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グラスリッツェンフィールド協会主宰/井上 裕子さん

グラスリッツェンフィールド協会主宰/井上 裕子
「魅せられる手彫りガラス」
Profile

井上 裕子/グラスリッツェンフィールド協会主宰
北海道生まれ。小学館美術編集部を経て、アメリカンクラブ各国大使館関係ほか在日外国人工芸指導。マコー社より『私の手彫りガラス』『もっと素敵な手彫りガラス』出版。東急デパート本店、恵比寿ガーデンプレイス、韓国現代デパート、京都長楽館、智恩院別院など国内外で多数展示、作品展主催。
ホームページ: http://www5b.biglobe.ne.jp/~y-glass/



夜明け

夜明け

まなざし

まなざし

フォクシャ

フォクシャ

 ガラスの透明感と冷たさ、その繊細さに惹かれ、ガラスに関する工芸を若いころからいろいろと挑戦してきました。子育ての忙しい時期に工房へ通う時間がとれず、唯一、今まで続けられたのが、グラスリッツェンです。この舌を噛みそうなカタカナ名は、ドイツ語でひっかくという意味を持ちます。ガラスに浅彫りする手彫りガラス技法は、食事を作りながらでも、食卓のほんの片隅のスペースで思いのほか簡単に、しかも美しく彫れるのが、魅力的な工芸です。

オールドローズ

オールドローズ

菩薩

菩薩

天使の綱ひき

天使の綱ひき

 覚えたてのころは何より楽しく、家中のガラス器や鏡、コーヒーの空瓶まで、ただただ夢中で彫っていました。道端の何もかもが図案に思え、新聞の折り込みチラシさえも、すべてがガラスを彫るアイデアの対象に見え新鮮に映りました。そんな日々の中、あるきっかけで、在日外国人の方々にグラスリッツェンを教える機会に恵まれました。始まりは桜や富士山、歌舞伎や相撲絵まで、ガラスというモダンな硬質素材に、ごてごてな東洋柄を彫ることが珍しく、あっという間にお教室は広がっていきました。元々この技法は、紀元後3世紀ごろからあり、いったん途絶えましたが、ルネサンス期のヴェネツィアで復活しました。そしてダイヤモンドポイント彫りとして、特にオランダ上流階級の貴婦人に親しまれ、今日に至るまで、ヨーロッパ各地に受け継がれてきました。まさか、たまたま来日した西欧の人たちが、幾世紀も経て日本人である私に、海を越え習うことになるとは…とても不思議な思いでした。教え始めてから20年たった今では、日本が世界で最もグラスリッツェン人口が多く、盛んになりました。

 機械を使わずに手彫りで彫り込んでゆくこの技法は、ガラスの裏から図案を当て、表面にダイヤモンド粒子のついたペンでなぞっていくもので、嫌な音もなく簡単に彫ることができます。ガラスの両面からも立体的に刻めますし、色を入れることも可能です。どの家庭にもある透明なガラスに彫れるのも楽しいことです。そして、特に赤、黄、緑色と3色ある、チェコのボヘミア色被せガラスに手彫りする細密さは、その仕上がりの素晴らしさに誰もが驚かされます。花や動物はもちろん、人物、仏像、風景など、ありとあらゆる物を表現できます。より多くの方々に知ってもらいたくて、気が付けば、長い時間がたち、ガラスを彫ることが好きという感性を頼りに教え続けてきました。手仕事をする人たちに共通する、自分なりの多くのこだわりが作品へと投入され、良くも悪くも、製作時の感情が織り込まれていきます。それは、人に見ていただくので、とても恥ずかしいのですが、下手でもガラスに向き合ったそのときの姿勢が自分なりに思い出され、愛らしく手放せない宝物になります。作品展は、国内外で数多く経験してきましたが、多くが主婦である生徒さんたちが、自分の名前で招待できる唯一の場だと喜んでくださるのが励みとなっております。

午後のおしゃべり

午後のおしゃべり

 多くの人たちがそうであるように、1つのことを続ける困難さを越えてこられた幸せを、人に伝えることができたら、私の生き方も少しは満足できるのではないでしょうか…。教える側である以上、ゲストである生徒さんたちが、ガラスを彫っている時間を幸せと思ってくださるのが私の責任ですが、私はまだそこまで達せずにおります。自分で彫ったグラスに、夜こっそり1人ワインを飲める小さな時間が、今の私の幸せでしょうか。





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