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手書き文字 愛好家/井原 奈津子さん

井原 奈津子さん
「手書き文字の魅力」
Profile

井原 奈津子さん/手書き文字 愛好家

 

20年ほど前から

 手書き文字が好きで、18歳だった20年ほど前から、気になった字を収集している。

 有名無名問わず集めた数百人の字の中から「これは」というものを抜粋した「美しい日本のくせ字100選」という大型本を自主制作している。

人の字

小学生時の担任の先生の字
小学生時の担任の先生の字

 小学一年生の時、市の主催する硬筆コンクールで賞をもらった。「字を人に評価される」ことに驚き、そしてうれしかった。思えばそれがきっかけで、字を書くことが好きになった気がする。その延長なのかどうか、書くことだけでなく、人の字を見ることにも漠然と興味を持っていた。

 人の字に関して思い出深いのは、小学4年生の時の文集。担任の先生の字が好きで、いわゆるペン習字のような形ではないのだが、ふところの広い、とても美しい字だった。

 その先生が字にこだわりがあったためかは分からないが、彼が学年末にまとめた文集には、生徒はもちろん、保護者の字まで載っていた。保護者にも作文を依頼していたのだ。

 私は、級友たちの母親や父親の字を見て興奮した。人となりを知っている人たちの、それまでは見ることのなかった一面を字から感じたからだと思う。貴重な体験だった。

時代と字

 大きく見た印象からではあるが、私の親の世代は「ペン習字のような美しい字」を書くことが美徳とされた時代だったと想像する。

 昭和48年生まれの私の世代は少し違っていた。価値観や美意識が多様化しはじめた時代なのではないだろうか。

 小学生の時には「丸文字」と呼ばれる、角を丸くした書体が女子のあいだで流行し、私も書いていた。服や文房具と同じように、字も「かわいいもの」を身に付けたかった。

 丸文字が、はやらなくなった後も、例えば「世の中の雰囲気」「自分の気持ち」「伝える相手」などを字に反映させるといった「字で文章の内容以外の何かを表現する意識」というものを多くの人が持っているように思う。

好きになった字

予備校生時の講師の字
予備校生時の講師の字

 私が好きになった字を思い出してみる。

 中学生で好きになったのは、少女まんが雑誌『りぼん』で連載を持っていた漫画家の本田恵子さんの字。ときどき活字に混じって、セリフなどに本田さんの字が使われていた。かわいさときれいさを兼ね備え、かつ優等生らしさと少々の大胆さも持つ、まさに彼女の漫画に出てくる主人公の女の子のイメージそのものだった。「モテそうな女の子の字」。憧れ、まねをした。

 高校生で好きになったのは、イラストレーターの西村玲子さんの字。彼女のエッセイに、イラストとともに添えられている字が、ラフに素早く書いたような字で、さりげなく見えるがおしゃれだった。西村さんの持つすてきな、まだ見ぬ大人の世界を、字から眺めていた。

 美大受験の予備校生の時には、東京藝術大学の現役学生だった男性講師の字に衝撃を受けた。ある時、配られた試験対策のための冊子に書かれた字に驚いた。友達と「すてきな字だね」「これはすごい」と言い合った。

 見てすぐは、「汚いな」という印象の、一つ一つが、かなりデフォルメされた字。その形は芸術的で、また、本当はきれいに書けるのに、わざと汚く書いているという意識が見て取れる字だった。「崩しの美学」のようなものを、初めて字から感じた。

 その冊子を「取っておきたい」と思ったのが、その後、字を収集しはじめるきっかけとなった。

字の収集

 多摩美術大学に入学した後も、アルバイト先の広告代理店で拾った学生の字、ライブハウスで配られたチラシに書かれた音楽ライターの字、デザインをしていた自費出版の音楽雑誌に送られて来たレコード屋店員の字、もらった音楽テープに添えられた友達の字、雑誌に載っていたミュージシャンの字など、好きだと思った字をファイルに収めていった。

感動を人と共有したい

『100人のくせ字入門シリーズ』
『100人のくせ字入門シリーズ』

 転機になったのは、お笑い芸人の松本人志さんの字。深夜の番組で披露される、フリップの字に圧倒された。

 大喜利のコーナーで、おそらく素早く書く必要があったため、読めるか読めないか、ギリギリの雑さで書かれたスピード感のある字。書き順や、つくりを無視し、字のシルエットを絵を描くように表した、見たことのない字の書き方と形に感動を覚え、週5日放送するその番組を毎回必死に録画した。

 松本さんの字をいつでも楽しめるようにと、ビデオデッキとパソコンをつなぎ、録画した映像を一時停止し、プリンターで印刷した。

 1人だけで楽しむのはもったいないと、周囲に見せても「汚い字だね」などと言われ、私が感じている字の素晴らしさを伝えることができなかった。

 私は字が好きだから、元の姿のままで感動できるが、好きではない人には上手に伝えないと、そのものの良さが伝わらないのだということを悟った。

 そのもどかしさがきっかけとなり、松本人志さんの字を見やすく並べた「100人のくせ字入門シリーズ① お笑い芸人の字」という小冊子を作った。

 これには苦労がある。録画画像は粗いので、そのままだと紙に印刷したときの見た目の精度が低い。直筆が一番いいが、手に入る術がない。試行錯誤した末、私が松本さんの字を練習して書き、上手く再現できたと思ったものを使った。

今後やりたいこと

『美しい日本のくせ字100選』の中の1ページ
『美しい日本のくせ字100選』の中の1ページ

 私の好きな松本さんや他の人の字をまとめたのが、冒頭の「美しい日本のくせ字100選」だ。

 仕事の合間にコツコツ制作を進めているが、100人にはまだ到底届かない。多くの人に見てもらいたい気持ちがあるので、出版するのが目標だ。実現できたら、こんなにうれしいことはない。

 また、長年主な仕事としてきたグラフィックデザインについて「上手くできない。向いていない」と悩んできたが、私が作っている「100選」、これはまさに、悩みつつも仕事として続けてきた、デザインが必要な作業だ。

 「ものを人に伝える仕事」。今まで培ってきた技術を生かせたら、これもまたうれしい。



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