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161号 注目の人 作詞家/阿木 燿子さん

「人生には『脱皮』の瞬間が、いくつもあるんです」
阿木 燿子/作詞家
Profile

阿木 燿子/作詞家
横浜市出身。
宇崎竜童氏との結婚後、彼が率いる「ダウン・タウン・ブキウギ・バンド」のために書いた「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で作詞家デビュー。
その後 山口百恵の曲を宇崎氏と作詞作曲し、昭和51年「横須賀ストーリー」で日本レコード大賞作詞賞を受賞した。近年は小説やエッセイも手がけ、著作にエッセイ集 「まぁーるく生きて」「ちょっとだけ堕天使」「大人になっても忘れたくないこと」など。
現在「週刊女性」に小説を連載中。


未体験の世界を生み出す快感


東京赤坂の事務所にて

 私は子どものころからストーリー作りが大好きでした。小学校1年のときには、近所の子どもたちを集めてミニ劇団を作って、台本と主題歌を書いたことも。  でも将来作詞家になろうなんて、1度も思ったことはありませんでした。主人(宇崎竜童氏)とは、学生時代に軽音楽部で作曲・作詞のコンビを組んだりしていましたが、作詞家デビューは彼が「ダウンタウン・ブギウギ・バンド」でアルバムを作ることになったとき。何か詞を書いてくれって頼まれて、そこで書いたのが「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」でした。

 プレッシャーは感じませんでしたね。彼のLPが売れるなんて思ってませんでしたから(笑)。当時住んでいたこたつのある部屋で、ミカンを食べながら30分くらいでパッと閃いて書きなぐったんですが、それがヒットしたんです。

 作詞するときは、閃きを大切にしています。閃きのまま書いた作品と、頭でひねり出して作った作品とを比べると、不思議なもので閃きで作ったほうが起承転結の辻褄が合っているんです。だから閃きを曇らせないことが、私の仕事のひとつですね。

 「港のヨーコ~」もそうでしたが、自分が体験したことのない世界を生み出すのは楽しい作業です。いま「週刊女性」で連載している小説は、池袋のイメクラで働く風俗嬢の話。実生活では経験できない職業ですが、いつのまにか主人公が育って歩き出していくんです。自分から細胞分裂していく分身みたいで、書いていてとても面白いですね。

女がすべてを捨てて旅立つとき

 私が作る詞には、未練をふっきって、自分の意志で人生をスタートしていく女性が多く登場します。詞のなかで主人公が成長していくように意識して書いています。

 人生には何度か“脱皮”の時期があると思うんです。失恋や病気などがきっかけとなって、ある日ポン!と脱皮して、ステップアップする瞬間が。人間にとって大切なのは、そんな脱皮を繰り返しながら、前向きに成熟していくことじゃないかしら。

 引っ越しの際に、今まで持っていた物のほとんどはガラクタだと気づくことってありますよね。いらないものはこうしたチャンスを生かして、一気に捨てちゃうんです。同じように、対人関係のしがらみも思い切って手放してしまうのも手ですよね。

 またスタート時点に戻るんだと思えば未練はふっきれるし。枝葉末節なことを消しゴムで消すように忘れる訓練を、自分に課すことも、ときには必要ですよね。人は覚える訓練ばかりしてきますが、“忘れる訓練”も大事だと思うんです。

感情はストレートに出して

 見かけによらず(?)、私は喜怒哀楽が激しいんです。実は怒りっぽくって。その代わり謝るのも早い。「悪かったな」と気付いたら、すぐに電話やファックスで素直にお詫びをします(笑)。うれしい、悲しいという感情はストレートに表す方がいいんじゃないかしら。でないと自分でうれしいんだか悲しいんだか、わからなくなってしまうでしょう。  これまで私は人間関係が途中で切れたことってないんです。最終的には気が長いの。のんびり付き合って、気持ちを率直に言い合うことが、お互いにしこりを残さないコツだと思っています。

 最近は女友達と過ごすのがとても楽しい。女性同士だからこそ話せることもあるし、励まし合えるのもうれしい。問題を共有することで感性を磨き合えるし、人間として成長していける気がするんです。

世の中の男性を、こよなく愛してる


前向きに、そして精一杯に生きる人生は、
これからが本番

 一方で男性に対しては私、こよなく尊敬して、感謝してるんです。今まで男性から、いやな思いをさせられた経験はただの1度もありません。

 中学・高校時代は女子だけの学校に通っていたんですが、そのころは自閉的な子でした。それが大学に入ったら、当時の明大はなぜか女子があまりいなくて。そんな男性ばかりの空間に入り、初めてラクに呼吸ができた気がしたんです。そう、すごく解放された気分でしたね。

 その後、作詞家として芸能界で仕事をすることになりましたが、芸能界は基本的には男社会。確かに気負いはありましたが、作詞は実力勝負の世界ですから、女であることは関係なかったですね。むしろ男社会のなかで、男の人の考え方や思考回路を学ばせてもらったので、とても勉強になりました。私は男社会に向いているのかもしれません(笑)。

 だから私にとって、男の人はいわば「命の恩人」。尊敬の対象なんです。男性って大義名分のために死ねるでしょう。たとえば国とか家族とかね。そんな強さともろさを併せ持ったところに感動するんです。男性をこよなく、いとおしいと思っています。

 そのなかでも、初めて私を解放してくれた男性は、やっぱり主人ですね。彼は一緒にいるととても楽しい人。人をホッとさせて、楽にさせる力があるんです。

いつも幸せなのは、基準が低いから


経営する東京赤坂のライブビストロバー
「november-eleventh]店内風景

 私は幸せの基準が、人よりも低いのかもしれません。今世は「飢え死と、凍え死をせずにすみそうだ」と思うと、「ありがたい。私って幸せ!」と単純に思ってしまう。旅に出るときは必ず1食分だけ、バッグに入れてゆきます。そうしておけば新幹線が止まっても、8時間くらいは大丈夫でしょう(笑)。なぜ「飢え死」と「凍え死」が意識の底にあるのかはわかりませんが、前世はよっぽどこの2つで苦労したのでしょう。

 “人生に大きな目標を掲げて進む”的なことはしない方です。そのときそのときに閃きがあって、フッと道が開けるかんじ。そして自分がその道を信じたら、ポン!て飛び込んでいくのが私の生き方ですね。

 これだけ情報社会になると、この先は地球規模での「連帯の時代」になる気がします。今までは自分のためだけの人生でしたが、これからはその連帯に役立てるような時間を過ごせたらと思っています。

悲しみの中でも生きる情熱は尽きず


同「november-eleventh]のライブ風景

 いろいろな意味で私はいま、人生の再スタートの時期にいるのだなと思っています。具体的に次のステップはこうだと決めているわけではありませんが、今までも私は自分の直感を信じてきたので、新たなメッセージを受け取ったら、それに従おうと思っています。私がしておくことは、旅立つ前の“旅支度”でしょうか。どんなことが来ても大丈夫なように、勇気を準備しておきたいんです。

 そしてオープンマインドになって、成長していきたいですね。この世に貯金するのではなく、天国に貯金していくつもりで生きたいなって。私は心の底から輪廻を信じているので、その意味ではこの世は学びの場。また生まれ変わるために、今世を精一杯生きたいんです。

 この1年で、最愛の妹、そして母を亡くしました。大切な人を失い「人間の命には、終わりがあるんだな」と実感しました。しかし悲しみの一方で、自分のなかの「生き切ることへの情熱」はいささかも衰えないことも知ったんです。人間は悲しみのなかでも、生への喜びを失うことはないんですね。

 これからの人生は妹や母の分まで、生き切りたいですね。いま私の心に、そんな思いが沸沸と湧き上がってきます。

 人間にとって大切なのは、少しずつでもいい、前向きに歩いていくことではないでしょうか。年とともに成熟していけるのなら、年を取るのも決して悪いことではありませんよね。私の人生はこれからが本番だと思っています。



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