空き家を耕し、都市を醸す
浜松でのヤドカリプロジェクトの挑戦
- 建築設計事務所 REGION STUDIES 代表
白坂 隆之介さん - 浜松市出身・一級建築士。主な受賞に浜松信用金庫ビジネスコンテスト最優秀賞(2018)、日本エコハウス大賞自邸部門最優秀賞(2022)、グッドデザイン賞(2023年度BEST100)等。静岡文化芸術大学非常勤講師。9月20日・28日に空き家の再生と運用の技術を学ぶスクールを開催。詳細は▶https://www.region-studies.co.jp/
空き家を転々と住み替えながら一つ一つ改修していく「ヤドカリプロジェクト」という取り組みを2016年から地元の静岡県浜松で進めている。購入した築古の空き家を改修し、自身の拠点として活用しつつ、買いたいという人が現れたら売却して、その利益を元手に次の空き家に移転する、というサイクルを繰り返している。
1作目の「がんばり坂の家」(写真①)を2021年3月に売却し、現在は2作目の「竪穴の家」(写真②)を改修して運用中だ。妻の実家がある金沢でも3作目となる空き家を改修し2拠点居住となっている。現在は4作目の空き家を浜松で調達し、来年4月からの運用開始に向けて改修設計を進めている。
失われた資産価値を取り戻す
増え続ける空き家は「値が付かない」どころか、費用をかけて解体せねばならない「負の遺産」とすら認知されている。日本の木造住宅は築後20数年で使い捨てられ、改修しても価値(査定価格)が上がらない慣習が続いていた。その結果、日本の全住宅の総資産価値は、これまで住宅に投資されてきた金額の半分にも満たず、国の報告によれば実に540兆円もの資産価値が失われてしまっている(グラフ参照)。
そうした状況を改めるために国は「建物評価手法の見直し」を打ち出した。解体費用分がマイナス評価になってしまうような空き家でも、改修して長期優良住宅認定などを取得することで新築に近い水準で売却できるようになったのだ。そのような改修工事は躯体の状態を確認するスケルトンリフォームが前提となるが、それでも新築工事の8割程度のコストでできるので、差引2~3割がヤドカリプロジェクトの利益になる。1作目が実際にその水準で売却できたことで、思惑通り続けていけるのではと感じている。「失われた資産価値」は、取り戻すことができるのだ。
対象地域を絞る
1作目は不動産サイトで見つけた区内最安の空き家だった。プロジェクトの着手当時は、毎回、区内最安の空き家に住み替えていくことを考えていたのだが、それだと次の家は少し離れたところになる。改修を終えた家にいざ住み始めてみると、ご近所のおばあちゃんたちがとても良くしてくれ、なんだかとても申し訳なくもったいなく感じるようになっていった。
そこで、引き続き同じ地域に限定して空き家を一つずつ活用・再生していくことにした。2作目は、1作目の家から歩いて探し出した空き家で、4作目となる空き家も2作目の家から徒歩5分程度の場所で見つけたものだ。
二つの再生手法ー投資のジレンマ
地域再生の手法の中には、商業地の築古物件を店舗など地域にも開かれた事業拠点として活用するものもある。店舗は周辺の日中人口が増えることで地域の安心感を向上させながら利益も得ることができ、それは改修工事の原資にもできる。ただし店舗は利益優先となりがちで、投資を建物の性能向上に向けることは一般的には難しい。例えば耐久性=耐用年数を高めても、店舗用物件としての優位性にはほとんどつながらない。しかし性能が向上しなければ、いずれ店舗が抜けたあと老朽化したままの空き家に戻ってしまう可能性もある。
ヤドカリプロジェクトで耐久性を含めた性能に対する投資が可能になっているのは、最終的に住宅として売却することで回収できるからだ。住宅は「家族の器」として高い性能が求められやすく、耐震性や耐久性をしっかり向上させた建築は、そのあと何世代にもわたって受け継がれる良質なストックになり得る。ただ、住宅は基本的に地域に開かれることはなく日中人口の増加や収益にはつながりにくい。
いいとこ取りの新スキーム
4作目の空き家では、事業運用して地域の日中人口増加や収益につなげながら良質なストックに変えていく「いいとこ取り」にトライする。
具体的には二つの段階に分けて改修・運用する。第一段階では耐震改修と水回りや間取りの改修をした上で、店舗など地域に開かれたプログラムを組み合わせた賃貸運用を行い、日中人口の増加や収益につなげる(写真③・④)。第二段階では断熱や外装の改修を行い、長寿命化した上で住宅として売却する。
第二段階の工事費が大きくなるが、最終的に住宅とすることで性能に投資しやすくなり、良質なストックとして残すことができる。店舗は第二段階で抜けるが、近くで別の空き家に「ヤドカリ」するので、地域単位で見れば日中人口も維持できることになる。
住宅地も豊かなまちへ
賃貸利用の希望者が増えたら複数のヤドカリを近隣で同時展開し、空き家だらけの地元を「安全で安心できる、歩いて楽しい住宅地」に変えていくことを目指している。商業地だけでなく、日々の暮らしの拠点である住宅地も豊かになってこそ、都市の再生は実現すると考えている。
「地域再生を考える」編集委員会
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