音楽は“魔法”。クラシックの面白さが分かったら、ハマってしまうと思います(笑)
- 仲道 郁代さん/ピアニスト
- 仙台市で生まれ静岡県浜松市で育つ。桐朋学園大学1年在学中に第51回日本音楽コンクール第1位を受賞し注目を集めた。
ミュンヘン国立音楽大学に留学後、ヨーロッパと日本で本格的な演奏活動を始め、国内外で数々の賞を受賞。
海外のオーケストラとの共演も数多く、高い評価を受けている。
CDはBMG JAPANより多数リリース。
07年ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全曲Vol.11でレコード・アカデミー賞を受賞。
著作にDVDブック「至福のピアノ~弾く・聴く・楽しむ」(講談社刊)「ステージの光の中から」(音楽之友社刊)がある。
仲道郁代オフィシャルホームページ:http://www.ikuyo-nakamichi.com
ピアノの音色に魅せられた子ども時代
私が初めてピアノに触れたのは、4才のときでした。実はつい最近知ったのですが、音楽好きな両親は、私が生まれたときからピアノ貯金をしていて、4才の誕生日に、ピアノが家に届くことになっていたらしいです。
幼稚園から帰ると、部屋に黒く光るピアノがあって…。ものすごくうれしくて、その日のことは今でもはっきり覚えています。その半年ほど前からオルガン教室で習っていたので、早速弾いてみました。でも、いつもレコードで聞いているようなきれいな音が出ない。それがすごくショックで、「早くうまく弾けるようになりたい!」と思いました。それ以来、1日何時間でも飽きずにピアノの練習をしていました。
楽器会社に勤めていた父の影響で、家の中ではいつもクラシック音楽が流れていました。何しろ、まだ胎教という言葉も一般的ではない時代でしたけど、母は私がおなかの中にいるころはグリーグのピアノ曲を聴き、授乳のときの音楽はいつもモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。父は、ピアニストのルービンシュタインの大ファンで、レコードもたくさん持っていました。そのせいか、私もルービンシュタインの演奏が大好き。子どものころからの刷り込みってすごいですよね。
小学校5生生のときに、私専用のステレオを買ってもらいました。当時ですから、大きな木の箱のステレオ。そのステレオで、毎晩寝る前にショパンの「ポロネーズ」を聴くのが、1つの儀式のようになっていました。
ステレオの赤い電源ランプがポツンと光っている真っ暗な部屋の中に、轟きわたるような大音量が鳴り響いて…。その美しく、神聖なピアノの音色にいつも鳥肌が立ちました。「ピアノって何て素敵なんだろう」って、ぞくぞくしながら眠るのが好きでしたね。
ピアニストへの憧れからプロの道へ
中学2年生のときに父の仕事の関係でアメリカ・ミシガン州に転居。70年代後半、まだ1ドル360円の強くて豊かな時代のアメリカに行き、カルチャーショックを受けましたね。
学校に行っても周りには日本人は1人もいなかったので、言葉も分からず最初は本当に大変でした。でも、あるとき音楽の先生に「ピアノを弾いてごらんなさい」って言われて、教室で弾いたらみんなから「すごい!」って誉められて。一躍ヒロインになった気分(笑)。
それからは学校や地域の行事に必ず引っ張り出されて、ピアノを弾く機会をいただきました。アメリカの方々は聴き上手なのか、演奏が終わるといつもスタンディングオベーション。人前で演奏するのは何て気持ちがいいんだろうって思いましたね。日本の学校より勉強も厳しくないし、ピアノの練習も思う存分にできて、とても楽しい3年間でした。
その後、やはり日本の音楽学校で勉強したいと思い、帰国後桐朋女子高校に入学。子どものころからピアニストになりたいという漠然とした夢はあったのですが、私が職業としてのピアニストを初めて意識したのは、大学1年生のときに日本音楽コンクールで優勝してからですね。
それまではただピアノを弾くのが大好きで、コンクールでいい成績をとろうと一生懸命頑張っていただけ。でも、受賞後は公の場で演奏する機会が増え、初めてプロの厳しさを知りました。人からどう評価されるかが気になり、もっと完璧にうまく弾かなくては、もっと勉強しなくてはととまどうばかりでした。そのうち、何のために演奏するのか、自分が何をめざしているのかさえ、だんだん分からなくなってしまったんです。
音楽の意義を知ったドイツ留学が転機に
そこで、21才のときにドイツに留学。この留学が私にとっては大きな転機になりました。
私は幼いころからひたすらピアノの世界だけに生きてきて、クラシックというと日常からかけ離れた特殊なものという感覚があったんです。でも、ドイツでは、例えばタクシーの運転手さんがオペラ歌手の話をしていたり、お年寄りが夕食後に近所の公民館にコンサートを聴きに行ったり。
日常の1コマ1コマに音楽があり、息をしているのと同じような感覚で、クラシックを楽しんでいるんです。本来、音楽は生きていく上でとても大切なものなのだと、あらためて感じました。
小さな教会で、奏者たちが何の衒(てら)いもなく淡々と演奏し、聴衆も静かにただ音楽を楽しむ。そうやって何百年も脈々と音楽が受け継がれてきた。そう思うと迷いも吹っ切れ、評価を気にせず自分が何を感じるか、それを表現すればいいと思えるようになったんです。
そして、1987年から本格的に演奏活動を始めて、もう21年目。最近は音楽を仕事にできる幸せと、音楽の持つ“魔法の力”をより強く感じるようになりました。
子どもたちにクラシックの種をまきたい
このごろは、クラシック音楽をテーマにした漫画が人気になったり、日本でもクラシックがポピュラーになってきてとてもうれしいですね。クラシックは難しいとおっしゃる方がいますが、ドラマやCMなどで意外に耳にされていることが多いんです。だから、もっともっと気軽に楽しんでいただければと思います。
娘が幼稚園のころ、小さな子どもにも、クラシックに親しんでもらいたいと思い、絵とお話を組み合わせたコンサートをスタートしました。スライドを見せるので会場は真っ暗にするんですが、きちんと説明すると3、4才の子どもでも意外と静かに聴いているんですよ。
この時期の子どもって、感性も鋭いし、興味を持ったものにはものすごく集中する。これは自分の娘を見ているとよく分かります。だからこそ、何の先入観もなく純粋にすべてを受け入れる子どもたちに、1回でもいいから生のピアノの音を聞かせたい。その記憶が小さな種となって、いつか芽を出してくれると思うんです。
いろいろと試行錯誤の連続ですが、04年からは「光のこどもたち」という曲集に合わせてスライドを上映しています。絶滅が危惧されているいろいろな動物たちと男の子がバスに乗ってお引っ越しをする。地球のみんなが仲良く暮らせるようにという、大人でもホロッとくる素敵なお話なんですよ。
その後休憩をはさんで、モーツァルトやショパンなどの小品を演奏。普段はなかなかコンサートに行けないお母さんたちにもとても喜んでいただけるので、うれしいですね。
芝居との出合いで鍛えられた音楽表現
また、クラシックへの間口を広げたいと、いろいろなジャンルの方々とコラボレーションしていますが、96年から10年間続けたのが、お芝居と音楽のコラボレーション。今年3月からは、「ゴメン!遊ばせクラシック」の進化形として、「4×4(ヨンカケルヨン)」という新しい形で展開しています。
フランクのソナタ4楽章の演奏の合間に、4人の俳優さんによる4つの音楽劇を上演します。ミュージカルでもない、芝居と音楽の融合。相乗効果は想像orそれ以上という意味をこめたタイトルなんです。
芝居と音楽って、ジャンルは違うけど表現芸術という意味では同じなので、私自身とても刺激を受けています。音楽は言葉では表現できない世界も表現しますから、良くも悪くもとても曖昧。逆にお芝居の世界では言葉で表現を突き詰めていく。おかげで、私もずい分鍛えられました。セリフのどの言葉を強調するかで全く意味が変わることがありますが、実は音楽でも同じことが言えるんです。芝居との出合いで、音楽の表現や考え方もより緻密になりました。
例えば同じシェイクスピアの作品でも演出家や俳優さんによって全然変わってしまうように、クラシック音楽も、作曲家が何を表現したかったのか、その解釈で演奏も味わいも全く違ってしまうんです。それがクラシックの面白さでもありますね。考えてみると、国や時代を超えて、さまざまなアーティストによって演奏され続けてきたわけですから、すごいですよね。
いつも革新的なベートーヴェンが大好き
作曲家によって、ピアノの演奏の仕方もずい分変わりますね。シューマンは感情移入しやすく、演奏しながら涙があふれることもありますし、ショパンはピアノを弾く喜びを誰よりも感じさせてくれる作曲家。
そして、私の核になる作曲家として、ここ10年集中して取り組んできたのがベートーヴェン。
なぜ、ベートーヴェンに惹かれるのか? それはすべての面において偉大だから。ベートーヴェンの曲って、BGMとして聞き流せる音楽ではありませんよね。胸ぐらをグッとつかまれて、「ちゃんと聞きなさい」と言われているような。それが時には重苦しかったり、つらかったりするときもありますが、それだけの中身があると思います。
ベートーヴェンは革新的で、いつも新しい。強烈なエネルギーで人を愛し、自然を愛し…音楽の中に哲学があり真理がある。構成もパズルのような面白さがあります。ベートーヴェン以降の作曲家にも、大きな影響を与えていますし、ベートーヴェンほど、さまざまに語られている作曲家はほかにあまりいないのではないでしょうか。
クラシック音楽で自分を見つめる豊かな時間を
昨年はNHKBS「ピアノの詩人 ショパンのミステリー」の番組取材でヨーロッパを旅しました。ショパンの時代の楽器を演奏させてもらったり、普段は入れない資料館も見せていただいたり、私にとってもとても貴重な体験でした。
現代の楽器は大きなホールでも音が響くように作られていますが、ショパンのころの楽器はとても繊細な音色。ああ、こういう音だから、こういう風に曲を書いたのか、と新しい発見があって、ショパンに対する見方が大きく変わりましたね。
楽器もホールも時代によって、ずい分変わってきました。でも、作曲された当時の環境に想像をめぐらすことで、少しでも作曲家たちの思いに近付ければと思います。
まさに音は生きもの。
コンサートでも、その日の体調や気分で音が変わるので、健康面にはとても気を使います。いいと言われるものは何でも試してしまいます(笑)。音楽は、絵画や文学よりも心に直接響いてくるものです。クラシック音楽を聴くのは、一種のメディテーションにもなりますので、自分の心と向き合う豊かな時間を持つことも、とても大切だと思います。私は、少しでも多くの方にクラシック音楽を知っていただく、そのきっかけ作りをいろんな形でできればいいなと思っているんです。クラシックの面白さが分かったら、きっとハマッてしまうと思いますよ(笑)。
(東京都内の自宅にて取材)
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