大ブレイクの『タッチ』浅倉南から 『となりのトトロ』のサツキ、ETC音声も
- 日髙 のり子さん/声優・タレント
- 1962年生まれ、東京都出身。幼い頃より演じることに興味を持ち劇団に入団。80年、『初恋サンシャイン』で歌手デビュー。ラジオ番組のパーソナリティ、テレビ番組の司会、レポーターなどを経て84年、声優デビュー。『タッチ』浅倉南が社会現象に。『となりのトトロ』草壁サツキ、『らんま1/2』天道あかね、『名探偵コナン』世良真純など代表作多数。ほかにも『あさイチ』などのテレビ番組やCMのナレーション、ETC(パナソニック製)の音声など幅広いジャンルで活躍中。著書に『天職は、声優。』がある。ヘアメイク:針谷 ひろみ、スタイリスト:濱中 麻衣子
チャコちゃんみたいになりたかった女の子
私は今、声優をはじめ、TV番組やCMのナレーションなどの活動をしています。声の仕事は本当に楽しくて天職だと思うのですが、もともとは声優ではなく、女優を目指していました。
きっかけは幼い頃に見ていた『チャコちゃんハーイ!』というドラマです。当時、チャコちゃんは私の憧れであり、チャコちゃんになりたくて近所の床屋さんで同じ髪型にしてもらっていたほど。それが大きくなるにつれて、「私もチャコちゃんみたいなことをしたい!どうしたらできるの?」と母に聞くようになったそうです。私自身はそこまで鮮明に覚えていませんが、その後も、子どもが主役のドラマを見るたびに何度も同じ質問を繰り返していたようで、母もとうとう「じゃあ、劇団のオーディションを受けてみる?」と言ってくれたのです。
『ふたごのモンチッチ』の歌がきっかけで歌手に
私の初めてのドラマ出演は中学2年生のとき。NHKの『未来からの挑戦』という中学校を舞台にしたSFドラマでした。次が高校1年生で、今も続く東映のスーパー戦隊シリーズ『バトルフィーバーJ』、そして青春ドラマ『GOGO! チアガール』へと続きます。
その頃、私に『ふたごのモンチッチ』というアニメーションのオープニングとエンディングの歌の仕事が舞い込んできました。そのレコードがソニーから発売されたのをきっかけに、「うちからアイドルでデビューしないか?」と誘われ、人生という川の流れが変わったのです。
最初は、「歌唱力に自信がないし、やはり私は女優になりたいので、歌手は自分のなかで考えられません」とお返事しました。しかし、担当の方が「きみみたいな新人がいきなりドラマに出てもいい役につくのは難しい。だったら自分の歌を出して、多くの人に名前を覚えてもらってからチャレンジしても遅くないんじゃない?」と。その言葉に心が揺れました。「お芝居は学生時代まで。娘には一般就職してほしい」と願っていた両親には大反対されたものの、結局はお話しを受けることにしたのです。
厳しい現実に直面 自信をなくしたアイドル
しかし、いざデビューしてみると厳しい現実が待っていました。当時はアイドル全盛期。同じ頃にデビューしていたのは松田聖子さんや河合奈保子さん、柏原芳恵さんらキラキラオーラいっぱいの方ばかり。そのなかにあって、私はいつも不安げでおどおどした目立たない女の子でした。
NHKの歌番組『レッツゴーヤング』、バラエティー番組『たのきん全力投球!』、ラジオ番組『オールナイトニッポン』のアシスタントと3本のレギュラーこそありましたが、思うようにレコードのセールスが伸びず、歌手としての活動は下火になっていったのです。
そうなると新曲も出してもらえず、ますます自信をなくしていきました。デビューを機に所属を劇団からレコード会社に移していたことで、「またお芝居に戻りたい」とも言い出せず、私にとっては非常に苦しい時期でした。ただ、不思議なことに、アイドルになって世間の認知度を上げるという大きな目標が砕けてもなお、芸能界でがんばりたい気持ちがありました。
崖っぷちに立たされて選んだ声優の道
ところが家族の風当たりは厳しかった。それもそのはず。歌手として成功したとは言えず、レギュラー番組も1本になり、「せめて卒業だけはしなさい」と言われた短大も1年で中退してしまったのです。
成人式当日、「4年制の大学に通わせたと思って22歳までは待ってあげる。それで箸にも棒にも掛からなかったらさっさと辞めて就職しなさい」と最後通告されてしまいました。
それからというもの、ラジオのDJでもレポーターでも、いただいた仕事はジャンルを問わず全力で務め、オーディションを受け、スケジュールを埋めていきました。これもすべてお芝居につなげるためです。
そんなある日、出演していたラジオ番組にこんなお便りが届きました。「日髙さんは声に特徴があるので声優に向いているんじゃないですか?」「声優」の文字を見た瞬間、私の頭のなかで何かが弾けました。声の芝居ならできるかもしれない、ぜひチャレンジしてみたい!と思ったのです。
当時のマネージャーさんに話すと、すぐに売り込みを始めてくれました。とはいえ声優の事務所でもなく、何のつながりもないので手あたり次第、音響監督にプロフィルを送ったところ、運よく1つのアニメ作品の選考に残り、オーディションを受けられることに。しかし、その時間は別のお仕事が入っていたのです。そこでマネージャーさんがラジカセを持って会場に乗り込み、「ちょうどいま番組が放送しているので、声だけでも聴いてください!」と直訴。するとその場で『超時空騎団サザンクロス』のムジカ役に決まったという、信じられないことが起こりました。私の必死の思いをくみ取り、勝負に出てくれたマネージャーさんには感謝しかありません。
『タッチ』の浅倉南役で一躍大ブレイク!
作品が1つ決まるとすぐに2作品目も決まり、トントン拍子に仕事が続きました。そして3作目でついに代表作となるアニメ『タッチ』の浅倉南役を射止めることになったのです。番組のスタートが22歳の3月でしたので、まさにタッチの差で親から言われた期限に間に合いました。『タッチ』がヒットし大きな作品となったことで、両親もようやく納得してくれました。
ただ、この作品が社会現象になったことも、私の声が有名になったことも、どこか他人事でした。なぜなら、アニメの放送が始まった当初、「南ちゃんとイメージが合わない」という否定的な声が多く寄せられたからです。
アフレコの現場では私1人が新人で、プレッシャーのなか失敗を重ねていました。何しろ順調に進んでいるアフレコが、私の一言で止まるのです。緊張から食事ものどを通らず、朝食を食べずに現場へ行くと、ほかの方が台詞(せりふ)を言っているところでグォ~ッとお腹が鳴ってまたストップさせてしまうなど、いたたまれない日々が続きました。
ところが、いつの頃からかその声が静かになっていき、その代わりに『タッチ』の南ちゃん役としていろいろな番組にゲストで呼ばれるようになっていったのです。その数がどんどん増え、テレビやラジオのCMでも南ちゃんの声を出すようになり、『浅倉南』としてラジオ番組を持つまでに。当時は南ちゃんと自分はイコールのような感覚を持っていました。
40年近くたった今でも「南ちゃんの声で」とリクエストされることがあり、私にとってはもっとも思い出深い役。このアニメのおかげで声優としての土台もできたと思っています。
1番うれしかったのは『トトロ』のサツキ役
これまでで1番うれしかった役は?と聞かれたら、迷わず『となりのトトロ』の草壁サツキと答えます。宮崎駿監督の作品に出演することが声優の目標の1つであり、決まったときは本当にうれしかった。そして、そのときの喜びが今は何倍にも大きくふくらんでいます。
普段はアニメを見なくても、「トトロは好き」「小さい頃から何度も見ている」という人は多いでしょう。小さな子どもから大人までたくさんの人に愛され、1988年の公開から三十数年が経過した今もなお新鮮な感動を与えてくれる素敵な作品に携われたことを、私自身誇りに思っています。
意外な声の仕事として印象深かったものにはETCの機械音声があります。「カードが挿入されています」という、あの音声ガイドです。それこそアニメを見ない人でも、車を運転されるなら私の声を聴いたことがあるかもしれません。録音の現場では勝手がわからずものすごく苦労しましたが、TV番組のインタビューで「実は…」とお話しするとみなさん驚かれ、その反応を見るのが密かな楽しみだったりします(笑)。
耳に心地よい声はホットヨガから
声の仕事は本当に多岐にわたり、私の声が「こんな場面に向いているんじゃないか?」とチョイスしていただく機会も多いのですが、担当される方それぞれに思い出があり、「子どもの頃に見た、あのキャラクターの声でお願いします」と言われることもあれば、「『あさイチ』のフリートークの雰囲気で」とリクエストされることも。そのたびに脳内データから声を引っ張り出して原稿を読むと、みなさん目をキラキラさせて喜んでくださいます。そういう意味ではいつどんなオーダーがきても応えられるように、声のコンディションを整えておかなければと思います。「期待してくださった方をがっかりさせたくない」これが私の基本姿勢です。
そのためにはある程度体を鍛えて筋肉を落とさないことも大切ですし、のどの回復のためには十分な睡眠を取ることも大切です。今は、体の力を抜いてリラックスすることをテーマにホットヨガを取り入れています。温かい場所で汗をかきながら体を伸ばすので疲れも取れやすく、呼吸が深くなっていくように感じます。深い呼吸から出る自然な声がみなさんにとっても聴きやすい声ではないかと思いますし、そういう声を今後も出し続けられるようにしていきたい。また、自分の姿を出すお芝居も積極的にやっていきたい。体力増進を心がけながらこれからも前に進んでいこうと思います。
(都内にて取材)
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