いつも胸にときめき輝かせて
- 藤田 弓子さん/女優
- 1945年、東京都生まれ。都立城南高校卒。
文学座に入団後、68年にNHK朝の連続テレビ小説「あしたこそ」のヒロインに。71年に文学座を退団し、フリーになる。テレビ、映画、舞台、講演など、幅広く活躍。
主な出演映画は「泥の河」「さびしんぼう」(キネマ旬報最優秀助演女優賞・日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞)など。「遠くへ行きたい」「欽ちゃんの仮装大賞」「大改造!!劇的ビフォーアフター」などにレギュラー出演中。
もっと「本物」に触れよう
先日ニューヨークに行って、ミュージカルを観たりジャズを聴いたりしてきました。感性が錆び付かないように、ときどき旅をするんです。 ブロードウェーでは、トニー賞受賞作品「プロデューサーズ」、そして「42ndストリート」を観ましたが、どれも素晴らしかったですよ。それに比べて「日本のエンターテイメントは、100年遅れている」ってつくづく実感してしまいました。
なぜ日本が遅れているのかというと、「本物」を知らないから。服でも絵でもそうですが、みんな本物を見ていないから、何が上質かを知らない。特に若い人の判断基準が低くなりましたね。ブランド物にしても本質を知ることなく、単にファッションとしてとらえてしまっている。
安っぽい物をどんどん買って、使い捨てする風潮もありますね。Tシャツ着てても、かっこいいならいいですよ。そう着こなせる人は、正装での振る舞いもきちっとできるはずですから。
大体日本がこんなふうになったのも、私たち大人の世代が教えなかったからいけないんです。私たちの親の世代は、戦争で物のない時代を苦労して生きたから、その反動で子どもには食べるものでも着るものでも何でも買い与えてしまった。イギリスやフランスでは、本物とはどういうものかを代々伝えていくような歴史の重みがあるんだけど、日本には一切ないでしょう。
ニューヨークでも、新しいものを取り入れようとする生命力が溢れている。しかし日本ではそんなパワーもダウンしてしまっているように思います。
だから「世界と比べると、自分たちはまだ単純なマナーすら身に着けていない」ということを実感するのが大切ではないかしら。お酒の飲み方にしてもそう。飲み屋さんで「イッキイッキ」的な安っぽい飲み方もいいけれど、ジャズのトリオが演奏する空間で飲むような、お洒落な飲み方もあることを知ってほしい。もっと「本物を見よう」という気になってほしいんですね。
静岡韮山町で自然とともに暮らす
私は東京生まれの東京育ちですが、いまの東京は昔と比べてかなり安っぽくなった感がありますね。
母は生粋の江戸っ子で、旬を非常に大切にしていました。着物も季節によって着分けたり、裏生地にも綺麗な色を選んだり。食べ物も旬を大切にして料理していました。それは旬のものは身体によいと知っていたから。だから料理は、とっても知的な作業なんです。
現在の住まいは静岡県の韮山町。第2の故郷となった韮山に移り住んで15年になります。韮山の魅力は、景色や空気の良さと同時に、お水が美味しいところ。普通の水道から出る水が栄養とミネラルたっぷりで、極端に東京の水とは違うんです。皆さんうちに来ると、便秘が治っちゃうくらい(笑)。お米を炊いてもツヤツヤピカピカで美味しくなるし、お茶をいれても全然違う。韮山に移り住んで、水のすばらしさには感動しました。
また、東京にいると感じにくくなった季節の変わり目が、はっきりとわかるところも魅力ですね。
座長として、演技指導に励む
韮山駅前に「韮山時代劇場」という町の文化ホールがあるんですが、4年前から私は劇場付属劇団の座長として、素人の劇団員さんを指導させていただいています。劇場の柿落しでオペラを上演した際に、私は女優として、夫は演出家として関わって。
そんなご縁で、いろいろな方々が「時代劇場を文化の発進基地にしよう」と集まり、自分も何かお手伝いできることはないかと思ったのがきっかけでした。
本格的に演技指導するのは初めてで、教えるにあたってあらゆる古典や演技レッスン法などの本を読みました。不思議なもので人に教える、演出するという立場で読むと、シェイクスピアでもなんでもとっても深く読めるんですね。演劇や舞台、女優について、いまが1番考えているときじゃないかしら。ニューヨークの舞台を見にいって、舞台全体のつくりや演出、美術についてもチェックしてきました。これからも毎年1回は、繰り返して観たいと思っているんです。
泣いて笑って… 大感動の舞台
劇団員は15才から70才まで、学生から主婦、会社の社長さん、お坊さん、看護士さん、幼稚園の先生、リタイヤした人とさまざま。この人たちが素人とは思えないくらいすばらしいんですよ。
演技指導していると、みんな目をキラキラさせて、すごい吸収力で学んでいく。私はほめて育てたい主義。みんなそれぞれいいところを持っているから、それを引っ張りだしてあげたいんです。劇団員のなかには、舞台で拍手をもらって生き方が変わったという人だっています。
芝居のできもいいんですよ。東京のそこらへんの芝居のほうが全然安っぽく感じるくらい(笑)。作家である私の夫が座付き作家としてオリジナル作品を書いています。韮山出身の名代官で、日本で最初に反射炉(大砲などの鋳造施設)を作った江川太郎左衛門の、生誕200年を記念にした芝居も好評でした。今年も春に上演したものが大好評で、また12月に再演が決まっています。「メ・ジャーモ・ゲバラ」といって、革命家のゲバラが普通の青年に憑依するという話。最後は年寄りたちが元気になって、ロックンロールを踊るという楽しい内容。今度はこの芝居をお年寄りたちにも観てもらって、元気になってもらいたいと考えています。
芝居というのは、お金を払って観にきてくれた人が、時間を忘れて泣いて笑って感動できるものであるべき。観てて面白いものでないと、私自身イヤなんです。去年、町の中学生や高校生に劇団の芝居を見せました。1時間半の芝居なんて落ち着いて見ないような子たちが、泣いて笑って拍手して、ものすごく感動してくれた。あのときは本当にうれしかったですね。
ときめきに年齢は関係ない
人間って、ときめきを無くしたときに老けこんでしまうもの。うんと若い人だって、ときめきがない人生を送っていれば、一気に老けこんじゃうんですよ。
最近は若い人の表情が乏しくなったのが、すごく気になりますね。表情が乏しいのは、心の表情が乏しいから。そんな意味では、今年のサッカー・ワールドカップでは、少し若者たちが表情を取り戻したようにも思います。もっともっと、悔しさやうれしさという、感情に起伏を持って生きてほしいですね。
またそれは、年をとっていても同じことが言えます。たとえば「私、野球なんか見てもわからないから見ない」なんて閉じこもってしまうのはすごくつまらないこと。
「野球って面白い」ってワーッて騒いで見たほうが、絶対得じゃないですか。ルールがわからなかったら、誰かに聞けばいい。「いまさら恥ずかしい」という人には「たかだか60年、70年生きたくらいで大人ぶるなよ」って言いたい(笑)。ニューヨークでは80才の人も、少年や少女のように表情豊かに笑い、しゃんと歩いていました。「私は年寄りでございます」と歩いている人なんて、1人もいませんでしたよ。私もまだまだ人から教えられることがたくさん。15才の劇団員の子から刺激をうけることもあるし、年齢とか経験の有無なんて関係ない。いくつになっても何かに感動し、ときめきを忘れない人生をおくりたいですね。
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