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シュガーアーティスト、ウェディングケーキコーディネーター/仁井 幸子さん

シュガーアーティスト、ウェディングケーキコーディネーター/仁井 幸子
「花嫁さんの夢をシュガーケーキに託して」
Profile

仁井 幸子/シュガーアーティスト、ウェディングケーキコーディネーター
1969年生まれ。1999 年からシュガーアートを学び、2000年大阪にて教室オープン。2001年東京でも教室をスタートし、ウェディングケーキの指導を始める。2003年からは東京シュガーアート(恵比寿)を立ち上げ、初心者の花嫁さんのための「シュガーアートでつくる私のウェディングケーキ」(美術出版社)を東京シュガーアートより出版。2005年には関西校(夙川)も開講。現在芦屋在住。
教室HP: http://www.tokyosugarart.com
自身のHP:http://www.sugararts.jp



2008ジャパンケーキショー東京 シュガークラフト工芸菓子部門で優 勝した作品

2008ジャパンケーキショー東京
シュガークラフト工芸菓子部門で
優 勝した作品

シュガーアートとの出合い

 昔から、習い事とか資格とかいうものが大好きで、今まで習った種類や取得した資格をあげたらよく驚かれます。華道・茶道は10年、書道は延べ8年、ピアノは7年、料理は5年、和裁、着付け、英会話、カクテル教室、ビリヤード、テニスなどなど…。そんな私が、習い事オタク(良く言えば、自分探しの旅?!)の専業主婦から卒業するきっかけとなる、ある出会いがありました。

 1998年に通い始めた芦屋にあるお菓子教室「セナールの森」での高川みどり先生との出会いです。高川先生は本当に素敵な先生で、「私も先生みたいになりたいな~。それにお菓子って奥が深いし、面白い!」そう思い始めて1年がたったときのことです。先生が、「シュガーアート(以下シュガー)もやってみたらどう?」と声をかけてくださいました。甘い香りの砂糖のペーストを丸めたり伸ばしたりして好きに形作る工程はとても楽しく、またお菓子作りと違って失敗してもすぐにやり直しがきくシュガーに、それ以上の魅力を感じるのに時間はかかりませんでした。そしてなんと普通の主婦がシュガーを習い始めて1年で教室を開くことになったのです。

教室開講、夫の東京への転勤

生徒さんのカジキマグロとアナゴの ウェディングケーキ

生徒さんのカジキマグロと
アナゴのウェディングケーキ

アナゴのアップ

アナゴのアップ

カジキマグロのトップ

カジキマグロのトップ

 当時はとにかくシュガーの楽しさを誰かに伝えたい!という気持ちが大きかったので、教室を開くことに迷いはありませんでした。また一気にたくさんの生徒さんが来るなんて期待していませんでしたし、案の定、最初は生徒さんが1人の時期が1年ほど続きました。しかし、夫の転勤で東京にも教室を開講したころから、生徒さんがだんだんと来てくださるようになりました。なぜかというと、それはインターネットの力も大きいのでは?と思います。最初の開店休業状態の暇な時間を活用し、独学で勉強して試行錯誤の上、2000年にホームページを開設しました。ウェディングケーキを作りたいという花嫁さんが初めていらっしゃったのも、カルチャー講座を引き受けたのも、雑誌の取材を受けたのもちょうどこのころでした。そういった未経験の仕事もたくさんこなしながら、教室、そして生徒さんと一緒に成長していくことができました。

ウェディングケーキ作りの指導を天職と思うように

 ウェディングケーキは、花嫁さんにとって一生に1度の晴れ舞台に欠かせないものですから、そのお手伝いに私も持てる力をすべて振り絞りました。でも私が力を振り絞ったところで、花嫁さんの出すアイデアにかなうはずがなく、逆に私はいつも生徒さんから勉強させていただきました。花嫁さんの希望を叶えていくことにより、私の引き出しもどんどん増えていったのです!そして、1つケーキを完成するたび見せてくれる花嫁さんのうれしそうな顔は、私をウェディング中毒にしていきました。ウェディングケーキ作りを教えることに生き甲斐すら感じるようになったのです。シュガーはお菓子作りの経験の有無や、器用不器用もそれほど問いません。「釣りが出会い」だというある花嫁さんは、ケーキトップにカジキマグロ、中段はアナゴでハートを表現したんですよ!引き受けたときは、どうやってカジキマグロを作ろうかと夜な夜な悩んだものでした。でも成せば成るのです。そういったいろいろな花嫁さんをお手伝いしてきた今、シュガーのウェディングケーキは花嫁さんの自己表現における1番の素材だと自信を持っておすすめできます!

東京シュガーアートの尊敬する友人たちと一緒に

東京シュガーアートの
尊敬する友人たちと一緒に

第1回日本シュガーアートコンペティション2007グループ部門で優勝した作品

第1回日本シュガーアート
コンペティション2007グループ部門
で優勝した作品

生涯の友人との出会い、そして美大生に

 先生という立場である限り、生徒さんが後からどんどん追ってくるのですから、自分も向上し続けないといけません。追われる立場となってから、さらに技術を習得するため、国内外のシュガーの先生たちの教えを受けました。イギリスやアメリカに勉強に行くことを、夫が快諾してくれたことは今でも感謝しています。さまざまな場所で勉強していく中で、後に「東京シュガーアート」を一緒に立ち上げることになる生涯の友人たちと出会ったのです。私よりもはるかにセンスや才能にあふれている友人たちとの出会いは、感動的でした。井の中の蛙大海を知らず、とは言い得て妙、自分の才能のなさを認識するというショックも受けました。しかし、もともと打たれ弱い私が、なぜかシュガーに関しては打たれ強かったのです。才能のなさを補うにはさらなる努力しかない!でもどういう努力をすればいい?と悩みました。そのとき夫が、「武蔵野美術大学の通信講座が始まるよ。これやってみたら?」とアドバイスしてくれました。不安もあり、とても悩みましたが、何もやらないよりはマシだと思い、やってみることにしました。主婦とシュガー教室、そして学生という3足のわらじ生活は大変でしたが、学校に行けばいろんな年代の感性の違う仲間たちと刺激し合え、何よりデザインの勉強という目的も達成でき、とても有意義な3年間を過ごし、卒業することができました。

東京シュガーアート設立、ウェディングケーキの本出版

 美大在学中に、友人3人と銀座で展示会をし、それがとても好評で…。1人の力で1を達成できるとすると、4人集まれば4倍の4、いえ、そうではなく、その倍の8くらいを達成できることを知ったのです。単に4倍ではなく、本当に無限の可能性を秘めているようにも感じました。私以外の3人もそう感じてくれたようで、意気投合した4人は、一緒に教室を開いてシュガーを広めよう!と、 2003年「東京シュガーアート」を恵比寿に開講しました。ウェディングケーキレッスンの生徒さんもたくさんお越しくださり、花嫁さんの希望を形にしていく幸せを日々感じていました。そんな中、花嫁さん手作りのウェディングケーキと幸せな結婚式の姿を掲載している当教室ホームページが美術出版社の方の目にとまり、2005年6月「シュガーアートでつくる私のウェディングケーキ」を出版する運びとなったのです。普通の主婦が、友人と一緒に仕事をすることにより、とうとう本を出版するまでたどり着いたのです。

銀座の展示会に出品した作品

銀座の展示会に出品した作品

関西へ舞い戻り東京との2重生活、関西校設立

 本を出版して1段落たったころ、夫の関西への転勤が決まりました。当時はまだスタッフも育っていなかったので、東京でのレッスンのため、私は東京と関西、半々の生活をすることになりました。レッスン3昧の暮らしに慣れたある日、残り半分の関西生活に物足りなさを感じ、関西にももっとシュガーを広めるべきなのでは?と思うようになりました。そうして、2005年9月、関西校をオープンすることになりました。関西校もありがたいことに、もともとの大阪の生徒さんも含めてたくさん集まってくださり、東京ほどではありませんがこぢんまりとレッスンをしています。

妊娠出産、仕事復活

 関西校も軌道に乗り、スタッフも育ってきたある日、思いがけず妊娠が発覚しました。37歳という高齢出産でしたし、今まで原因不明の流産を3回経験していた私は、仕事をセーブする道を選びました。東京出張も無理のない範囲で徐々に減らし、関西でのレッスンもみんなに任せていき、出産1カ月前には完全に仕事から退きました。そして2006年11月に無事に長男(なんと4396㌘)を出産し、産後1カ月ほどで裏方(事務など)の仕事に復活、翌年5月には徐々にレッスンにも復帰し始めました。このとき思ったのは、私1人で教室を運営していたらこうはいかなかったであろう、ということです。友人であり、仲間でもあるみんなの助けがあったからこそ、休ませてもらったり、復帰したりできるのですから。人間はやはり1人では生きていけないものだと実感し、友人のありがたさをしみじみとかみしめました。

東京シュガーアートより出版した本「シュガーアートでつくる私のウェディングケーキ」

東京シュガーアートより出版した本
「シュガーアートでつくる
私のウェディングケーキ」

そして今

 現在も完全復活とはいきませんが、家事育児に無理のないペースで仕事をしています。平日のレッスン時は子どもを一時保育に預け、土日のレッスン時は、夫に見てもらい、なんとか乗り切っています。昨年10月に行われたジャパンケーキショー東京では、息子のお昼寝中の2時間のみに集中して制作したおかげで、優勝という思いがけないプレゼントをいただきました。出産後、子どもがいるから何もできないと思ったことも多々ありましたが、この賞は、逆に子どもがいたからこそいただけたものなのです。2時間しかないと思えば、その時間に作るしかないわけですし、時間のやりくりの大切さを息子に学ばせてもらいました。育児とは自分を育てるとはよくいったものだなあと思います。  これからも家族とともに、また仲間とともに、成長していきたいと思っています。普通の主婦でも前向きに頑張れば人生面白く変わります!



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