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桝一市村酒造場 代表取締役/セーラ・マリ・カミングスさん

桝一市村酒造場 代表取締役/セーラ・マリ・カミングス
「木桶文化再生への道のり」
Profile

セーラ・マリ・カミングス/桝一市村酒造場 代表取締役



葛飾北斎「尾州不二見原」

葛飾北斎「尾州不二見原」

木桶への憧れ

 私が母校のペンシルベニア州立大学の学生だったころ、1枚の浮世絵に興味をひかれました。葛飾北斎が描く冨嶽三十六景の「尾州不二見原」で、遠くに富士山を望む原っぱで一人の桶職人が黙々と大桶を作る姿が、木の国・森の国日本を象徴しているようで、日本語を専攻していた一学生である私にとって極めて印象的でした。

 1994年、長野冬季五輪にかかわりたいということで来日して1年後、長野県小布施町にある小さな造り酒屋に就職することになりました。それが現在の勤務先である桝一市村酒造場です。

 創業当時からの酒蔵は、250年の風雪に耐え、独特の雰囲気を醸し出していましたが、蔵の隅に置かれた木の大桶は50年も使われずにいるということを聞き、何か寂しい気持ちになりました。酒蔵というのは木の大桶がずらりと並んで、酒の仕込みもその大きな桶を使って行われるものと想像していたので、がっかりもしたのです。しかも日本中の酒屋で桶仕込みをやっているところはないかもしれないと聞き、少々驚きもしました。

酒蔵訪問

 それから私は出張や旅行で外に出る機会があるたびに、酒蔵はもちろんのこと、味噌屋さんや醤油屋さんの醸造蔵も見せてもらうようにしました。すると味噌蔵や醤油蔵にはまだ大きな桶が現役として活躍しているケースが時々ありました。しかし、酒蔵で使用されている例はありません。そこで日本酒造組合中央会に問い合わせてみると、木の桶で仕込んでいる酒蔵は皆無であるとのことでした。酒屋によっては酒蔵の一角に桶師の細工小屋や細工部屋を残しているところもありましたが、大きな仕込み桶はもちろん、タメ(手汲み桶)と呼ばれる小型の桶をはじめとして、現役の道具として使われている大小の桶はありませんでした。

樽と桶

 そもそも桶と樽は似ていますが異なるものです 。樽は出荷容器であり、そのため鏡蓋と呼ばれる、しっかり中身を閉じ込めるふたがありますが、桶は大小にかかわらず道具であり、何度も何度も使われるものです。しかも仕込み桶は、まず数十年間は酒屋で使われ、その後に味噌や醤油造りに約150年ぐらい使われるそうです。味噌や醤油の品質にとって、新しい桶よりも酒造りで使用されたものの方が良いからだそうです。実に200年ほども使われることになります。この素晴らしい循環型のシステムは、日本ならではの文化です。

桶屋さんがいた

木桶による酒仕込み風景

木桶による酒仕込み風景


 2000年のミレニアムを迎えるにあたり、ぜひ桶仕込みの酒を復活させ、そしてほかの酒屋に呼びかけて再び桶の需要を喚起することによって、桶屋さんが生業として成り立つようにしたいと決心しました。社長を説得し、杜氏や蔵人に賛同してもらい、かつ桶屋さんを探すということを同時にやり始めました。

 1番難航したのが新しい大桶を作ってくれる桶屋さん探しでした。大杜氏の、新潟県妙高市にいるかもしれないという情報を頼りに探したのが清水作治氏で、当時70歳を超えていました。もう年だからという言葉にひるまず何度もお願いして作っていただくことになり、ついに桶仕込み酒「白金」は50年ぶりに復活しました。その後清水さんは「生きている限り大桶を作ってやるよ」の言葉通り、わが社に5本の大桶をおさめた後、2005年に亡くなってしまいました。お通夜のとき、清水さんのご遺族の皆さんがくださった「黄綬褒章をもらったときと仕込み桶を作っていたときが1番幸せそうだった」という言葉は忘れられません。

出会いの人々

 桶仕込み酒復活がニュースとなると、さまざまな人々との出会いが始まりました。大阪府堺市で日本で唯一、桶師集団を率いる上芝雄史氏や、桶の研究で知られる九州大学の石村真一教授、東京農大教授発酵学の第一人者小泉武夫先生、一橋大学教授米倉誠一郎先生などそうそうたる方々が桶文化に興味を示してくださいました。もちろん、全国の酒屋仲間からも桶仕込みに関心を抱くだけでなく、復活を試みてくれるところも続々と登場してきました。酒屋だけでなく、出会いの方々からの紹介で、味噌屋さん、醤油屋さん、漬物屋さんなどでも桶を使っているところや、将来試してみたいという企業がたくさん声を掛けてくださるようになり、それらの方々同士の交流の中から新たな桶が生まれたり、修繕により再び桶が使われるようになってきました。

桶仕込み保存会の発足

 米国では、ソサイアティーと呼ばれる組織があります。同業者組合でもなく、市民グループとも異なる、いわばそれらを足したものというような組織です。例えば、桶に興味のある一般の人も学者も、桶を作る人も桶の材料である木材や竹を商う人も、さらに桶を使って商品を作ったり加工したりする企業も桶に関心を持つ企業も、すべてが情報交換や親睦のために集まる組織ができれば、それが桶のソサイアティーといえます。

 2000年に、桶仕込みに関心を持つ酒屋の勉強会として桶仕込み保存会を結成していましたが、研究するにつれ、桶の奥深さや歴史性、さらには将来性も高いということに気付き、この桶仕込み保存会を「桶のソサイアティー」にしようということになりました。

「いまさらおけを考える会」開催

「いまさらおけを考える会」の会場に飾られた桶アート

「いまさらおけを考える会」
の会場に飾られた桶アート

 東京の六本木ヒルズにはさまざまな機能があります。とりわけタワー49階・50階のアカデミーヒルズには、図書館やホール、ワークスペースがあり、日ごろはビジネススクールなどが開催されています。この場所で、桶の未来性を語り、桶で造られた酒や発酵食品を楽しむという会を開くことによって「桶仕込み保存会」をソサイアティーに発展させようという企てを2006年に実現しました。集いの名は「いまさらおけを考える会」。人が来てくれるだろうかという不安をよそに、なんと700人もの方々においでいただき、おおいに感激しました。それと同時に、日本人は本当に自分たちの文化を愛しているんだということを、会場の熱気からひしひしと感じました。

 会場の方々のみではありません。桶アートと称して、1本の古い桶をバラした36本の板を36人の各界の超著名人に送り、アートとして文字や色をデザインし着色してほしいというむしのいい願いを皆さんが承諾してくれました。当日はその板を再び桶として組み立て、パーティー会場の華として展示されました。こうした方々もまた桶文化復活に声援を送ってくださったわけです。

 昨年も第2回の「いまさらおけを考える会」がアカデミーヒルズで大盛況のうちに開催され、桶仕込み保存会は正式に内閣府認可のNPO組織となりました。そして桶仕込み酒を復活した酒蔵は、60社を超えています。



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