Ms Wendy

2026年7月掲載

ローレンツ変換に衝撃を受けて…  数学を愛し続け、女性単独初の恩賜賞

石井 志保子さん/数学者

石井 志保子さん/数学者
1950年、富山県高岡市生まれ。東京女子大学文理学部数理学科を卒業後、早稲田大学大学院理工学研究科数学専攻修士課程修了。理学博士(東京都立大学)。専門は代数幾何学(図形を方程式で研究する学問)。九州大学助手、東京工業大学助手、助教授、教授を経て、2011年から東京大学大学院数理科学研究科教授。現在は同特任教授。2021年に「特異点に関する多角的研究」で恩賜賞(女性単独としては初)・日本学士院賞受賞。
田んぼ道の虫たちと、忘れられないバレエ公演

富山県高岡市で生まれ育った私は、虫を眺めるのが好きな子どもでした。学校までの行き帰りは、虫の生態を見るにはもってこいの田んぼ道。特にクモの卵が一斉にふ化する様子が面白くて飽きずに見ていました。

 

父は小児科の開業医で、家のことは何もしない「大正の男」。一方の母は、診療所の経理から家事までを一手に引き受ける「昭和の女」。診療所で働く看護師さんは7人いて、わが家で下宿、看護師見習いをしながら看護学校に通い、卒業後は定年まで勤めた方も。みなさん気立てがよく患者さんからも評判で、父は「うちは看護師さんでもっている」とよく口にしていました。

 

5歳のとき、地元バレエ団の舞台公演を見て強い衝撃を受けました。帰宅しても目を閉じると見てきたばかりの舞台が映像としてまざまざと浮かんできます。それがどうにも不思議で、「どうして目をつぶると舞台が見えるの?」と母にたずねたことを覚えています。その後、そのバレエ団に通い始め、12歳まではバレエに夢中でしたが、バレリーナとしての才能は開花せず、小学校卒業と同時にやめることにしました。海外出張で有名バレエ団の公演を見る機会があったときは、バレエの経験があったからこその楽しみ方ができたように思います。

算数が苦手だった私が物理に恋をした

今でこそ「数学者」ですが、実は子どもの頃から算数が苦手でした。計算は遅いし、よく間違える。たぶんおっちょこちょいな性格が起因しているのだと思いますが、今もお釣りの計算を間違えます。最近はキャッシュレスでお釣りがなくなって、助かっていますけどね(笑)。

 

ところが小学校高学年でつるかめ算や旅人算のような「考える問題」が出てきたとき、「あれ、私、こういうのは好きかもしれない」と思い始めました。

 

高校時代に読んだ1冊の本が私の人生を変えました。有名な物理学者アインシュタインが発表した「特殊相対性理論」について分かりやすく書かれた科学の本です。そこに出てくる“ローレンツ変換”という一つの式で、私たちが住んでいる常識的な世界も光速に近い異常な世界も説明できることを知り、驚いたと同時に「私もこんな公式を発見してみたい!」と思ったのです

 

そこから物理で有名な国立大学を目指しましたが、私が受験した年は東大の入試中止なども重なった大変な年。志望校には届かず東京女子大学文理学部数理学科へ進学しました。しかし振り返ってみれば、それが私にとって一番いい選択だったのです。

数学の本当の面白さと競技ダンスの世界を知る

数学の本当の面白さに気づいたのは大学に入ってすぐのこと。解析学の授業でイプシロン・デルタ論法を学び、関数の「極限」を厳密に定義する世界に触れた瞬間、数学が急に立体的に見え始めたのです。「これが数学なんだ」と腑(ふ)に落ち、その楽しさにどんどんのめり込んでいきました。

 

もう一つ、打ち込んだのは競技ダンスでした。東大の男子学生と組み、社交ダンスを競技として踊る楽しさを知りました。男性が踊りの軸を作り、女性は上体を大きく反らせたり、優雅なラインを描きながら美しく魅せたりするのが役割です。ただし、大会があると女性が男性のためにお弁当を作るのが当たり前といった社会でもあった。それに違和感を感じることもありましたが、「世の中の構造も同じ。ここで逃げたら社会でもうまくやっていけない」と思い直し、私が2年生を終えるまで続けました。

「大学院に行きたい」と言った出会いの日

大学時代、紹介で今の夫と出会いました。彼は同じ富山県の出身で、自治省(現総務省)の官僚になったばかりの頃だったと思います。

 

けれども当時の私は、結婚より「大学院に進んで本格的に数学(代数幾何学)を研究したい」という気持ちのほうが強かった。だから正直に「私は大学院に行きたいんです」と伝えました。すると夫も「そうですか、がんばってください」という感じで、結局、1、2回会っただけであっさり離れてしまったのです。

 

しかし、早稲田大学大学院の修士課程1年目が終わった頃に再会します。「あちらはもう結婚しているだろう」と私は思っていたんですが、まだ独身で。夫も同じように思っていたらしく、お互いに縁を感じて結婚を決め、修士課程を終えた後、夫の赴任先である金沢へついていくことにしました。

博士課程、出産、嵐のような日々

金沢では専業主婦をしながら金沢大学に出入りさせていただき、研究を続けました。その後、夫が東京に戻るタイミングで東京都立大学大学院の博士課程へ進学。そして、長男を出産します。

 

研究、論文、子育て、家事…、毎日が嵐のようでした。「これでやっと一段落だ」と思ったら、次にもっと大きなトラブルが起こる。子どもの発熱も、論文の締め切りも待ってくれません。精神的に最もしんどい時期でした。だからといって、今の男性のように、夫が家事や育児を担うことはありません。

4年間の就職浪人と東京⇔九州の往復生活

やっとのことで博士課程を終えましたが、今度は就職先が見つかりません。「〇〇大学で助手の公募がある」と聞けば応募を重ねましたが、どこも採用に至りません。非常勤講師をしながら約4年間、就職浪人の時期を過ごしました。

 

その間、夫が北九州に赴任したため、私も九州へ。でも、そのおかげで九州大学のセミナーに参加させていただき、先生方と親しくなって、それがきっかけで九州大学の助手のポストに空きができたときに「応募してみないか?」と声をかけていただいたのです。ただ、その頃はすでに東京に戻っていたので、応募するかどうか迷いました。子どもはまだ小学生で、私が夫と子どもを置いて単身九州に行くなんて無理だと思ったからです。

 

ところが、夫が「応募したらいい。こっちはなんとかなる」と。背中を押され、応募した結果、37歳のとき、ついに採用が決まりました

 

それから週に数日、東京と九州を往復する生活が始まりました。私の留守中は、昔お世話になった下宿先の息子さん(大学生)が、“家庭教師兼お兄ちゃん”として泊まり込みで息子と過ごしてくれました。朝ご飯は夫の分まで作ってくれ、私が九州大学に在籍した1年7カ月間、家を助けてくれました。

 

それも綱渡りのような毎日でしたが、振り返ってみると不思議と楽しかったですね。それは、遠距離を移動することで気持ちのスイッチを切り替えるチャンスがあったからだと思います。場所的に手が出せない位置まで離れることで、家庭と数学、どちらも全力投球することができた。私にとって得がたい経験になりました。

東大教授、そして「知事の妻」になる

その後、東京工業大学の助手から助教授、教授となり、教育者、研究者として忙しい日々を送っていたときのことです。夫が富山県知事選に出馬することになります。

 

そのとき、夫は私にこう言いました。

 

「僕は君にやりたいこと(大学や研究)を続けてほしい。支持者のみなさんがそれをNOと言うなら、僕は立候補しない。ただ、選挙に出て知事になったときは、できる範囲でサポートしてほしい」

 

実際、知事になってみると、「妻も富山にいるべき」と考える人たちがいらっしゃったのも事実です。でも、私は仕事を続けました。そして、月に何回か、富山に通う生活を送るうちに、何も言われなくなりました。それは夫が私の耳に入らないようにしてくれたのかもしれません。

 

夫が知事を務めた4期16年、途中からは東大に異動して教授を務め、公の場では知事の妻として振る舞う。その切り替えも最初は簡単ではありませんでした。それでも月日がたち、たとえば後援会のイベント会場に着いてしまえばサッと気分が切り替わるぐらいにはなりましたね。さらに知事の妻という立場になって、いろいろな人たちと知り合う機会が得られました。おかげで地元で活躍する女性たちとの交流も深まり、今でも仲良くさせていただいています。

恩賜賞受賞 次の世代へのメッセージ

2021年、私の専門である代数幾何学の中でも「特異点論」に関する論文を評価していただき、恩賜賞を受賞しました。もちろんうれしかったです。でもそれ以上に、周囲で私の受賞を喜んでくださる方がたくさんいて、数学で親しい人を喜ばせることができたことに感動しました。

 

日本では、昔ほどではないにせよ、女性の数学者が少ない状況が未だに続いています。しかし、女性にかなり向いている職業だと私は思うのです。まず、力仕事ではないので、筋力はいらない。時間的な自由さがあって、旧来の、女性が担ってきた家事や育児の仕事をこなしながらでも研究ができる。そして、「数学は苦手」という女性は多く、数が少ないからこそ希少価値がある。だからこそ、もし数学が嫌いでないなら、この道に挑戦してみてほしいです

 

私もこの先、好きな数学を続けていきたいので健康には気を遣っています。スポーツクラブで筋トレ、エアロビクス、あとはへなちょこですが格闘技(笑)。まだまだチャレンジを続けていくつもりです。

(東京大学駒場キャンパスにて取材)

         
  • 3歳ごろ。高岡市の自宅で

    3歳ごろ。高岡市の自宅で

  • 1984年ごろ富山の神社で初詣

    1984年ごろ富山の神社で初詣

  • 2003年、東京工業大学にて。自身が主催した国際研究集会

    2003年、東京工業大学にて。自身が主催した国際研究集会

  • 2008年、スペインのセダーノにて。合宿型の博士課程学生用のスクールで連続講義

    2008年、スペインのセダーノにて。合宿型の博士課程学生用のスクールで連続講義

  • 2017年、スウェーデン・ストックホルムのミッタク=レフラー研究所での研究集会

    2017年、スウェーデン・ストックホルムのミッタク=レフラー研究所での研究集会

  •         
  • 石井 志保子さん

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