400年の歴史を紡ぐ福岡・秋月の町
未来を見据え、地域と創り上げる町の理想像
- 建築家、アキ・アーキテクツ 代表
グリアー・ハナ・ハヤカワさん - 1994年、福岡市生まれ。オークランド大学大学院建築学科を修了後、妹島和世 + 西沢立衛 / SANAAで経験を積む。2021年に福岡県・秋月に移住し、設計事務所「アキ・アーキテクツ」を設立。現在、アキ・アーキテクツのほか、コミュニティづくりに特化した不動産開発・管理会社「KEZZA」の代表を務め、九州工業大学、筑紫女学園大学で非常勤講師を務めている。
歴史が息づく町並み
秋月は福岡市から車で約50分の距離に位置し、古処山の麓に広がる歴史ある町である。かつて秋月氏の山城が築かれ、近世には黒田氏の支配を受けた城下町として栄えたが、明治維新を経て時代の変化に取り残されたため、現在も江戸時代の町並みや水路網、武家屋敷、石垣などが残っている。
1998年に「重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、町の歴史的価値と自然環境が守られている。プレハブ建築が町に侵入せず、住民の暮らしに適した規模感を持った伝統的な建物が、居心地の良い雰囲気をつくり出しているのも、こうした保存活動のたまものである。しかし、現在、景観や地域の活気が損なわれつつあり、未来に向けた発展が求められている。
地に足をつけて、ゆっくりとつくること
私は子どもの頃の休暇中に訪れた秋月に魅了され、4年前東京からパートナーと共に移住し、現在は秋月で設計事務所(アキ・アーキテクツ)を構えている。
本業の建築設計とは別に、秋月でのまちづくりは、生き物の成長や風景の変化、日々の天候のように、自然のリズムを尊重したスケジュールに従う。効率や速度が重視される現代において、時間をかけて物事を進めることが重要だと考えている。地域の意見を反映し柔軟に対応することで、失敗から学び、計画段階で十分なスタディを行うことが持続可能なまちづくりの鍵となる。例えば寺院や神社、歴史的な町並みが、現代の新興住宅地やプレハブ住宅に比べて、時間をかけて築かれたクオリティを備えていることに示されている。
伝統的な町だからこそ、開く(シェアする)ことが大事
加速化に歯止めをかけるために急いで「活性化」を目指すのは誤ったアプローチだと考えている。税収の増加や人口を増やすことも重要だが、まずは地域に適した未来像を描くことが大切である。秋月では現在、「400年後の秋月」をテーマに、地域住民や研究者、アーティスト、学生などが参加するワークショップを開催しており、さまざまな視点からアイデアが生まれている。移住者や観光客を増やす、空き家を減らすといった短期的な課題に焦点を当てると意見が分かれやすいが、風景や町並み、自然環境、文化など、自分たちがいなくなっても残ってほしいものに特化することで、自然と同じ方向に進むことができる。
もう一つの重要なポイントは、地域を「開く」ことが持続可能性に大きな影響を与える。自分たちの生活や文化、手法を外部に発信し、次世代に残していくことが不可欠である。アキ・アーキテクツでは、美しい建造物や都市の一部をオープンにし、伝統的な保存物件を活用する際には、その改修方法や利用法も共有している。また、空間づくりの観点からはできる限り内部で行われている活動が外部から見えるようにしている。
これらの取り組みを通じて、住民や訪れる人々が「この町は好きだな」と感じ、町のサバイバルに寄与できると考えている。
多様化する建築家の役割
近年の建築では、ゼロから作るだけでなく、既存の空間を活用することが求められている。過去の遺産は新たな価値を生む可能性があり、デザインに加え、運営方法や資産管理、資金調達に関する相談も増えてきた。特に今の時代、建築家の仕事は、物理的な構造に留まらず、空間や場面づくりを通じて人間関係や制度づくり、自然環境との新たな関係性を創造することが求められていると実感している。
また、個人的には建築家としての制限を設けず、面白いと感じたことに時間やリソースを投資している。報酬を目的にせず、次の仕事や職人との関係、自己成長を意識して取り組む。BIMやオートメーションの進化によって得られた時間を、ヒューマンサイドに投資することは、社会貢献であると同時に、会社にとっても価値ある投資だと考えている。
今後の展開
秋月では現在、さまざまな面白い取り組みが進行中である。私が個人的に携わっている活動だけでも、秋月の空き家と移住者をつなげ、町のコンシェルジュとして機能するプラットフォーム「Project秋月」、改修された伝統建造物や使われなくなった建物を映画館に変身させ、城下町を歩きながら楽しむ国際映画祭「フィルムフェスト・アキヅキ」、九州大学工学研究院の林博徳教授が主導し、ナショナルジオグラフィックも支援する、生物多様性回復および自然再生プロジェクト「トノサマプロジェクト」、秋月の都市計画を軸に、400年前からの歴史を振り返り新しいマスタープランを考えるワークショップ「400年後の秋月」などがある。
また、アキ・アーキテクツとは別に、コミュニティづくりに特化した不動産開発・管理事業のKEZZA株式会社の代表としても活動しており、現在14件の物件を所有・運営しながら、秋月の未来にふさわしい住居、食、雇用の開発を進めている。
秋月は年間60万人程の訪問者を迎え、ライフスタイルを重視した観光客や移住希望者にとって成長し続ける魅力的な目的地となっている。今後も秋月の潜在能力を最大限に引き出し、地域の人々と共に持続可能な未来を築いていきたいと考えている。
秋月が成長し続けるためには、住民や関係者の地道な取り組みが地域に深く根ざし、それが次の世代へとつながっていくことが重要だと思っている。また、同じビジョンを共有し、共に秋月をより良い場所にしていこうという仲間が必要だと強く感じている。新しい価値を創造し、秋月の未来を共に築いていける方々に、ぜひチームとして参加してほしい。
「地域再生を考える」編集委員会
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