ユネスコ登録を酒蔵観光に活用
初めての一杯から「外、外、内、内」需要創出へ
- 賀茂鶴酒造株式会社 代表取締役社長
石井 裕一郎さん - 早稲田大学政治経済学部卒。1989年NHK入局、チーフ・プロデューサーなどを経て、2017年賀茂鶴酒造入社、22年現職。東広島商工会議所副会頭。広島県酒造組合副理事長。東広島郷心会会長。奥田元宋・小由女美術館理事。サタケ技術振興財団理事。
2024年12月、日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術がユネスコ無形文化遺産に登録されました。広島県東広島市では、市役所に郷広島国税局長をお迎えして髙垣市長、福田酒類総合研究所理事長とともに酒蔵・市民が参加した「きねんの会」で祝いました。
木桶製作プロジェクトから木桶生酛(きもと)挑戦
伝統的酒造りと聞くと古い道具を思い浮かべる方もおられると思います。賀茂鶴酒造では日本最大級の甑(こしき)で酒米を蒸していましたが、大阪の製桶所が高齢化を理由に大型のものの受注をやめることとなったため、若手社員が甑のタガ替え、そして酒を仕込む木桶の製作技術を泊まり込みで学びました。そのうちの一人の杜氏(とうじ)は雑味のないきれいな酒質を目指して生酛造りにたどりつき、さらには自分たちで製作した木桶で酒を仕込む挑戦を始めています。
まずは酒母用の小さな木桶で仕込んだ生酛造りの酒を2025年2月に限定本数で発売しました。伝統的酒造りである生酛造りについては、広島杜氏組合長で日本酒造杜氏組合連合会会長の石川達也杜氏にお話を伺って賀茂鶴ホームページ「会いに行ってもいいですか?」で公開しています。また種麹(たねこうじ)についても糀屋三左衛門当主である村井裕一郎氏を取材した内容を掲載する予定です。
「外、外、内、内」で日本酒需要拡大へ
節分の豆まきと逆のような言葉ですが、ユネスコ登録を日本酒需要の拡大に活かせる順番です。まずは海外への輸出です。そして海外からの訪日観光客による酒蔵訪問。さらには海外からの評価を追い風に、国内観光客による酒蔵訪問、ここまで。最も効果が縁遠いと考えられるのが日本人による日常の日本酒需要の増大です。しかし少なくとも「外、外、内、内」の3番目の「内」にはつながるよう、この機会にさまざまな施策を打ち出していきたいと考えています。
普段酒を飲まない日本人でも、旅先でその土地の料理とあわせて、あるいは酒蔵を訪ねて日本酒を飲むことはある。もはやそれは単なる旅先のワンシーンではありません。日本酒との本当に限られた貴重な出合いであるかもしれないのです。
増えつつある国内外からの訪問客
2020年からのコロナ禍での悪夢は今も忘れられません。一号蔵(2024年2月に国史跡に指定)を改修して蔵元直営店として展示と販売・有料試飲をスタートした矢先でした。
しかしコロナ禍の後、国内外からの直営店への訪問客数は増え、特に海外からの観光客(インバウンド)の方々が増えています。しかし、こうした訪問客数の増加に対して、地元・東広島市での受け入れ体制が万全に整っているとは、残念ながら言えません。大型バスが複数停められる駐車場は利便性のある場所にあるか。男性・女性・車いす対応のトイレの設置数は十分か。大人数の観光のお客様がランチを食べられる飲食店のキャパシティは十分か。インバウンドへの外国語表記対応は十分か。そもそも観光のお客様と住民のみなさん、さらには東広島市で暮らす大学生ら若者を考えたまちづくりの青写真はどうあるのか。対応が求められています。
体験ツアー コト消費からファン創出
JALや東広島DMOとともに造成した年3回の酒蔵体験ツアーは2巡目を迎えました。春は東広島市造賀地区で酒米・山田錦の田植え、秋は刈り入れ、冬は醸造蔵での酒の仕込み体験。あわせて龍王山の湧き水を味わったり、日本酒を支える精米機メーカーのサタケを見学したり、酒類総合研究所で酒の香りテイスティングを体験したり。さらに夜は毎回地元の飲食店を変えながら、参加者は杜氏と酒を語り合います。水、米、醸造技術など「吟醸酒の故郷」を立体的に丸かじり体験できます。外国人向けに東広島市の西条駅北の安芸国分寺での和体験もあります。少人数での催行ですがコツコツとファンづくりを続けています。
また賀茂鶴レストランである「日本酒ダイニング佛蘭西屋」では、コロナ禍を経て賀茂鶴の酒にあった料理メニューへの変更やリニューアルを進め、杜氏とのペアリング体験やインバウンド向けのビーガン料理の定番メニュー化にも取り組みました。
お酒の聖地で正念場が始まる
東広島の酒類総合研究所では毎年春に全国新酒鑑評会が開かれ、金賞受賞を全国の杜氏が目指します。その意味で、東広島は「お酒の聖地」の一つです。これまで西条で毎年10月に開かれる「酒まつり」には2日間で25万人近くのお客様が訪れてくださっていました。数年前からは、春に東広島の10蔵が緩やかに連携した「蔵開き」も始めています。
しかしこれからはこの二つのイベントばかりでなく日常の「人流」を起こし続ける工夫が必要です。どのようにして付加価値をつけて単価をあげていくか。またリピーターを生み出すにはどのようなコンテンツが必要か。今回のユネスコ無形文化遺産登録で待ったなしの対応が迫られています。
「地域再生を考える」編集委員会
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