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本音のエッセイ

321号 高野山真言宗高家寺住職 北川 宥智さん

美しく豊かに生きる-伝統と創造の両翼-

高野山真言宗高家寺住職 北川 宥智さん

高野山真言宗高家寺住職 北川 宥智

北川 宥智/高野山真言宗高家寺住職

1963年愛知県一宮市一般在家生まれ。高野山大学大学院修士課程修了。高野山真言宗高家寺住職。環境省登録環境カウンセラー。中日文化センター講師。各務原市仏教会長。専門は密教・環境問題・江戸時代。主著『徳川宗春〈江戸〉を超えた先見力』(風媒社)等

 明治維新は、古き弊害を打破しました。しかし、世界に誇るべき多くの伝統をなくし、目先の便利さに目を奪われてしまいました。

 さらに太平洋戦争で拍車がかかります。西洋文明中心の新たな国づくりで、経済大国にはなりました。西洋文明には、基盤となるギリシア哲学とユダヤ・キリスト教があります。しかし、日本の西洋化にはそれらの思想はありません。形式だけを取り入れ、和魂洋才どころか無魂洋才。心も自然も、美しさと豊かさからは離れてしまったように思います。

 1つの例が、葬儀です。昔は、普段は村八分にされていても葬儀は別でした。それが心温まる日本の美しき伝統でした。

 ところが、地域が崩れ、哲学なき核家族化が進んだために、伝統的な葬儀が減少。猛烈な勢いで家族葬が増えてきました。家族葬は弔問者が少なく、香典もないために、かえって負担が増えがち。故人と深い付き合いのあった方々が参加できず、家族とトラブルになることもあります。短い時間で行う場合が多く、大切なお別れの儀式が軽薄となり、美しさと豊かさが感じられず、心に空虚感が残りがち。伝統的な葬儀では、身内や親しきもので行うことを密葬と言いました。「内々で」という意味です。密葬ならば家族葬がもたらす弊害はほとんどありません。

 目先の便利さで簡略化するよりも、美しさと豊かさを大切にしたくはありませんか。葬儀ばかりでなく、あらゆる分野で意味も考えずに言葉や形式を簡略化し、かえって元のものよりも問題を生じるようになった例は少なくありません。

 1冊の本を上梓しました。『仏さまカード 秘密のメッセージ』。タロットのように用いるオラクルカード(託宣カード)が付いています。仏教関連のオラクルカードは数種類ありました。見た目は美しく、文章も平易。ただプロの目から見ると、それは伝統仏教ではなく、個人の勝手な創作。これではいけないと、仏教のプロである密教僧2人がタッグを組んで作り上げた本です。密教という伝統と、漫画・オラクルカードという現代的なものを組み合わせた、伝統と創造の一作です。

 伝統とは多くの天才たちによって工夫を積み重ねてきたもの。時代という荒波を超えています。1人の天才だけでは成し得ない深みと広がりがあります。一方、伝統だけでは形式主義に陥りやすいのも事実。伝統を守り、一方ではそれを補うための創造をしていくことが大切。

 伝統と創造の2つの翼がうまく機能したとき、文化が育まれ、人の心をより美しく豊かにしていくもの。美しく豊かに生きることを常に考えていたいものです。

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