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265号 俳優・作家 中村 敦夫さん

「『簡素なる国』を書く」

俳優・作家 中村 敦夫

俳優・作家 中村 敦夫さん

中村 敦夫/俳優・作家

1940年東京都生まれ。1972年放映の「木枯らし紋次郎」を始め、多くのドラマで主演。その後、海外取材を基に書いた小説「チェンマイの首」がベストセラーに。TVキャスター、参議院議員、大学院講師を経て、現在は講演、著述、仏教研究など、多忙な日々を送る。

 人生の黄昏に、人は何を考えるだろう。

 多くの人は、昔のアルバムを開いたり、同窓会に出たりして、自分の一生を振り返るのかもしれない。

 だがこれは、私にかぎっては当てはまらない。演劇人、翻訳者、脚本家、演出家、プロデューサー、俳優、小説家、TVキャスター、人権や環境活動家、政治家、大学院講師、ペンクラブ理事等々、激しく立場や職種を変えてきた。行動パターンに飛躍が多く、記憶に一貫性がない。とにかく、忙しすぎた。

 思考や価値観も絶えず変容したので、進化なのか、単なる変化なのかも判定できない。「私」とは、「諸行無常」そのもので、しかと捉えることができない存在だ。

 こんな風だから、個人的人生を振り返っても、何かが見えそうな気がしない。

 ところで、こんな私を振りまわしてきた時代や世界とは、どんな方向性と構造を持っていたのか?そのことには、異常に強い興味がある。振り返り、検証するための十分な材料と体験もある。

 そんなわけで、2007年から3年間、同志社大学院で2コマの授業を受け持ち、時代と世界の総括を試みた。

 さまざまな角度から考察した結果、経済成長至上主義と科学技術万能信仰で走ってきた近代は、遂に終焉したことが分かった。

 人類は今、4面の壁に囲まれ、窒息死寸前である。4面の壁とは、戦乱の壁、環境破壊の壁、人口爆発の壁、清算不能のマネーゲーム経済の壁である。

 この状況を脱出するには、「強欲と競争」の価値観を「小欲知足」へ、「グローバリズム」政策を「ローカリズム」へ逆転させねばならない。新しい社会哲学に基づく、政治・経済モデルの構築が必要なのである。

 自分のために講義録をまとめていたら、講談社が興味を示し、「簡素なる国」というタイトルで4月出版が決まった。

 巨大地震が起き、原発事故が発生したとき、私は本の最終校正に入っていた。

 私は一瞬うろたえた。本で警告していたことが、現実となってしまったからだ。

 「科学技術には掟が必要だ」と私は書いた。人間が管理できず、後始末のできないものは作ってはならない。

 近代の社会哲学は、「金のためなら死んでもよい」というニヒリズムに陥った。原発と遺伝子組換え作物は、人類消滅の地獄の玄関である。


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