Ms Wendy

2021年9月掲載

『ふぞろいの林檎たち』には寺山修司が山田太一に頼み込んで出演

高橋 ひとみさん/女優

高橋 ひとみさん/女優
1961年東京都出身。79年舞台『バルトークの青ひげ公の城』で女優デビュー。翌年『上海異人娼館』で映画デビュー。『ふぞろいの林檎たち』(83)でドラマデビュー。以降、さまざまな人気ドラマや映画、バラエティ番組、情報番組でも活躍する。近年の出演作品に、ドラマ『過保護のカホコ』『逃げるは恥だが役に立つ』ほか。出演舞台『赤シャツ』が上演中(東京:9/5〜9/20 ブリリアホール/大阪:9/25〜9/28 森ノ宮ピロティホール)。2015年より南アフリカ観光親善大使、19年より大田区観光PR特使を務める。
やさしい父と厳しい母に育てられた

私は東京生まれ、東京育ち。今も実家で暮らしています。

父が大工の棟梁で、現役時代は若い職人さんが住み込みで働いていました。職人の朝は早く、6時には家を出ます。母は暗いうちから起き、朝食の支度のほかに、みんなに持たせるお弁当をつくっていました。姉も私も中学から私立に通ったので、それからはお弁当がさらに2つ増えて、テーブルにお弁当箱が並んでいるのが朝のいつもの光景でした。朝晩の食事も全員でにぎやかに。夕方6時頃には晩ご飯を食べて、9時頃には寝る生活です。だからか、私は今でも朝のほうが得意で、夜はすぐに眠たくなってしまいます。

棟梁としての父は厳しかったと思いますが、私たちは怒られたことがありません。祖父も大工で、殴られながら仕事を覚えたから、自分の子どもには絶対に手は出さないと決めていたそうです。その代わり、母が厳しかった。小学生の頃、姉とピアノを習っていたのですが、出来の良い姉と違い、私はなかなか上手にならない。指を間違えると竹のものさしで容赦なく腕をぴしゃっと叩かれました。私の腕の内出血を見て、近所のおばさんが「どうしたの?」と。私は「これ、模様だよ」と健気に答えていたそうです(笑)。

寺山修司演出の舞台オーディションを受ける

中学・高校は女子高で、当時はやっていたバレー部に入りました。

ところが、幼なじみで中高も同じだった友達が「オーディションを受ける」と言うので一緒について行ったのが、寺山修司さん演出の舞台公演です。寺山さんの短歌は国語の教科書で知っていましたが、劇団「天井桟敷」を主宰しているのは知りませんでした。

会場に着くと、演劇好きな少女たち、寺山さんのファンが数百人集まっていました。演劇素人の私が受かるはずはないと思っていたのですが、自分の番が終わり、友達を待っていると、寺山さんがこちらに歩いてきて「きみ、何番?」と。「もしかして…」と思っていたら合格。思いがけず『バルトークの青ひげ公の城』で舞台デビューすることになりました。

とにかくやさしい人。何でもしてくれた

私が演じたのは数人の少女の中の一人でしたが、公演が終わっても常に寺山さんと一緒にいた思い出があります。母が「うちの子、どこにいますか?」と寺山さんに電話するほど、親といるより長く過ごすようになったのです。

毎日、学校が終わると寺山さんの事務所に向かい、たまに手伝いをしました。その頃、寺山さんは報知新聞に競馬のコラムを書いていて、「この原稿を新聞社に電話で送りなさい」と言われたことも。当時はFAXもないので、電話で原稿を読んで伝えるのです。「今日は何回聞き返された?一回も聞き返されずに伝えられるようになるといいね」…今思えば、勉強をさせてくれていたのだと思います。寺山さんを中心にいつも人が集まり、周囲から尊敬され、憧れられている方なのに、私にはとにかくやさしく、何でもしてくれました。私の家に大量の本とブックエンドを持ち込み、本棚をつくってくれたこともあります。

なぜそれほど寺山さんにかわいがられたのか?今でも取材で聞かれますが、私にはわかりません。確かなのは、あんな無償の愛をくれた方は親以外にいないということです。結婚が遅かったのも、世の男性を寺山さんと比較して、「愛が足りない」と思っていたからかもしれません(笑)。

『ふぞろいの林檎たち』 売り込んでくれたのは

テレビドラマに出ることになったのも寺山さんのおかげです。早稲田大学時代の親友だった山田太一さんが『ふぞろいの林檎たち』という若者の群像劇を書くと聞いて、寺山さんが「高橋ひとみを出してもらえないか」と、何十年も会っていなかった山田さんのお家まで行って頼んでくれたそうです。それで、もともとなかった“伊吹夏恵”という役をつくってくださったと、寺山さんが亡くなってから聞きました。

第1話の台本を見て、寺山さんは、「すばらしい役だから、これでテレビの仕事が続かなければ、もうやめなさい」と。「本読み」という最初の顔合わせに向けて、台本読みの稽古にも付き合ってくれました。「本読み」が終わると、今度は「山田に何て言われた?」「じゃあ、もう一回練習しよう」と言って、一生懸命になってくれました。でも、1話のオンエアを見る前に亡くなってしまった。1話と2話の台本を棺に入れ、お見送りしました。

そのあと、2話の撮影で、私が中井貴一くんにすがって泣くシーンがありました。私にとってはほぼ初めてのお芝居で、普通なら泣くことなんてできなかったでしょう。でも、寺山さんが泣かせてくれた。「ひとみのために先生が死んであげるから、思い切り泣きなさい」と言われているようで、寺山さんの最後の愛を感じました。

ドラマは大ヒットしてパート4まで続き、そのおかげで今の私があると思っています。

ご一緒したのは18歳から21歳までのたった3年間ですが、「もし、寺山さんがもっと長生きしてくれたら」と、今もふと考えます。

座右の銘は「漂えど沈まず」

小さな壁にはしょっちゅうぶつかりますが、女優をやめようと思ったことはありません。“波の上下はあっても舟が沈まなければ大丈夫”という意味の「漂えど沈まず」が好きで、座右の銘にしています。

ただ、舞台は長い間、出演を躊躇(ちゅうちょ)していました。「もともと舞台出身でしょ?」と言われますが、寺山さんの作品も一度だけ。それも台詞がほとんどない役でしたし、その寺山さんから「ひとみはテレビに行きなさい」と言われたこともあって、なかなか一歩を踏み出せませんでした。

きっかけをくれたのは、俳優仲間の西村まさ彦さんです。ご自身の主演作『エデンの南』に誘ってくださり、「とっても楽しくて勉強になるので、これからは舞台もいいな」と思い始めて、出させていただく機会が増えました。この9月は舞台『赤シャツ』に出演します。夏目漱石の『坊ちゃん』に出てくる赤シャツを主人公にした作品で、私は下女のウシ役。下女という役どころも初めてで、今からドキドキ、ワクワクしています。

50代ではお母さん役も増えました。今年、還暦を迎え、次はおばあさん役になっていくのでしょう。将来は、草笛光子さんのように、年を重ねてもキラキラした女優になるのが高い目標です。そのためにも、ずっと健康でいないといけませんね。

南アフリカで出合った感動の風景

6年前、主人の仕事先のご縁で、南アフリカ観光親善大使のお役目をいただき、以来、何度か南アフリカを訪れています。

2泊3日かけて移動する豪華列車「ザ・ブルートレイン」に、日本の桜のように春になると薄紫色の花を一斉に咲かせて街を彩る「ジャカランダ」。いくつものワイナリー、そして、サファリの野生動物たち。特に、子象を連れた象の群れや何百頭ものバッファローの群れ、狩りをするライオンに出合ったときは、大げさではなく人生観が変わるほど感動しました。大自然の営みを目の前にすると、自分の悩みなんてちっぽけなものだと思えるから不思議です。

大人だからこそ楽しめる魅力にあふれた国への旅、みなさんにもおすすめしたいです。 訪れる際は、ぜひドレスとハイヒールを忘れずにスーツケースに入れてくださいね。

50代同士の結婚。何でもやってくれる人

主人とは知り合って2カ月、付き合って2週間で結婚しました。私が52歳で主人は50歳。お互い初婚で、それまで自由に生きて、自分を最優先にしてきた2人が一緒になって大丈夫?と心配する友人もいましたが、向こうが私の何倍もがまんして、何でもやってくれるので、何とか結婚生活が続いています。

何しろゴミ出し、掃除、アイロンがけ、私の靴の手入れまで完璧にやってくれるのです。唯一、料理が苦手だったのですが、今ではモモエ(愛犬:ゴールデンレトリバー)のために料理を覚え、ブラッシング、耳掃除、歯磨き、肉球にクリームを塗るところまで面倒をみてくれます。

SNS(インスタグラム)への投稿にも協力的で、モモエとの散歩の写真をよくアップするのですが、撮影はすべて主人。季節の花や風景とともに撮影した私とモモエの写真のオリジナルカレンダーづくりにまで発展して、毎年11月は写真選びで大忙し(笑)。お世話になっている方々にもお配りしています。

今のモットーは「楽しいことしか考えない」。夜、ベッドに入ってからも「もし私が魔法使いだったら」と想像をふくらませ、幸せな気分で眠りにつきます。これから始まる60代、ますます自由に生きていきたいですね。

(都内・事務所にて取材)

  • 3歳の頃。七五三にて

    3歳の頃。七五三にて

  • 8歳の頃。運動会にて

    8歳の頃。運動会にて

  • 15歳の頃。中学時代はバレー部に所属

    15歳の頃。中学時代はバレー部に所属

  • 20歳の頃。旅行先にて

    20歳の頃。旅行先にて

  • 30代の頃。撮影中の1枚

    30代の頃。撮影中の1枚

  • 南アフリカ観光親善大使。「トレードワークショップ2018」コンラッド東京にて

    南アフリカ観光親善大使。「トレードワークショップ2018」コンラッド東京にて

  • 高橋 ひとみさん

(無断転載禁ず)

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