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169号 注目の人 歌手/加藤 登紀子さん

「鴨川に未来社会のモデルを作りたい」
加藤 登紀子(かとう ときこ)歌手
Profile

加藤 登紀子/歌手
1966年、東大在学中。
日本アマチュアシャンソンコンクールで優勝し、1966年「赤い風船」で日本レコード大賞新人賞受賞。
「ひとり寝の子守唄」「知床旅情」で日本レコード大賞歌唱賞受賞。
1972年、同志社大学全学連委員長で、当時獄中にいた藤本敏夫と結婚。
映画「紅の豚」のジーナ役では声優として出演するなど演技力にも定評がある。
1997年、WWFジャパン評議員、
2000年、国連環境計画(UNEP)の親善大使に就任。
2002年秋、夫を追悼するCD「花筐」を発表。近著に「青い月のバラード」「ひとりぼっちはひとりじゃない」などがある。2003年5月、アルバム「沖縄情歌」発表。


みんなで一緒に作りあげていける形にしたい


 昨年7月、夫・藤本敏夫がこの世を旅立ってから、約1年が経ちました。この1年、彼の遺稿となった『農的幸福論』の編集や2冊の本の執筆など、嵐のようにめまぐるしく過ぎていきました。そして、千葉県鴨川市の山中に、彼が設立した「鴨川自然王国」を私が引き継ぐことになり、いろいろな意味で今年は新しいスタートだと思っています。

 この冬の農閑期、自然王国の仲間たちとこれからのことをじっくりと話し合いました。今までは約束事もなく、彼が好きなようにやってきたのですが、私は彼のように「王様」になるのではなく、みんなで一緒に作りあげていける形にしたいと思ったのです。幸い、農業をやりたいという若い人たちもずいぶん増えたので、思いきって新しい田圃も借り、これから、「新しい王国づくりが始まるゾ!」という感じですね。

 藤本がいなくなり、王国をやめるか続けるべきかと考えましたが彼が今まで種蒔きしてきたことが、1つ1つ芽を出し始めていたんです。例えば、電機連合の人たちと立ち上げた100万人帰農プロジェクト。リストラやワークシェアリングで職を失った人々の農業への回帰を応援し、日本の農業を再生させたいという壮大な夢。このプロジェクトも、これから鴨川で帰農塾を開くことになり、実際に動き始めました。

鴨川は1周遅れのチャンピオンかも(笑)


 私自身、UNEP(国際連合環境計画)の親善大使として地球環境サミットに参加したり、環境問題に関わってきたのですが、鴨川という1つの場所で自然環境を徹底的に調べてみたい、そんな気持ちから勉強会も始めました。そうしたら、いろんなことがわかってきたんです。

 今、日本の65%の都市で下水道が完備していますが、例えば人間の排泄物や農薬などがそのまま海に流れてしまうなど、様々な問題が起きています。でも、鴨川には下水道の設備が完備していないので、有機肥料に還元するなど、循環型の社会を作ることが可能だし、もしかしたら未来社会のモデルになるかもしれない。今まで、鴨川にはお嫁の来手がないというコンプレックスがあったけれど、ひょっとしたら鴨川は1周遅れのチャンピオンなのかも(笑)って。

 王国のすぐそばには棚田百選にも選ばれた大山千枚田があるんですが、ここは天水だけを使った自然のままの田圃。土地もすごく肥えて、ホタルもいるしアカガエルとか絶滅種の生物もたくさん生息していることが、調べてみて初めてわかりました。実はこの千枚田はオーナー制なんですが、すごく人気なんですよ。1枚の田圃が小さいので、田植えも1時間で終わり、あとは畔道で宴会(笑)。すごく楽しい田圃なの。

鴨近代化で広がる世界的な「水」問題

 日本の農業は、戦後の近代化で、農薬をたくさん使って少ない土地でも収益の多い、集約農業に変わってきました。でも、それは環境に対してすごく悪い影響を与えています。水の問題もそう。昔は話し合いで、上の田圃から順番に水を落とし無駄なく水を使っていたんです。しかし、最近の田圃には1枚1枚に水道が引かれてメーターもなく、自由に水が使えるようになっています。これは長い目でみると、大変な問題ですね。

 世界でも水の問題は深刻です。今年の水フォーラムにも参加したんですが、貧しい国にも水道をひき、インフラを整備しようと各国が援助をしています。これは一見善意のようですが、貧しい人々は水道代が払えず、水が手に入らない。私も実際にケニアに行き、その例を見てきました。せっかく多額の資金をかけて水道を作っても運営ができずに潰れていく。便利さだけを求めるのではなく、もっと大切なことを考えなくてはいけないと思いますね。

大きな時代の変わり目を生きた二人


 藤本が学生運動から環境問題にシフトしたのは獄中でのこと。いつも「大風呂敷」と言われた人でした。実現すればすごいんだけど…(笑)。この1年、今までお客様気分で見ていた自然王国に深く関わるようになって、彼がどんな風呂敷を広げていたのかよくわかりました。

 彼の死の瞬間、まるで怒涛のように私の目の前に広がった彼の人生。彼の分まで生きなくちゃという覚悟のようなものがありました。亡くなってから初めてわかったこともたくさんあって、それらを今、書き留めておかなければ、そんな思いから『青い月のバラード』を書きました。

 私たちが出会ったのは68年。70年安保を目前に、まさに激動の真っ只中でした。60年の安保改訂で日本とアメリカの軍事同盟が始まったわけですが、他の未来を選択することはできないのかと、みんな一生懸命悩んだ。この間のイラク戦争のことを考えると、今もその課題は消えていないことを実感します。今回、本を書きながらすごく大事な時代の変わり目を生きてきたんだなと、あらためて感じました。

 大変だったけど、この本を書いたことで、気持ちもすっきりしてがんばろうと思えるようになりましたね。とにかく、あふれてくる思いを吐き出してしまわないと次のステップに進めない、そんな気がしていたんです。

悲しみをも受け止められる強さがほしい


 なぜ、人は本を書いたり、詩を書いたり、歌ったりするのか。それは、自分を愛したいし信頼したい。自分が大丈夫だって確かめたいからだと思う。そのために、自分の心の中をのぞいて、言葉をみつける。もし、それが泣いたり叫んだり、揺れていたら、それをきちんと手にとって、見る必要がある。だから自分に対して、強くありたいと思います。だって、舞台の上で歌うためには、自分がちゃんとしていなければ歌えないですよね。

 昨年、藤本が肺癌に転移したことがわかったとき、私は南アフリカのミュージシャンたちとレコーディングをしていました。もう秒読みの段階になり、初めて現地の仲間たちにも話したんです。そのとき、一言「Be strong!」と言ってくれたんですよ。慰めでもなく、「強くなれ」と。そのシンプルな言葉がとてもタイムリーで、心にズシンと響きました。悲しみもしっかりと受けとめる強さがあれば、逆に優しくなれたり柔らかくなれる。そういう強さがほしいと思いますね。

 私の心の中には、もう少し彼にしてあげたかったというやり残し感があったんです。入院中も私には仕事があったし。彼もきっと同じだったと思います。最期の方の彼はすごく優しかった。お互いにそのやり残し感を何とかしなきゃって一生懸命だった気がします。思えば、2人とも我が強くて、下手なことを言うと怒られるし、緊張関係が続いていましたね(笑)。それぞれに、「現在、ばく進中」とか「ただいま休憩中」とか、札を作っておけばよかったかもしれない(笑)。

これから始まる「2人の人生」


 今年の3月に、もう1冊『ひとりぼっちはひとりじゃない』という本を出しました。これは、短い詩を書で綴った自伝です。今回は解説をつけずに読める本にしたいと思って、私にしてはきれいな字で書きました。

 書は、歌うことに似てますね。歌もその曲によって、柔らかい声で力を抜いて歌ったり力強く歌った方がいい歌とかがあるでしょ。書も同じです。語る内容に合わせて、サラサラッと書いたり、ゴツゴツした感じで書いてみたり、筆の強さやスピードを変えてみる。言葉は生きているんだなと思います。私の言葉が歌で届いていくように、字を見て体に伝わるように、言葉を贈り届けられたらいいですね。

 例えば、「男は田んぼを持ち上げる。女はあぐらをかいている。男は頭でっかちで、女はちょっとちどり足」漢字の形を見て、思いついたんですが、なかなか面白いでしょ?それからもう1つ。「人のことは放っておおき。自分のことは自分で始末をつける。」これは自分で書いた言葉ですけど、母の声で聞こえるような気がします。母の生き方がそのまま言葉になったような…。

 考えると、父も大風呂敷で、夫とよく似ていましたね。母はせっせと、その夢の後始末ばかりして。父も藤本も亡くなって、母と姉と私を「女トライアングル」といつも言っていた男同盟がいなくなってしまった(笑)。この2人だけでも、私は男というものをずい分見たという気がします。

 今は、3人の娘たちもそれぞれに独立し、母と2人暮らしですが時間がいっぱいありますね。今までより、はるかに自由になりました。彼が残してくれたたくさんの未来への遺産、それをしっかりと受け継いでいきたい。きっと、これからが本当の「2人の人生」なんでしょうね。  
(加藤さんの事務所にて取材)



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