本音のエッセイ

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237号 俳優 児玉 清さん

「風景は人々の心を映し出す鏡」

俳優 児玉 清

俳優 児玉 清さん

児玉 清/俳優

1934年東京生まれ。58 年学習院大学文学部ドイツ文学科卒業後、東宝映画(株)俳優専属契約を結ぶ。1964年頃から数々のTVドラマに出演し、1975年にクイズ番組「アタック25」の司会者となってから現在まで30年以上にわたり司会を行っている。芸能界きっての読書家としても知られる。

 40数年前、初めてドイツを訪れた僕は衝撃とも言える体験をした。中世さながらの美しい街の景観に陶然と見とれ眺めていた僕に、偶然この街で知り合ったドイツ人の若者が耳元でささやいた。“今、君が眺めているこの美しい街並みは、第2次世界大戦中に連合国軍の空爆によりほとんど瓦礫の山と化してしまったのを全部元通りに復元したものなのだ”と。僕は愕然とした。たしかにドイツ各都市は戦争中に、そのほとんどが絨毯爆撃によって灰燼に帰してしまったことを、終戦後の映画館でのニュース映像や新聞や雑誌の写真などで何度も見て、知っていたのに、眼前に広がる美しい昔ながらの街の景観にだまされて、そのことをすっかり忘れてしまっていたからだ。

 このときの驚きも衝撃ではあったが、真の衝撃はその先にあった。一体、元通りにしようとは誰が決めて誰が音頭をとったのですか?という僕の質問に答えた彼の言葉が、僕の胸を激しく衝いた。“誰が決めたのかって?それは市民全員さ。そうするのが、つまり元通りにするのが当たり前だと誰もが思っているからさ”。彼は街並みに目を向け、誇らしげに言葉を継いだ。“景観はこの街の財産であり、祖先から受け継いだ大事な景色という財産を自分たちの時代に勝手に破壊して変えてしまうことは許されない。子子孫孫へと繋げてゆかなくてはならない貴重なものなのだから”と。

 以来、何度もドイツを訪れたが、街の美しさはもちろんのこと、山野、森、湖、どこも清潔で美しい。自分たちの住む国を美しいものにしようという想いが、羨ましさと同時にひしひしと訪れる者に伝わってくる。

 翻ってわが国日本は?と考えるといつも悲しく情けなくなるのだが、どうだろうか。正直に言って、この国には、日本を美しい国にしようという国民の心もなければ、どういう美しい国にしようという国家としてのビジョンそのものがない、と思ってしまうのは僕だけだろうか。都市も地方も、それぞれ個人が勝手に家を建てるだけで、全体の景観の配慮などはまったくうかがえない。美しかった自然の原野を宅地造成のために壊すことも、森をなくすことも平気だ。無秩序な住宅が立ち並び、全然周囲の風景とは馴染まない建物が忽然と出現しても誰も我関せずだ。日本には、日本にふさわしい美しい街が考えられてしかるべきだ。今や、日本の至るところで、日本本来の風景とは異質のオモチャランドのような建物集落に遭遇して呆然と立ち止まってしまうことさえある。そして、その度に “その国の風景は、その国に住む人々の心を映し出す鏡だ”、と語った東山魁夷画伯の言葉が心に甦り、鋭く胸を刺す。


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