな反響がありました。

以前、台湾で開催された子ども囲碁大会に行ったときのこと。着いたら、大スター扱い。記者会見まで開かれたりして、私はそんなことに慣れていないからびっくりしちゃった(笑)。

子ども大会の参加者はなんと3000人。日本でも3000人規模の大会なんてないから、現地の囲碁ブームのすごさが分かりました。現在囲碁の3強といえば、日本・中国・韓国。ですが、近い将来台湾が加わり4強に、そのうちタイも加われば5強の時代を迎えるのではないでしょうか。

料理のレシピ本を見てワクワク

主人(吉原慎也氏)はプロサッカー選手。囲碁棋士の私とは「目指すものがある」という点では共通していますけれど…。やはりスポーツ系と文科系は違うところも多々あります(笑)。

私、決まりきった生活が嫌いなんです。同じことをしているとつまらなくなるので、日夜新しいことをやろうと考えている。料理も、同じものを作るのは嫌い。おいしいと好評のメニューでも次に作るのは半年後くらいかな(笑)。料理の本を買ってきて、新しい料理を作ってうまくいくと、すごく楽しいんです。

お料理を作るより、料理の本を「次は何を作ろうかな」とワクワクして眺めるほうが好き。1冊の本で実際に作る料理ってせいぜい3つか4つくらいでしょう。しょっちゅう買ってくるから、うちにはレシピ本が山のようにある(笑)。

得意料理は「じゃがいもと餅キビのクリーミーコロッケ」。これは主人にも大好評の1品。だけど下準備に手間がかかるので“3ヵ月に1度の料理"とさせていただいております(笑)。

健康のため、食べものの内容には気をつけていますね。肉は鶏肉だけ食べるようにし、砂糖をすべて断ってみたら、激ヤセしてしまって。周囲にすごく驚かれました。

悩みは腰痛。これは長時間座ったままの仕事からくる職業病です。ちなみに棋士の95%は腰痛持ちとか。先日、主人がバランスボールという腰痛に効くトレーニング用の大きなボールを買ってきてくれたので、今ではテレビを見るときもそのボールに乗っかっています。

ストレス解消は、“おしゃべり"で。だけど主人は無口で、話を聞くのも好きじゃないから無理に付き合ってもらうのも、申し訳ない。近ごろはお互い性格も分かっているので、満たされない部分はほかで解消。棋士仲間相手に、思いきりおしゃべりしています(笑)。

囲碁を通して世界に人の輪が築けたら

今年の5月、国際囲碁連盟の理事に就任しました。女性としては初の就任。いま頭脳国際大会を開催する計画があり、北京オリンピックの後にできるよう働きかけているところ。囲碁が頭脳スポーツとして国際的に普及するのに、自分が一役買えたらうれしいです。

国際的な大会があれば、やる人の大きな目標になるし、人の輪を築くきっかけにもなる。囲碁の良さは、誰でもプレーヤーとして主役になれて、言葉が通じなくても互いにすぐ親しくなれるところ。私自身海外の交流戦で対局した相手は覚えていて、たとえ10年たっていても会えば互いにまた交流を温められます。

友人の主宰する団体のコンセプトに「世界中にお友だちを作ろう」というものがあります。もしどこかの国に友だちができれば、その国に対して悪い感情を持たなくなる、というもの。その輪が広がっていけば、やがて世界中で戦争がなくなるかもしれないですよね。そんな願いを持ちつつ、囲碁を世界に広めていこうと思っています。

「ヒカルの碁」は今ヨーロッパでも翻訳されているので、これから碁は世界的にすごいブームになるかもしれませんよ。考えてみれば、世界共通のゲームってあまりないですよね。将来それが碁になるかもしれない。

そうなれば、例えば海外旅行に行った先で、現地の人と碁を打つこともできる。普通に海外旅行してもなかなか現地の人と触れ合える機会はない。だけどこれからは碁が、現地の人たちと親しく交流するきっかけになるかもしれません。

私自身の目下の抱負は、タイトルを獲ること。もっと囲碁を勉強して、自信を深めていきたいです。

囲碁は簡単で楽しいもの。「難しい」と思わずに皆さん、ぜひ碁をやってみてくださいね。

(東京都千代田区五番町 日本棋院にて取材)

  • 囲碁をはじめたころ、2年生

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  • 梅沢 由香里さん
  • 師匠である故・加藤正夫九段と。 本因坊位就位式にて。

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  • ご主人と沖縄の旅行先で

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  • ヨーロッパでの囲碁の指導

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  • 5年前、植樹のボランティアで訪れたベトナムにて

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