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170号 注目の人 歌手/中島 啓江さん

「故郷の言葉はこころの言葉」
中島 啓江/歌手
Profile

中島 啓江/歌手
鹿児島県出身。
昭和音楽短期大学声楽科 ディプロマコース・オペラ専攻科修了。
藤原歌劇団出身。
春平紀美、砂原美智子(故人)、マルチェラ・ゴヴォーニ各女史らに師事。
コンサート活動を中心にCD、テレビ、CM、著書等、幅広く活躍中。
5月には、中島啓江にまつわる「言葉」を多彩な切り口で解説した『いつも心にありがとう―啓江のお話「あいうえお」』(グラフ社)を発表。
10月にはミュージカル『BLUES IN THE NIGHT』で初主演。(問い合わせ/コマ・プロダクションTEL03-3202-8118)


ようやく故郷でのコンサートが実現


 私の母の故郷は鹿児島県肝属郡佐多町辺塚(きもつきぐんさたちょうへつか)というところなんです。鹿児島空港から山を4つも越えたところで、飛行機に乗っている時間の5倍くらいかかるんですよ。ものすごい田舎でね、今までにテレビカメラなんか入ったことがないようなところなんですね。そこで生まれました。

 私が3才と6ヵ月のとき、事情があって東京に出ることになったんですね。そのときに、「いつかきっと必ず、母を連れて戻ってきます」って、桜島山に誓ったんです。子ども心に。だから、故郷でコンサートを開くというのが念願だったんです。でも、なかなか実現しなくて。お金がかかりますからねえ。なにしろ遠いですから。いつだろういつだろうって心待ちにしていた。それがやっと招かれるようになったんです。今では毎年必ず鹿児島のどこかしらでコンサートをやらせていただいているんです。

この仕事を続けていてよかった

 そうしたら、とても素晴らしいお手紙をいただいたんです。80才をすぎたおばあちゃんなんですけど、鹿児島を出て福岡で50年以上も暮らしていたんですって。もう、故郷には2度と戻れないし、この目で見ることもないだろうって思っていたんですね。そうしたらある日突然、故郷がテレビの画面に映ったんです。その手紙に、「ありがとう、啓江さん。鹿児島で生まれてくれてありがとう。あなたがここで生まれてくれなかったら、こうして私が再び故郷を目にすることはなかったんです。本当にありがとう」って書いてあったんです。

 たまたま、中島啓江の故郷だということでテレビが来たわけなんですけど、その手紙を読ませていただいて「そうか、私にはそういうこともできるんだ。ああ、この仕事をしていてよかったな」って、心から思いました。

故郷の言葉はこころの言葉


指揮者に扮装
「夢で会いましょう」より

 久しぶりに鹿児島に戻ったときに1番最初にお客さんからいただいた言葉がね、「いやあ、啓江ちゃん、おやっとさあな」っていう言葉だったんです。鹿児島弁で「お疲れさま」っていう意味なんですけど、この言葉を聞くとその瞬間に、疲れがすうっと吹っ飛んで心がとても癒される。短いこのひと言に「本当に、たくさんの苦労があっただろうけど、よくぞここまでがんばったね」っていう意味が込められているんですよ。不思議ですよね。独特の抑揚のせいなのかなあ。とっても感情が豊かなんです。

 故郷の言葉って、すぐにわかるんですよ。東京でタクシーに乗ったときでも鹿児島弁はすぐにわかるんです。「どこまで行きますか?」の「どこ」って言った瞬間に、あ、鹿児島の人だってわかる。でも、この運転手さんは鹿児島出身だと思っても、すぐには言わないんです。降り際になってから「おやっとさあ」って言うんです。それを聞いて、何人かは泣き出しましたよ。「その言葉、鹿児島に帰って聞きたいです」って。こっちももらい泣きしちゃうんですけどね。

 私、故郷の言葉は「こころの言葉」だって、いつも言っているんです。故郷っていうのは、お母さんのお腹から生まれ出て来た場所のことですよ。誰にでも故郷はあるんです。よく、東京の人は故郷がないとか言うけど、東京の人だって、お母さんのお腹から生まれてきた土地が故郷なんですよ。だから東京でも青森でもどこの土地でも、それが「こころの言葉」だと思うんです。

 標準語が悪いということじゃないんですけれども、どうしても地方の言葉のほうが、どこか暖かみがあるような気がするんですよね。言葉がこころを癒してくれるんです。それは鹿児島の言葉だけじゃなくって。だから私、歯医者さんもわざわざ福岡まで行くんですよ。なんでかというと、福岡だと「痛くしないけんね」っていうんです。本当に痛くなさそうでしょう。これが東京だと「痛くしませんからね」でしょう。「本当に?」って、疑いたくなりませんか?

親から受け継いだもの


伊豆下田にて。
夏休みの家族旅行。
右は弟、左は私

 私たちって、いろいろなことを親から受け継いでいくんですよね。言葉もそう。それから考え方とか、日本の素晴らしさとか、自分が生まれ育った故郷のよさとか。そうしたものを、うまく言葉で表現して次の時代の人に語り継ぐことができたらいいなと思って、本を書いたんです。いろいろな言葉を、50音順に並べているんです。たとえば「け」の項は啓江、私の名前です。私の名前は啓江と書くんです。啓子じゃないんですよ。若いころに中国で暮らした母が付けてくれた名前で、揚子江の江であり、広い入り江の江なんです。大河のようにおおらかで、たくさんの人を包み込む入り江のように広い心を持った、そんな人間になるようにって、付けてくれたんですね。

 どうして50音順にしたかというと、「ありがとう」という言葉を1番最初に書きたかったんです。私、ありがとうっていう言葉がとっても好きなんですね。ありがとうは、「あ」ですから、本の1番最初に書けるでしょう。

私にできるのはただ歌い続けること


コンサート
お気に入りのドレス

 私は今、歌手として歌を歌っています。これも親からいただいたこの体があるからこそできるんですよね。これからも言葉を大切にして、いろんないい歌を伝えていきたいなと思っているんです。地球上ではいろいろな悲劇が起こっていますでしょう。悲しいですよ。生まれたときに武器を持って生まれてきた人は、1人もいないはずなんですよね。親の愛に包まれて生きているはずなのに、出会った人や出会った環境でこんなにも変わってしまうものなのでしょうか。

 ただ、私にできることは、一所懸命に平和を祈って音楽を奏でることなのです。いつかは伝わることを信じてね。この間のアフニガスタン戦争の真っただ中のテレビ中継で、「戦争が終わったら真っ先に何がしたい?」って聞かれた子どもたちが、「音楽が聴きたい」って言ってましたよね。私たちミュージシャンにとって、その言葉は大きな支えですね。

 「国」とかに関係なく、その人が生まれた場所がそれぞれ素晴らしい故郷であって、帰っていくことができる。そこに帰ったときに「お疲れさまでした」というそれぞれの国の言葉をかけてもらえる。そんな世界になることを願って、歌い続けていきたい。
(中島さんの事務所にて取材)



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