まちの生態系をつなぎなおす
銭湯を拠点とした人と場所のつながり

- 一般社団法人せんとうとまち代表理事
栗生 はるかさん - 早稲田大学理工学部建築学科卒業。在学中にイタリア・ヴェネツィアに留学。制作会社勤務を経て、大学で建築教育に従事。都市空間とコミュニティについて研究し、東京都文京区で地域の魅力を発信すると共に、銭湯と周辺地域の再生活動を展開している。跡見学園女子大学観光コミュニティ学部助教。
地域再生とは「関係を編み直す」こと
地域再生とは何か。それは、失われつつある場所や建物を再び生かすことにとどまらず、人と人、人と場所の関係をもう一度編み直していく営みではないでしょうか。
東京で住宅街を散策すると、今でも長い年月をかけて人々の暮らしを見守ってきた「銭湯」を見つけることができます。近所の人とあいさつを交わし、湯上がりに語り合う。そんな何気ない日常の場が、地域の関係をやさしくつないできました。しかし近年、都市空間や生活様式の急速な変化によって、その数は減少の一途をたどっています。
銭湯とまち、人と人をもう一度つなぐ
私たち「一般社団法人せんとうとまち」は、銭湯の地域での存在感を取り戻し、銭湯と地域の関係性を編み直していくことを目指して活動しています。銭湯は単なる入浴施設ではなく、地域の人々の顔の見える関係性を補う「地域サロン」として、今後より一層重要な場所になると考えています。
もともと私は学生時代に建築を学び、イタリアでの留学を経て「地域の豊かさとは何か」を考えるようになりました。2011年からは「文京建築会ユース」という若手建築関係者のチームで、地域の魅力を発信してきましたが、その中で、地域を形づくってきた建物や人のつながりが都市の更新の波の中で失われていく現実を目の当たりにしました。
その課題意識をもとに、地域に寄り添いながら銭湯とまち、人と人との関係を再構築することを目的として設立したのが「一般社団法人せんとうとまち」です。銭湯だけが残っても、周辺環境が変化すれば存続は難しく、逆もまた然り。それらは繊細な「地域の生態系」として共存しており、私たちはその両者に目を向けながら活動しています。
稲荷湯修復再生プロジェクト
その代表的な実践が、東京都北区滝野川の「稲荷湯修復再生プロジェクト」です。昭和初期に建てられた木造の銭湯「滝野川稲荷湯」と隣接する長屋を地域拠点として再生する取り組みです。
現役の銭湯として国の登録有形文化財化をサポートし、世界各地の文化遺産を支援するワールド・モニュメント財団の助成を受けて銭湯部分の修復・耐震化を実施。長屋部分は「湯上がり処」として整備し、誰もが立ち寄れる交流の場として運用しています。銭湯帰りにビールを飲む人、家族連れの待ち合わせ、ご近所さんのイベント…。銭湯になじみのなかった人も、地域のコミュニティと接続するきっかけとなるような「銭湯とまちの間のワンクッションスペース」として機能しています。
修復の過程では、銭湯の歴史や地域の物語を丁寧に掘り起こし、工事中もご近所の方々に見学してもらう機会を設け、ワークショップ形式で施工を進めました。伝統工法で修繕し、職人技術の継承プログラムも実施。建物をただ残すのではなく、その場所に愛着を持つ人を増やし地域で維持・継承され続ける仕組みをつくることを意識しました。
当初は私たちが運営の中心を担っていましたが、3年目を迎えた現在では、地域の方々が喫茶や整体、お菓子屋などを日替わりで出店するようになり、地域住民主体の「居場所」として自走を始めています。さらに、ここから新たに近隣の空き家を活用した実店舗が生まれるなど、新しいまちの循環も芽生えています。
北区全域へー「わたしのせんとうとまち」
さらに現在、私たちは北区で「わたしのせんとうとまち」という3年間の政策提案協働事業にも取り組んでいます。20軒を超える区内全銭湯を対象に、地域資源としての銭湯を再評価し次世代に継承するプロジェクトです。
各銭湯の聞き取りや常連客へのインタビューを行い、銭湯が担ってきた地域での役割を記録。「せんとうとまち新聞」や周辺商店のポストカード制作などを通してその魅力を可視化しています。地道な活動ではありますが、こうした記録が一過性ではない「銭湯の価値」を再発見するきっかけになると信じています。
懐古ではなく、未来を紡ぐために
こうした活動を通じて実感するのは、それぞれの地域で長く人々の生活を支えてきた銭湯には「人々の暮らしの記憶」が蓄積されているということです。地域再生とは、新しい何かを上書きすることではなく、そこにある暮らしの記憶や人の営みを丁寧に見つめ直し、そこにある豊かさを未来へと生かしていくことだと思っています。それらに蓄積された記憶や関係性こそ、地域の今やこれからをつくるための指標になると考えています。
洗い場に漂う湯気のように、銭湯は人と人、人とまちを柔らかく結びつけています。その連なりが続いていくことこそが、地域の豊かさを支えているのだと感じます。
「地域再生を考える」編集委員会
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進むサステナブルな団地・まちづくり -
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- 団地再生まちづくり5
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