Ms Wendy

2026年6月掲載

「かわいい工学とは、かわいいと感じるときに起きる生理反応を研究する工学です」

大倉 典子さん/「かわいい工学」研究者

大倉 典子さん/「かわいい工学」研究者
1953年大阪府生まれ。東京大学工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科計数工学専門課程修了。79年日立製作所中央研究所に就職。95年東京大学大学院博士後期課程修了。脳波など生体信号を測定する手法を用いて世界で初めて「かわいい」を研究対象にとり上げ、「かわいい工学」の第一人者となる。2026年環太平洋大学(IPU) 東京キャンパス国際経済経営学部 国際経済経営学科特任教授就任。著書に『「かわいい」工学』。
どこでも友達ができる私の原点

私は大阪で生まれましたが、父は証券会社の転勤族だったので、2年ごとに住む場所が変わっていました。幼稚園も3つ通いましたし、小学校も東京と名古屋を行ったり来たり。おかげでどこに行ってもすぐ友達ができるようになりました(笑)。

 

母はとてもおおらかな人でした。1972年、3月の大学受験の直前の2月に札幌オリンピックがあったのですが、当時「日の丸飛行隊」といわれ大人気だったスキージャンプの中継を「勉強している場合じゃない!」と一緒に観戦したのを思い出します。本当にのびのび育ててもらったなと思います。

 

小学校の頃は近所の塾が大好きで、塾の先生に憧れていました。塾は家族経営で先生たちはとても親しみやすく、勉強が楽しかったんです。中学受験も友達が塾に行くから私も行くという感じで始め、先生の勧めで東京教育大学附属中学校(現・筑波大学附属中学校)に進学。実験的な授業も多く、詰め込み教育とは無縁で毎日が新しい発見の連続でした

進路に悩んだ青春時代

高校では周りがみんな東大を目指すような環境だったので私も自然と東大理科Ⅰ類に進学。自分では数学が得意だと思っていたのですが、全国の受験校から来た同級生たちはみんな、大学の数学の授業内容をすでに終わっているような人たちばかり。「ここでは戦えない」と方向転換して計数工学科へ。大学院修士課程を終えた後、縁あって日立製作所中央研究所に就職しました。

 

当時はまだ男女雇用機会均等法もなくて、女性が大学院を出て就職するだけでも「変わった人」扱いされ珍しがられる時代でした。日立でも、当時は大卒の女性の給与規定がなく、自分も気づいたら高卒扱いになっていたり、女性社員の昇給が入社5年で止まっていたりと、今とは隔世の感がありますね。そんな時代でも、研究現場では周囲に恵まれ「女性にはムリ」と差別されることもなく、やりたい研究をのびのびやらせてもらえました。

働く女性は手抜き主婦!?

結婚・出産を経て日立を退職し、その後はSE(システムエンジニア)として働き始めましたが、仕事と家事・育児の両立は本当に大変。夫は子どものおむつも替えられないような「ザ・昭和の研究者」でしたから、家事も子育てもほぼ私がひとりで担当。当時は周りの女性のほとんどが専業主婦でしたから、私自身「外で働くことで家事の手抜きを許されている」という感覚がどこかにあって、申し訳なさを感じていました。 

 

今は2人の息子たちもそれぞれ家庭を持って、共働きで子育てをしています。息子たちはおむつも替えられるし、当たり前のように家事も分担しています。本当に時代が変わったなぁと、しみじみ思います。

一念発起の博士号取得

そんな折、夫が博士号を取得しました。研究の第一線から離れていた私の中に「私だって本当は博士号を取りたかったのに!」という気持ちが湧きあがり、もう一度博士号にチャレンジしようと決意したのです。

 

ちょうどタイミング良く東大の先端科学技術研究センター(先端研)が社会人博士を募集するという新聞記事を見つけました。博士号取得には最短でも3年間が必要です。長男が小3、次男が小1の今しかない!と応募しました。幸い当時勤めていた会社も休職を認めてくれたので、家庭と両立しながら博士課程に進学し無事3年で念願の博士号を取得することができました

 

博士論文の副査の先生にお礼のごあいさつに伺い、休職していた会社に戻る旨を伝えたところ、先生から「あなたにとって博士号はお茶やお花の免状と同じなの?」と言われたことが心に残り、「博士号をもっと活かせる道があるのでは?」と考え、大学教員を目指すきっかけになりました

 

それで就職活動を開始、45歳で芝浦工業大学の教授に採用されキャリアの新たな一歩を踏み出しました。先生のこのひと言には、今もとても感謝しています。

 

定年まで勤めた芝浦工業大学では情報工学科の立ち上げやカリキュラム作りに関わりました。どんな授業をつくるか、どんな先生を採用するかをゼロから考えるのはとてもワクワクする仕事でした。

 

ただ、当時の工学部というのは本当に男性社会で「教授会で女性が発言するなんて…」という空気があり「いったいここは何時代?」と驚いたのも事実です(笑)。

 

当時、私が採用されたことが大学改革の第一歩だったのだと思いますが、その後私は男女共同参画推進室の室長を務めたり、学長補佐になったりと、大学や学会で女性の活躍の場が広がっていくのを身をもって体感しました。

50歳で「かわいい」の研究を

50歳を迎えたとき、「これからは女性のための工学をやろう」と強く思うようになりました。というのも、日本の大学における工学部の女性教員(講師以上)の割合は全体としてまだとても低く、わずか数%。理系の中でも特に女性が少ない分野なんです。

 

医薬品のパッケージなどの工業製品や公共空間にしても、男性が不便に思うことはすぐに改善されるのに、女性が不便に思うことはなかなか改善されない現実があります。これは、モノ作りの研究や開発の現場に女性が少ないからと感じ「もっと女性の視点を活かした研究をしたい」と考えるようになったのです。

 

そして「女性の視点」を意識する中で私の心をとらえて離さなかったのが「かわいい」という感性価値でした。母が手作りしてくれた、かわいい洋服や持ち物に囲まれて育った私は、子どもの頃からかわいいものが大好きでした。

 

でも当時「かわいい」は研究の世界ではまったく認められておらず、ネット検索しても研究論文はゼロ。出てくるのはいかがわしい画像ばかりです。「かわいい」は主観的感覚として扱われ、科学的分析や数値化はほとんど行われていませんでした。そこで私は、人が「かわいい」と感じるときに起きる生理反応を数値化することにしました。脳波や心拍など生体データの測定は大学時代から続けてきた得意の手法です。 

 

そして「かわいい工学をやります」と宣言すると、同世代や年上世代の先生方からは「そんなテーマを研究対象にするのはやめた方がいい」と忠告されました。

きっと時代がついてくる

ところが若い世代や海外の研究者からはそれまで脇に追いやられていた「かわいい」を可視化する私の研究に「面白い!」「応援します!」というポジティブな声がたくさん届いたのです。若い人たちのこの反応を見て「かわいいの研究は時代の先取りだ。今は理解されなくても、きっと時代が追いついてくる」と私は確信しました。

 

そう思えたのは、当時出会った日本感性工学会の先生の「21世紀は感性が価値になる」という言葉でした。私自身、その言葉に深く共感していたので、ワクワクしながら「かわいい」の研究に取り組んでこられたのです。

「かわいい」は日本人の強み

今や「かわいい」は単なる流行や趣味の領域ではなく、日本発の文化「Kawaii」として世界的にも注目され、デザインやマーケティング、心理学、工学など多分野で応用が進んでいます。さらに日本では「かわいい」の発展形として、「キモかわいい」「あざとかわいい」「エロかわいい」など「~かわいい」というバリエーションも次々生まれています。

 

これは「かわいい」の中にも多様な種類を感じ取る日本人の繊細な感性の表れであり、世界でも独自の価値観、感性の強みだと思います。

しなやかに、自分らしく

芝浦工大在職中は非常勤講師として放送大学や東京女子大などで「かわいい工学」や「感性工学」を教える機会もいただきました。また芝浦工大では退職後に「感性情報処理」を教えました。若い世代に自分の専門分野を伝えられるのは大きなやりがいです。

 

さらに今年4月からは、環太平洋大学の特任教授として来年開設される「デザイン経営学科」の設立準備にも関わっています。私は長年、工学という男性社会で自分が女性であることを消して生きてきましたが、これからは誰もが性別や既成概念の枠にとらわれず、自分らしく活躍できる大学づくりに貢献したいと思っています。

 

人生には時に困難や逆風もありますが、女性にはどんなに曲がっても折れない、柳のようなしなやかさがあると感じています。そんな柔軟で強い生き方を若い世代にも伝えていきたい。そして「Kawaiiが世界を救う!」という新しい風を、日本から起こしていきましょう

(千葉県内にて取材)

         
  • 1958年、4歳の頃。大阪にあった母の実家にて。前列右から2番目で座っているのが本人。後列左から3番目が母で、抱えているのは4つ下の妹

    1958年、4歳の頃。大阪にあった母の実家にて。前列右から2番目で座っているのが本人。後列左から3番目が母で、抱えているのは4つ下の妹

  • 東京大学大学院の廣瀬・谷川・鳴海研究室とUnityの簗瀬洋平氏が制作した、高所にある足場を歩き回るVRシステムUnlimited Corridor(無限回廊)を体験しているところ 。高所を歩く怖さに必死に耐えている

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  • 2014年8月にシカゴで開催された国際会議(EMBC2014)のコーヒーブレイクで意見交換しているところ

    2014年8月にシカゴで開催された国際会議(EMBC2014)のコーヒーブレイクで意見交換しているところ

  • 芝浦工業大学工学部情報工学科・大倉研究室名物の「フィギュア棚」。研究室内の目隠しも兼ね、学生らの私物フィギュアが並べられていた。現在もその面影が大学に残っている

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  • 日本科学未来館にて。ソニーグループ ハナモフロルプロジェクトリーダーの袖山慶直氏と。中央が子ども型見守り介護ロボット「ハナモフロル」(2023年の第11回かわいい感性デザイン賞最優秀賞)

    日本科学未来館にて。ソニーグループ ハナモフロルプロジェクトリーダーの袖山慶直氏と。中央が子ども型見守り介護ロボット「ハナモフロル」(2023年の第11回かわいい感性デザイン賞最優秀賞)

  •     
  • 2024年、AI分野での功績が評価され、アジア太平洋人工知能協会(AAIA)のフェローに認定された

    2024年、AI分野での功績が評価され、アジア太平洋人工知能協会(AAIA)のフェローに認定された

  •          
  • 大倉 典子さん

(無断転載禁ず)

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