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本音のエッセイ

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185号 古美術鑑定家・エッセイスト 中島 誠之助さん

「男性専用車両を作って」

古美術鑑定家・エッセイスト 中島 誠之助

古美術鑑定家・エッセイスト 中島 誠之助さん

中島 誠之助/古美術鑑定家・エッセイスト

1938年東京生れ。東洋古陶磁器を世に広める。1980年、「南青山骨董通り」を作詞、これが東京・青山の“骨董通り” の由来になる。TV「開運!なんでも鑑定団」に出演、鋭い鑑定眼と歯切れのよい江戸っ子トークで人気者に。著書に「古伊万里染付入門」(平凡社)「体験的骨董用語録」(ちくま文庫)など。

 ここのところ電車に乗るのが怖い。なぜならば身に覚えのない痴漢あつかいされることを恐れるからだ。新聞で目にする記事によると、働き盛りの真面目な男性が、電車の中で見知らぬ女性から「この人、チカンです」ととつぜん騒がれることがあるという。

 大抵の場合そのままうむを言わされず交番に連行されて2ヶ月ちかくも留置され、無実の罪で釈放されたときには勤めていた会社はクビになり、社会的立場も失って妻子共々路頭に迷うことがあるという。

 ひどい場合には誤認逮捕され、裁判所に送られて法律でさばかれる場合もあるという。冤罪だと抗議して後日に無実の罪が証明されたとしても、それによって失われた時間と労力と金銭の損失、そして一番大切な心の打撃は、取り返そうとて取り返しようがない。

 そろそろ老境にさしかかっている私でさえ、いつなんどき電車の中で「この人チカンです」と、腕を押さえられ叫ばれるかわからない。それを考えると恐怖で体が縮むのだ。だからこのごろ電車に乗るのが怖いのである。

 半世紀も昔の私が中学生のころは、電車の中に女性の痴漢がいた。学生服の少年たちは朝の通学電車の混雑の中で、見知らぬオバサンに下腹部を触られるのが怖くて、電車通学の連中は皆がセルロイドの下敷きをズボンの股のところに差し込んで、満員電車に乗り込んだものだ。

 それがなんとしたことか。あれから50年もたったいま、そのときの被害者であるわれわれの世代が痴漢の犯人に祭り上げられることを恐れて、戦々恐々としてビクビク電車に乗っているのだ。

 だから電車に乗るときは、必ず両手がふさがるようにして、つねに潔白を証明している。片手が吊り革につかまっていれば、もう一方の手は本を読むようにしてふさがっていることを内外に示しておく。新聞紙などの大判で手先が隠れるようなものは絶対に持たない。

 座席に座ったときでも、この神経の気配りはまったく同じで両手は組んでいるか本を読んでページを押さえている。世のオトーサンたちが清く正しく生きていくには、このような気恥ずかしいほどの努力が必要なのだ。

 そこで提案するのだが、電車に1両だけでいいから男性専用車両を設けてもらえないだろうか。これは切なる願いである。旅館の露天風呂だって婦人風呂の方が大きい女性優位のいま、電車の1両ぐらい世の男どもが安心して乗れるようにしてくれないだろうか。


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