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204号 注目の人 女流棋士/中井 広恵さん

「どんな不利な状況でも、『絶対に勝つ』というプラス思考が大事なんです」
中井 広恵/女流棋士
Profile

中井 広恵/女流棋士
1969年北海道稚内市生まれ。
81年、第6回小学生名人戦準優勝。同年4月、女流プロ 2級で、故・佐瀬勇次名誉九段門下に入門。
83年奨励会入会。
86年第12期女流名人位戦で初タイトル獲得後、女流名人位9期、女流王将4期、女流王位3 期、倉敷藤花3期と通算19期で女流タイトルを獲得(タイトル獲得数は歴代2位)。
02年女流六段に昇段。
03年初の女流プロ通算400勝達成。
89年、植山悦行六段と結婚。
著書に「鏡花水月」「中井広恵の実践次の一手」がある。


最初は、もう将棋が嫌でたまりませんでした


小学校5年生将棋祭りの子ども大会にて

 私が父に教えられて将棋を始めたのは、5才のころでした。生まれ育った北海道の稚内は、冬が長いせいか将棋が盛んなところで、父も将棋が大好きだったんです。

 実家は代々続く薬局を営み、お客さんが来ないときには、父はいつも将棋を指していました。そんな父の相手役に選ばれたのが3人姉妹の長女の私。半ば強制的に将棋を教えられたんですよ(笑)。

 でも最初は、もう将棋が嫌でたまりませんでした。家の中でじっとしているより、外で体を動かす方が好きな子どもでしたから。それに、将棋は負けてばかりだとつまらないゲームなんです。5才の私にとっては、訳も分からず、ずっと正座させられるのが何よりつらかった。

 それで、しばらく将棋から遠ざかっていたんですが、小学校3年生のころにまたやり始めたら、だんだん父やほかの大人たちにも勝てるようになって。そうしたら、すごく面白くなってきたんです。それから、将棋道場にも毎日のように通うようになりました。

師匠との運命の出会い

 そして、小学校5年生を迎える春休み、父と上京し、小学校将棋名人戦に出場。私は何とか予選を通過したものの、結局2回戦で負けてしまいました。でも、運命とは不思議なもので、そのとき初めて後の師匠となる、故・佐瀬勇次名誉九段と出会うことになるのです。

 今でも将棋の世界は女性が少ないのですが、その当時は女の子で将棋をするのが本当に珍しく、しかも北海道からわざわざ東京に来たということできっと目立っていたんでしょうね。そんな私を見て、佐瀬師匠は一局指してくれました。何も知らない私は、ただのおじいさんかと思っていたのですが(笑)。

 そして、その年の夏休み、佐瀬師匠が突然北海道の自宅を訪ねてきて、「東京に出てプロになる修行をしないか」とスカウトされたんです。私にとっては寝耳に水で、もうびっくり。

 師匠は弟子の育成にとても力を入れている方で、私と対局したときに、「思ったより強かった」のだそうです。性格的にも、気が強くてプロに向いていると思われたんでしょうね。

 それまで、プロになるなんて、思ってもみなかったんですが、師匠の言葉に胸が高鳴りました。でも、父はプロになることには賛成でも、東京に出ることは許してくれませんでした。私は父に頼み込み、半年後やっと許してもらいました。

 師匠の内弟子になることが決まったその年の春休み、もう1度小学生将棋名人戦に出場し、今度は準優勝することができました。この結果を見て、父もようやく娘を送り出す覚悟ができたようです。


将棋史上初、公式戦で男性棋士に勝利!


 そして、東京での内弟子生活が始まりました。

 師匠の家に住まわせてもらって、将棋の勉強もしながら家事も手伝う。でも、私にとっては自宅にいたときよりも自由な時間が増え、厳しい父に怒られることもなく、まるで天国のようでした(笑)。

 内弟子というと、師匠から手取り足取り教えられると思われがちですが、実際は師匠が弟子と将棋を指すことはほとんどなく、礼儀作法を教えられるぐらいなんです。将棋は教えられて上手くなるものでもないし、自分で勉強するしかない。見て覚えるという芸事の世界と同じですね。

 師匠は、私を女流棋士としてだけではなく、男性と同じ会員資格を持つプロ棋士に育てたいと望んでいました。そのためには、プロ棋士の養成機関である、「奨励会」に入会しなければいけないのですが、それまでに、奨励会を通ってプロになった女性の棋士は1人もいませんでした。

   奨励会というのは、男性棋士にとっても、1番つらく苦しい修行の場なんです。全国から、将棋の天才少年といわれる子が集まって受験に合格した子だけが入会できる。1番下の6級クラスでもアマチュアで4、5段の力がないと受からないんです。入会して長い人は10年ぐらい修行期間がありますが、その中で1~2割の人しか4段のプロになれない。そんな厳しい世界ですが、それを乗り越えたプロ棋士は、将棋に対する姿勢や気持ちが全然違うんですよ。

 その奨励会に、私は14才で入会しました。ところが、奨励会ではまったく勝てず、6級から8級まで成績が落ちてしまったんです。すでに、11才で女流棋士としてプロデビューをし、タイトルも取っていたのに、このときはものすごく挫折感を味わいました。「女流で1番でも、男性には勝てない」とマスコミからも言われ、逆に、「絶対男性に負けてたまるか!」と闘志がわいてきました。

 当時、奨励会では女性は私ただ1人。周りの男性棋士の間では、「女性に負けたら、坊主になる」という取り決めまでできていて、たまに私が勝つと本当に坊主になったり、口もきいてくれなかったり。食事をするのも何をするのもいつも1人で、対局以外での苦労もありましたね。  そんな中で、最初は男性棋士に勝つことだけが目的だったんですけど、だんだん気負いがなくなり、技術的に強くなれば自然に勝てるようになる。そんな風に気持ちの切り替えができるようになりました。

 そして、ちょうどそのころ、竜王戦予選で男性棋士に初勝利しました。公式戦で、女性で初めて男性棋士を破ったことで反響も大きかったんですが、私自身はあまり実感はなかったんですよ。


小さいときは男の子と将棋を指す

子育てと棋士としての戦いの日々

 その後、年齢制限のため21才で奨励会を退会し、佐瀬師匠門下の兄弟子にあたる主人(植山悦行六段)と結婚。主人は奨励会時代、何かと力になってくれる頼もしい存在でした。

 でも、実はお互いに第一印象は最悪だったんです。当時、主人はパーマをかけてアフロヘアーのような髪形をしていて、棋士のイメージがガラガラと崩れましたね(笑)。主人の方も、小学生将棋名人戦の決勝で負けた直後で、ものすごく機嫌が悪かった私を見て、なんて愛想の悪い子だと思ったそうです。 

 今は3人の娘にも恵まれましたけど、子育てをしながらプロ棋士の仕事を続けるのは、大変な時期もありましたね。将棋界には産休制度もないですから、出産して3週間後には対局で出張しなければならず、母乳を冷凍して飲ませたりもしましたよ。でも、主人が同じ棋士なので時間をやりくりして協力してくれ、本当に助かりました。対局前後など、棋士の気持ちを理解してもらえることも大きかったですね。

 そのうち義母と同居するようになったんですが、今度は義母にどこまでお任せしたらいいのか悩みましたね。というのは、対局の仕事は毎日あるわけではなく、ある程度調整ができるんですけど、将棋の勉強は際限がない。だから、自分の勉強のために育児を人任せにしてもいいのかと、いつも葛藤がありました。家事に専念して勉強を怠ると、あっという間に勝てなくなる。将棋にも、その時々の流行がありますから、常に研究しないと勝てない厳しい世界なんですよ。

 でも、子どもがいることで精神的には強くなりましたね。棋士の中には、対局に差し障るからと車の運転もしない方がいますが、私は将棋以外にもいろいろな経験をすることで、将棋の幅も広がると思います。

経験や感性から培われる大局観


昭和56年 第6回小学生名人戦にて準優勝

 将棋の魅力は、一言で言うと「分からないこと」。

 今まで数百年の歴史があるのに、まだ答えが出ない。そこが面白いですね。


 人によって棋風もまったく違い、早く激しい攻め方をする人もあれば、ゆっくり指す人もいる。面白いもので、男性の方が女性より慎重なんですね。受けながら、いつでも攻めてきなさいと相手にプレッシャーをかける。私の場合は、攻められるのが怖いからなかなかそこまでの境地には達してないんですが。私の唯一のポリシーは、1つの戦法だけにこだわらず、いろいろな手を指すということ。どんな戦法の将棋にも勝てる、オールラウンドプレーヤーを目指したいですね。

 将棋では、2時間3時間と、時間をかけて考えますが、まったく新しい手を生み出すというのは少ないんです。今までいろいろな方が指してきた棋譜や自分自身の経験をもとに、いくつか浮かんだ手を突き詰めて、先を読んでいく。

 そのときに大切なのが、どの手が1番いいかを判断する形勢判断、つまり大局観なんです。よくあるんですが、自分の読み筋通りに進んでいるにも関わらず負けてしまうケース。それは、形勢判断が間違っているわけで、1番不調なときなんです。この大局観が狂い出すと、もとに戻すのが大変なんですよ。

 大局観は、その人の経験や感性などから培われていくものですが、精神的な要素が大きく左右しますね。周りで観ていると冷静な判断ができても、対局していると正確な判断がだんだんできなくなってしまうものなんです。だから、どんなに不利な状況に追い込まれても、「自分は絶対に勝つ」という気持ちを持ち続けること。プラス思考が大事なんです。


第25期女流王将戦第3局
2003年5月27日

 私が師匠からも兄弟子からもよく言われたのが「苦手を作るな」ということ。これは将棋だけに限らず、食べ物や人間関係すべてに通じる。好き嫌いとか、苦手なものがあるとそこで気持ちが負けてしまうから、何でも食べて誰とでも付き合える大きな人間になれと。

 羽生さんも「固定観念をなくすことが大事だ」とおっしゃってますが、常識でこの手はないだろうと思っても、そこからさらに踏み込んで考える。それができることが強さの秘訣なんでしょうね。

 最近は、女性の棋士も増えレベルもかなり上がってきましたが、まだまだ男性に比べると圧倒的に将棋人口が少ないんです。今、私も小学校で子どもたちに将棋を教えたりしていますが、だんだん将棋を楽しむ子どもたちが増えれば、強い女性棋士ももっと増えていくだろうと思います。これからは女性の時代ですから、楽しみですね。

(東京都渋谷区 将棋会館にて取材)



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