トイレもない秘境への旅 動物的本能が目覚める瞬間が、好きなんです
- 星野 知子さん/女優
- 新潟県長岡市出身。法政大学社会学科卒。
テレビ小説「なっちゃんの写真館」で主演デビュー。
女優業の他、「ミュージック・フェア」の司会や「ニュース・シャトル」のキャスターなども務める。ドキュメンタリー番組への出演も多く、アマゾンやペルー、シベリアといった秘境も含め、世界40ヵ国以上を歴訪している。
映画「失楽園」で、1998年日本アカデミー賞助演女優賞優秀賞を受賞。現在、NHK-BS2「週刊ブックレビュー」に司会者としてレギュラー出演中。
4月27、28、29の三日間、世界初となるインドからの生中継番組、NHK-BS2日本・インド国交樹立50周年記念「立体生中継 インド・心の大地」に出演。主な著書に「トイレのない旅」、フォト&エッセイ「旅の写心館」(講談社)、「フェルメールとオランダの旅」(小学館)などがある。
「ありがとう」は 万国共通のことば
この4月にインドへ行き、3日間にわたって現地生中継の番組に出演する予定です。番組を企画したのは私自身。日印21世紀賢人委員会のメンバーだった私が「大衆文化を通じてインドと日本はもっと仲よくなろう」と提言したのが発端でした。
砂漠が広がる北インドのラジャスタン地方から、映画やテレビなど庶民の文化を生々しく伝えようという狙いです。軍事的に緊張感のあるパキスタンの国境近くも通るし、予測できない生中継でもあるので、今からうれしいような怖いような、両方の気分ですね。
私がこれを企画したのは、日本人にもっと今のインドを知ってもらいたかったから。インドの人たちが一番好きな国って、実は日本なんですよ。日本は小さな国なのに征服されず、すばらしい製品を作れるし、清潔…と、インドの人は日本を見ているのです。その一方、日本人はインドのことを、いまだに悠久の歴史や何千年前の文明、得体のしれない神秘的な死生観といった側面でしかとらえていない。インドのことを同じアジア圏の国と思わず、知ろうともしていません。ですから今回の中継を通して、少しでも今のインドの姿を伝えていきたいと思ったのです。
とはいえ、私は言葉を操れないので、現地の人とは身振り手振りでコミュニケートします。そして感謝を伝えたいときは、「ありがとう」と日本語で言うつもり。
インドに限らず、多くの国を旅していてわかったことなんですが、英語圏でも、感謝の言葉は日本語が一番通じるんです。なぜなら「サンキュー」よりも、「ありがとう」と言ったときの方が、ちゃんと”ありがとう“の声や目になっているから。私たちが「サンキュー・ベリーベリー・マッチ」なんて言うより、心をこめて「ありがとう」と言う方が、ずっと気持ちは伝わります。ですから私は、「ありがとう」「いやだ」「ほしい」「○○したい」など、気持ちを伝えたいときは日本語で話すようにしていますね。
生きものとして、素のつき合いができた
シベリアの仕事では、こんなこともありました。キャンプ中、ロシア人のおばさんが料理番としてそこに来ていたんですが、私は割合ヒマだったので、水くみ、たき火から料理まで、ずーっとおばさんの手伝いをして過ごしました。その2週間、言葉は全く通じなかったのに、心は通じ合えたんです。相手が何をしたいのかさえ、言葉なしにわかり合えました。
そして、そのおばさんと別れ際になってやっと、「私この人のこと何も知らない!」と彼女に関して何も知らないことに気づいた(笑)。このような、互いに年令も素性も何もわからないつき合いって、日本人同士だと難しいですよね。でも、言葉も素性も知らずに私は彼女と素直に信頼し合えた。それがうれしかったし、「これが動物、生きものとしての、本当のつき合いなんだ」と感じました。そんな現代社会ではなかなかできないことに出会えるから、私は旅を好きなのかもしれませんね。
「その日のトイレ」を 探す楽しみ?
私が秘境へ旅するようになったきっかけは、アマゾンで仕事をしたことでした。
タイミングもよかったんです。ちょうどその前にニュース番組をやっていたので、秒単位の世界にストレスがたまりきっていて。そこへ「アマゾンへ行きませんか」と言われ、「これだ!」と運命を感じた。私があまりにも早く「行きます!」と答えたものだから、プロデューサーさんは「現地はトイレもなく不便なところだから、もっとよく考えて返事して」と慌ててましたが(笑)。
渡航前に黄熱病や狂犬病などの予防注射を7~8本打っているうちに、さすがに「私大丈夫かしら」とちょっと不安になりました。しかし実際行ってみると、真っ黒に日焼けして逞しくなっちゃって、1ヵ月半で3キロも太った。そのとき、都会的なイメージだった私は、実は秘境が合っていたことがわかったんですね。
現地では何でもおいしく食べられるし、眠れます。東京にいると肩凝りするんですけれど、アマゾンやシベリアで硬い板張の上やハンモックで寝ても、朝はスッキリ目がさめて肩凝りもないんです。アマゾンでは男性陣よりも、女性の方が元気でしたね。ピラニアのいるアマゾン川を毎日スイスイ泳いでると、男性たちからは「よく泳げるね…」と感心されたり。
また、当然トイレはないから、ジャングルのなかで『今日のトイレ』を探さなきゃいけない。それがまた楽しみ。周囲から見えず、安全で足場がよくて…という、トイレの諸条件を満たす場所を探しだす目が次第に肥えてくるんです。また川で顔を洗うときも、川のどのあたりが一番水が澄んでいて安全かなと、ふさわしい場所を探します。上流の蛇行している所がよくて…と、だんだん得意になっていく。それができる自分も、大好きになれました。
秘境への旅を通して、自分のなかの動物的な本能が目覚めたんですね。「私って原始的な生きものなんだな」と実感できる瞬間の連続でした。
もちろん旅の間は、孤独なときもありますよ。私はそんな一人きりの時間をとても大切にしています。ろうそくや懐中電灯の灯で日記を書いたり、砂漠のなかで、自分自身や神と対話したり。
日本にいると、テレビや新聞、電話など何でもあるので、こうした何もない孤独な時間はとても貴重。普段の生活を離れ、意外な自分、本当の素の自分に出会えるから、旅っておもしろいんですね。
立ち止まって、眺める 時間を大切にして
5月末には、パリの小さな美術館というテーマの本を書くため、パリへ一人で旅立つ予定です。パリには詳しくて、パリの地下鉄の乗り換えのほうが東京の地下鉄より慣れているくらい。
私はテキパキ活動するイメージらしいのですが、東京ではひたすらダラーッと過ごしていますよ。
これから世界へ旅行する皆さんにアドバイスするとしたら、「一人の時間を持つようにして」と言いたい。もしツアーで行くとすると、ツアーバスでダーッとやってきて名所旧跡の写真を撮ったら、またバスに乗って去ってしまう、という旅になりがち。それも大切だと思いますが、一人だけで行動する時間も作ってもらいたいんです。
たとえば、朝食の前にホテルの周りを散歩するだけでもいい。ヨーロッパの街なら必ず広場があり、教会や噴水がありますから、石段に腰掛けて、通り過ぎる人や犬、車をボーッと眺めてみてほしいんです。
そうして自分が立ち止まることで、それまでみえなかった街の風景や香りが感じられてくるはず。遺跡の写真を撮るのも大事ですが、もしかしたらそっちのほうが本当にその国を知ることになるのかもしれない。そして旅の思い出になるかもしれません。私の場合はそこで写真を撮ったりします。相手は人間だったり、夕暮に長く伸びていく影だったり。旧跡でなく、「今しかない」ものを撮りますね。そんなちょっとしたことが、旅の幅を広くする。そう、私は思うんです。
(無断転載禁ず)