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346号 注目の人 歌手/早見 優さん

14歳、ピアスの穴を開けたその日にスカウトされて…
早見 優/歌手
Profile

早見 優/歌手
3歳から14歳までグアム、ハワイで育つ。14歳でスカウトされ82年『急いで!初恋』で歌手デビュー。以後、TV、舞台などで活躍。上智大学卒業。最近では絵本の翻訳や親子で英語に親しめるCDのプロデュース、子育てエッセイ『楽しむアメリカン育児』の執筆など多岐に渡って活躍中。2016年には、新曲をリリース。収録曲『恋のブギウギトレイン』が国連の掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」のテーマ曲に起用される。



熱海生まれのグアム育ち

1歳のころ、お気に入りのお人形を抱いて

1歳のころ、お気に入りのお人形を抱いて

10歳、ハワイ時代

10歳、ハワイ時代

 生まれは静岡県の熱海。私の父は、もともとジャズシンガーでしたが私が生まれたころには、沼津で中華レストランを経営していました。「ハワイ生まれですよね」とよく言われるのですが、実は、熱海生まれなのです。私が3歳の時に両親が離婚して、祖母・母・私の3世代でグアムに移りました。

 祖母は日本人ですが、ドイツ生まれのイギリス育ち。仕事の関係で、ヨーロッパに渡った家庭に生まれました。その後、イギリスで、当時明治大学の教授だった祖父と出会って日本に帰国し、在日アメリカ大使の秘書として仕事をしていたようです。祖母は1912年(大正元年)生まれ。84年に72歳で亡くなりましたが、当時の写真を見ると本当にかっこいいモダンガールです。その祖母が、グアムに新しくオープンしたホテルの宴会場マネジャーとして呼ばれ、それを機に、グアムに引っ越すことになったのです。

 母は、若いころはモデルをやっていて、日本人で初めてパリコレに出演したそうです。グアムに移ってから英語を勉強するために大学に入り直し、私が7歳の時にツアー会社を起業。その時にハワイへ引っ越して、私が14歳の時まで暮らしました。

 熱海で生まれてグアムに行き、そのあとハワイなんて、新婚旅行のルートみたいですよね(笑)。

ハワイでスカウトされアイドルデビュー

13歳のころ。ハワイにて祖母と母と

13歳のころ。ハワイにて祖母と母と

 14歳の誕生日の直前に、当時のハワイ三越のエレベーターでスカウトされました。

 私は小さいころからピアスの穴を開けたくて、何度も母に言っていたのですが、ずっと「14歳になったら開けてもいいわよ」と言われていたのです。なぜ14歳なのかは今もって謎ですが…。そして、14歳を目前にしたその日、母と一緒に念願のピアスの穴を開けに行き、新しくできた三越の中のお好み焼き屋さんでランチをしました。

 その時母に、「ピアスの穴を開けると運命が変わるのよ」と言われ、「へえー」なんて思っていましたが、なんと、その帰りのエレベーターの中でスカウトされたのです。まさに運命が変わった、早すぎる「ピアスの穴効果」ですね。

 保守的な祖母は反対すると思ったのですが、「こんなチャンスはめったにないのだから、行ってきなさい」と、背中を押してくれました。

 それで、単身日本に帰国することになり、最初は叔母(母の妹)の家にお世話になっていました。

 家で、母とは日本語で話していたので、一応日本語は話せましたが、当時のマネジャーさんによると、やっぱりヘンな日本語だったようです。

 当時は、「天然キャラ」がもてはやされる時代ではありませんでしたから、ちゃんとした日本語を話さなきゃと、プレッシャーはありましたね。《滑舌がいい人→カツレツがいい人→おいしそうな人?》《波浪注意報→ハロー注意報→楽しそうな注意報?》など、自分の中での「空耳」はいろいろありました。

学業と芸能生活の両立

15歳のころ。デビューレコード『急いで!初恋』のジャケット写真

15歳のころ。デビューレコード『急いで!初恋』のジャケット写真

16歳のころ。ステージ

16歳のころ。ステージ

 帰国直後はアメリカンスクールに通っていましたが、デビューしてからは、堀越学園に編入。学校の勉強が英語から日本語へ一気に変わりました。当然、英語以外の科目はひどい成績(笑)。

 でも、日本語で勉強をしなければならない環境に置かれたことで、日本語が上達しました。あのままアメリカンスクールにいたら、「もう日本語を話したくない」となっていたかもしれませんね。若いから適応できたのだと思います。

 高校3年間、ほとんど勉強する時間はなかったのですが、担任の先生に「進路はどうしたいんだ」と聞かれ、「英語で勉強できる環境の大学に行きたい」と答えたら、「上智大学があるけれど、たぶん無理だろう」と言われました。最初の受験はやはり不合格。それでも事務所に「どうしても大学に行きたい」と話したのですが、皆大反対。仕事が一番のっているときでしたから無理もありません。

 それでも「どうしても」と粘ったら、当時の事務所の社長が家庭教師を見つけてくださって。それで1年間勉強して、1浪の末、上智大学に合格することができました。

結婚・出産・子育て

 1996年に結婚。夫は大学の2年先輩で、お母さんがアメリカ人でお父さんが日本人です。

 当時の上智大学市谷キャンパスは、学年に関係なくみんながすぐに仲良くなれる、アットホームな環境でした。ランチに皆で一緒に行ったり、学年が違っていてもクラスメートのような雰囲気でしたね。

 彼とは在学中に2年間お付き合いしましたが、彼が就職した後は、一旦解消。そして、結婚の2年前に再会し、ゴールインということになりました。

 当時の私はミュージカルの仕事が忙しく、なかなか妊娠することができませんでした。少しプレッシャーを感じ始めていたころ、犬を飼い始めたらすぐに、長女をおなかに宿していることがわかりました。だから、わが家では17歳の犬が長女。そこに16歳と14歳の娘たちと続く3姉妹です。

 主人は、週末などのお休みの日は家事や育児をよく手伝ってくれました。娘たちの反抗期もありましたが、女の子は賢いから、うまくやっています(笑)。

 私は幼いころから祖母や母をはじめ、働く女性の背中を見て育ってきたので、女性が仕事を持つということを、ごく当たり前のことだと思っています。私自身も仕事を辞めようと思ったことは一度もありませんし、娘たちにも、誇りを持って生涯楽しめる仕事に就いてほしいと思っています。

父との再会。3世代ライブの実現

ジャズシンガーの父・井上良氏とのジョイントコンサート

ジャズシンガーの父・井上良氏とのジョイントコンサート

 父と母は、離婚した後も仲良くお付き合いをしていました。私が日本でのデビューが決まり帰国した時、母から「お父さんに連絡した?最近、ジャズを歌っていないみたい」ということを聞き、それをきっかけに父と再会しました。

 その時「お父さん、今何してるの?」と聞いたら、「東京でレストランをやっているんだよ」と言うので、「それもいいけど、またジャズを歌ってほしいな」と話したのです。すると父は、それがきっかけになったのか、またジャズを歌うようになりました。

 それからは、母と一緒に父のライブによく行きました。母も父のライブ姿を見て「本当にあの人カッコいいわよねえ。一緒に生活はできないけど―」なんて言いながら、楽しんでいました。わが家は、かなりオープンです(笑)。

 そんな母の勧めもあり、その後、父と私のジョイントライブも実現しました。母は1992年、父は2009年に他界しましたが、父が亡くなる前年の08年12月、父と私と娘たち3世代でのライブが実現したのです。

 娘たちの音楽はもちろん趣味ですが、「孫と一緒に舞台に立ちたい」というのが父の夢でしたから、それを最後に叶えることができて、ほんとうにうれしかったですね。

 私自身は17年にデビュー35周年を迎え、今、記念のベストアルバムを制作中です。ファンの皆さんから「聞くとハッピーになる曲」のリクエストをいただき、そこから選曲して4月に発売の予定です。

ズンバで汗をかく!

 20代のころは汗をかくのがいやで、運動も大嫌いでしたが、出産後にヨガを始め、体を動かすことの気持ちよさを発見してからは、ジムに通うようになりました。

 今はズンバをやっています。定期的に運動するようになってからは体力が続くようになり、ライブでのダンスの振り付けも楽になったと思います。声を出すには筋肉が必要ですから、運動をして腹筋や背筋を鍛えていきたいです。

 いろいろなお仕事をさせていただいていますが、やっぱりライブや歌うことがいちばん好き。なので、死ぬまで歌い続けられるように体力作りはしていきたいと思っています。

 それに、運動して汗をかくと新陳代謝が良くなってお肌にもいいですし、これから更年期を迎えるにあたり、「適度な運動をしている方がいい」と、いろいろな本にも書いてありますしね。

 アイドル時代の分刻みのスケジュールに体が慣れているせいか、お休みの日も「朝はジムに行って、それから最近できた新しいお店に行って、それから…」と、スケジュールを詰めて、いろいろなところに出かけていくのが好きですね。貧乏性なのかな(笑)。

小さな幸せの種まき

早見 優さん

 その一方で、矛盾するようですが、家で自分だけの「プチぜいたく」の時間を作るのも好きです。

 今、ちょっとハマっているのがおいしいコーヒーを入れること。牛乳をふわふわの泡にするホイッパーを買ったのですが、それだけで朝の時間がとても優雅になった気がします。アロマテラピーも大好きで、好きな香りのアロマをたくと気分転換になります。

 春先は花粉症に悩まされる季節ですが、ユーカリやスッキリ系の香りのアロマをたいたり、ちょっとコットンに含ませてバッグに忍ばせておくと、バッグを開けた時にふわっといい香りがしてスッキリしますよ。

 ちょっとしたことが、小さな幸せの種まきになります。
(東京都目黒区の事務所にて取材)


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