Ms Wendy

2026年5月掲載

増える発達障害の子どもたち 「心配を信頼に置き換えて」

成田 奈緒子さん/小児科専門医

成田 奈緒子さん/小児科専門医
1963年生まれ、宮城県出身。神戸大学卒業後、米国セントルイス・ワシントン大学医学部、獨協医科大学、筑波大学基礎医学系で、分子生物学・発生学・解剖学・脳科学の研究を行う。文教大学教育学部教授。2014年より、さまざまな不安や悩みを抱える親子・当事者の支援事業「子育て科学アクシス」主宰。35年以上にわたり相談に乗ってきた家族は2000組(延べ1万人以上)を超える。『「発達障害」と間違われる子どもたち』など著書多数。
母の期待に応えられず苦しさを感じていた

幼い頃の私はほとんどしゃべらず、友達と遊ぶよりも1人で庭に出て、黙々と生きものや植物を観察するような子どもでした。犬を従えて歩き回り、アリやアリ地獄を見つめる時間が何より楽しかったことを覚えています。

 

母は専業主婦でしたが、結婚前まで臨床心理士で、幼い頃から私に繰り返し知能検査を行っていました。どうやらその数値がかなり高かったらしく、そこから母の期待が一気に高まっていきます。

 

ただ、実際の私はその期待に応えられる子どもではありませんでした。学校では目立たず、授業にも興味が持てず、こっそり本を読んだり、外の景色を眺めたり。父の転勤で神戸に転校してからは関西弁にもなじめず、さらに萎縮していきました。

 

そんな私に対して、母の教育は厳しさを増し、夜ごと問題を解かされ、答えられないと叱られ、ときには家の外に出されることもありました。あの頃の私は、「期待に応えられない苦しさ」と「自分の興味とのズレ」の中で生きていたように思います。この体験が、のちに「親の考えを子どもに押しつけてはいけない」「子どもを信頼して待つ」という考えの原点になりました。

医師を目指した理由はつぶしがきく職業だから

学校の勉強は嫌いでしたが、一方で理科全般、特に図鑑が好きで何度も読み返し、内容を丸ごと覚えてしまうほどでした。

 

関西では難関校といわれる神戸女学院中学部を受験。しかし塾には通わず、いわゆる受験テクニックはほとんど知らないまま、論理的なクイズ本や図鑑をとおして思考力を育てていったように思います。その結果、合格できたのは、受験問題も「難しい」というより「面白いパズル」として捉えられたからかもしれません。

 

生物の不思議さに強く惹かれていた私は、中学生になると「研究者になりたい」と思うようになりました。さらに海外ドラマの影響で英語にも興味を持ち、「英語を話せるようになってアメリカで研究者になる」という夢を持つようになったのです。

 

そのとき、父が現実的な助言をくれました。研究だけでは生活が難しい時代だったこともあり、「医師免許があればつぶしがききやすい。先に医者になって、それから研究者になったらどうだ?」と言われたのです。私もその言葉に納得し、医学部に進むことを決めました。

神戸大学医学部へ 山中教授は同級生

神戸大学医学部に進学すると、それまであまり関心がなかった“人との関わり”が少しずつ増えていきました。実験やグループワークを通じて、他者と協働する経験を重ねるようになったからです。

 

同級生にはノーベル賞科学者・山中伸弥さんもいて、学籍番号が隣だったことから同じ班で活動することも多く、学生時代からずっと、今も仲良くさせていただいています。医学部では、あまり勉強にいそしまず(笑)、学園祭で喫茶店の看板娘をしたり、たくさんの習い事をしたりして、楽しく過ごしました。

 

卒業後は小児科医だった父に倣い、小児科の臨床現場に入りました。研修医としてさまざまな病院を回り、数多くの子どもたちと向き合う日々でした。

 

風邪のような一般的な病気から重い疾患、命に関わるケースまで、多様な現場を経験。この時期は、とにかく目の前の患者に向き合い、医師としての基礎を身につけることに集中していました。この臨床経験が、その後のすべての土台になっていると感じています。

研究の道へ進みアメリカで研究者に

その後、研修医時代に知り合った夫と結婚。いよいよ神戸大学大学院で本格的に研究の道を歩み始めます。当時最先端だった遺伝子研究(小児にみられる難病=デュシェンヌ型筋ジストロフィーにおける遺伝子異常に関する研究)に取り組み、その中で新しい発見があり、成果となる論文を出すことができました。

 

その研究がきっかけとなり、米国セントルイス・ワシントン大学の教授で、セントルイス子ども病院の院長でもあるAlan Schwartz先生と出会います。偶然のような形で研究について説明する機会に恵まれ、その場で強い関心を持ってもらい、「夫婦でアメリカに来ないか」と声をかけられました。中学生の頃に抱いた夢がついにかなうときがきたのです。

 

こうして夫とともにアメリカに渡り、最先端の研究環境に身を置くことに。「万能細胞」と呼ばれるES細胞を用いて、異常のあるネズミを正常に戻すプロジェクトなどを担当しました。のちに山中さんが発見したiPS細胞のように再生医療への応用が注目されている研究で、ここでも意義のある論文をまとめることができました。

帰国後に出会った発達障害の子どもたち

帰国後は大学で研究を続けながら、妊娠、出産。ちょうど子育てが一番大変な時期に夫と同じ大学の研究室で働くことになり、夫婦で協力しながら子育てと研究を両立できたのは、本当にありがたかったですね。

 

一方で、小児科外来で診察も行うようになります。そこで出会ったのが不登校や自閉症、発達障害のある子どもたちです。ここで私は、それまでの「原因が明確な病気」とは異なる難しさに直面しました。同じ診断でも、子ども1人1人の状態はまったく違う。単純な因果関係では説明できない世界でした。

 

それでも、私なりに広くいろいろな研究をしてきた自負があり、その医学的経験値は必ず生きると思いました。そして次第に、「人間の脳の発達や個性を理解する」ことに強く関心を持つようになったのです。

 

医学の知識を持ち、遺伝子などの基礎研究もやってきた私ですが、教育や福祉の勉強はしてこなかった。そこで、児童相談所や茨城県の発達障害者支援センターの嘱託医になり、2005年からは文教大学の教育学部で特別支援教育に携わる教員を育てる仕事も始めました。

 

そのうちに、「発達障害」と診断される人の中には、実は生活の乱れが影響しているケースも少なくないのではないかと感じるようになりました。医療だけでは支えきれない現実もあり、生活を整えることの重要性を強く認識したのです。こうした問題意識を共有した仲間とともに、子どもの発達を生活面から支える必要性を感じ、「子育て科学アクシス」の立ち上げへとつながりました

早寝早起き朝ご飯で子どもの脳は正しく育つ

2014年に発足した「子育て科学アクシス」では、子どもだけを対象とするのではなく、親を含めた家庭生活の改善、提案を基本としています。

 

特に子ども時代は、「早寝・早起き・朝ご飯」の徹底によって、脳と心のからだのバランスを維持できることが医学的にも証明されています。脳はからだの機能、情動、自律神経などの働きをつかさどる「古い脳」ができてから、記憶や思考、情感をつかさどる「新しい脳」が発達し始めます。最後に適切なコミュニケーションに欠かせない「前頭葉」が育つという順番があるのです。

 

ところが、夜更かしが続き、ベースになる古い脳を育てないまま、塾や習い事で新しい脳を育てるところに走ってしまうと、バランスが崩れて、脳には異常がないにもかかわらず、発達障害と間違われてしまいます。翻って、子どもは早寝早起きをさせ、ちゃんと朝ご飯を食べさせていれば健康的に育つのです。そのことを一人でも多くの親御さんに伝えたいと思っています。

 

もう一つ大事なことは、子どもを信頼することです。親として子どもを心配するのは当たり前ですが、今、子育てで悩んでいる親御さんは特に、心配と信頼を足して100になるように、心配を信頼に置き換える工夫、努力をしてほしいと思います。

演劇の学びを子育て支援に活かす

「早寝・早起き・朝ご飯」の大切さは大人も同じです。私自身、毎朝4時に起き、お風呂に入って本を読みながらカフェオレを飲み、軽く運動をしてから朝食をたっぷりとり、余裕があれば録画したドラマの1本でも見てから出勤しています。その代わり、残業はしません。アクシスの面接は3時50分で終わり。片付けをしてパッと帰ります。そうすることで生活が整い、心が整うのです。

 

プライベートでは、演劇にも深い関心を持っています。演劇は2018年から関わっていて、自分が舞台に立つことも。作品によって歌うこともあるので、2年前からはボーカルレッスンにも通っています。そのおかげか、講演会でお話しするときも声がよく通るようになりました。演劇では「明るいトーンで、相手に対して放物線を描くような声を出しなさい」と教わるのですが、子どもたちにも同じように接すると、なぜか会話がスムーズになります。自分が実践してよかったと思うことは、親御さんたちにも試してもらうことが多いですね。

 

また、役を演じるという行為は、「他者の視点を生きる」ことでもあります。これは、子どもの発達や人間理解を考える上でも、非常に大きな意味を持っていると感じています。次の舞台に立つのが今から楽しみでなりません。

(千葉県内にて取材)

         
  • 1986年、神戸大学医学部附属病院にて。後列右端が山中伸弥さん、右から2番目が本人

    1986年、神戸大学医学部附属病院にて。後列右端が山中伸弥さん、右から2番目が本人

  • 1982年、大学2年生の夏、友達と東北旅行。八幡平鏡沼(秋田県)にて

    1982年、大学2年生の夏、友達と東北旅行。八幡平鏡沼(秋田県)にて

  • 1998年、アメリカから帰国する直前、セントルイスの自宅でのサヨナラホームパーティーにて。帰国前のガレージセールも兼ねて行った

    1998年、アメリカから帰国する直前、セントルイスの自宅でのサヨナラホームパーティーにて。帰国前のガレージセールも兼ねて行った

  • 2014年に立ち上げた「子育て科学アクシス」にて、親御さんに子育て指南をするワークショップを開催

    2014年に立ち上げた「子育て科学アクシス」にて、親御さんに子育て指南をするワークショップを開催

  • 2019年2月「ぶんきょう演戯塾」ワークショップ公演『あの時、アクアリウムで』に出演

    2019年2月「ぶんきょう演戯塾」ワークショップ公演『あの時、アクアリウムで』に出演

  •     
  • 2023年1月演劇集団「太陽の王冠」第3回公演『サクラがサイタ』に出演

    2023年1月演劇集団「太陽の王冠」第3回公演『サクラがサイタ』に出演

  •          
  • 成田 奈緒子さん

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